第7話 政府会議⑤──観測不能と囮案
「……では、個体数を観測するための案を募ろう。外に出てきている分だけでも把握したい」
海自の担当者が手を挙げた。
「能動ソナー、受動ソナーどちらを使用したとしても、海溝付近は反射が多すぎます。深度差による音の屈折もあり、正確な数は取れません」
「つまり、ソナーでは“1匹でも複数に見えるし、複数でも1匹に見える”可能性があるという事か」
議長の言葉に、海自は苦い顔で頷いた。
「はい。最低限“何か大きな反応がある”程度しか分かりません」
海洋工学の知多が控えめに手を挙げた。目線は資料の端に落としたままだ。
「……水中ドローンも、正直きついです。あの……以前みたいに噛まれたら、一瞬で終わりますし……地震の後で濁りも強くて、視界も……その……ちゃんと調べるのは無理かと…」
会議室に重い空気が落ちる。
その中で、山崎が恐る恐る手を挙げた。
「……あの、縄張り付近にエサを撒いて、反応した個体だけでも観測することは……できませんか?」
一瞬、場が静まる。
ボサボサ髪の海洋生物学者、稲垣が山崎の方を向き、興味深そうに眉を上げた。
「…悪くない発想だ。サメの個体数調査では実際にやる手法だ。ただ──」
稲垣は指を一本立てる。
「相手は二十メートル級だ。どれだけ撒けば“餌”と認識するか分からんし、興奮して暴れられたら観測どころじゃない」
地質学者の白井も地形図を指しながら口を開く。
「それに、この海域の拡散シミュレーションは一筋縄ではいきません。
海というのは均一な水塊ではなく、水温や塩分濃度の差によって目に見えない複雑な成層構造を成しています 。
特にこの亀裂周辺は、海溝付近の複雑な潮流に加え、富士川や興津川からの淡水流入、さらにはプレート境界から湧き出す伏流水までもが複雑に絡み合っている。
深度ごとに水の密度が極端に異なるため、撒いた餌の匂いがどう広がるか、現時点では正確な計算は不可能です
恐らく匂いが真っ直ぐ広がらず、沈むか、逆に広がりすぎて“何匹来たのか”分からなくなる」
山崎は小さく頷き、口元に右手を添えて、考え込むように少し俯いた。
その様子を、鳥井教授が楽しそうに見つめていた。まるで「次は何を言うのか」と期待しているような目だ。
教授の視線に気づき、少し煙たそうな顔をした後、山崎は再び顔を上げた。
「……じゃあ、ドローンが攻撃された理由を分析するのはどうでしょう。何に反応したのか分かれば、海溝以外へ誘導できるかもしれません」
教授の目が細くなる。その表情は、まるで“面白い”と言っているようだった。
伏せたような姿勢だった稲垣が起き上がり、背もたれに寄りかかって山崎を見た。
「……なるほどな。確かに、あの時の行動には何かしらの“刺激”があった可能性はある。…ホホジロザメの習性に囚われない事は、今学んだばかりだしな。"テストバイト"じゃない可能性も考える必要はある。
動きか、音か、振動か……」
知多が小さく頷く。
「…ドローンのモーター音や振動に反応した可能性もあります。…あと、あの時はケーブルの近くでノイズも多かったので……黒影がどれかの刺激に反応してた…かもです」
「電磁ノイズか。電気を感じる器官を狂わされたんなら、苛立っててもおかしくない」
稲垣が呟く。
知多が目線を上げ、早口で話しだす。
「海底ケーブルの断線以外にも、ドローンの動作にはどうしても電磁ノイズが伴います。電磁ノイズに反応するなら…納得です」
言い終えると視線を資料へ戻し、また急に声が小さくなる。
「……えっと、以上です」
鳥井教授が静かに言葉を継いだ。
「閉ざされた海域が光の届かない空間なら、音や匂い、そしてロレンチーニ器官に、より、頼る進化をしている可能性もあるかな」
鳥井教授の言葉に稲垣も頷く。それを視認して鳥井教授が続ける。
「……囮、だな。動き、音、振動、光、電磁ノイズ……いずれかに強く反応を示すなら、誘導は理論上可能だ」
議長が竹製の万年筆を軽く机に置いた。その音だけで、会議室が再び静まり返る。
「……よし。不確かな情報は現場を乱す。確認の出来ん個体数調査は後回しだ。封印作業の邪魔をどかす“誘導役”が必要だ。囮を作るぞ」
その一言で会議室の空気が大きく動き始めた。




