第24話 立志
防波堤外側の海底から、浮上しながら防波堤内を目指して潜水艇が後退していく。
山崎:「“クイーン”…残り50メートルです。
…速度は目に見えて低下しました。
薬品は効いています!」
PCの画面には、濁りで数メートルしか視界のない映像に、地形データがARで表示され、“クイーン”を示す赤い巨大な影が迫っていた。
残り20メートル
潜水艇が防波堤の切れ目に達し、白州が防波堤内を目指して舵を切る。
残り5メートル
山崎は汗ばむ手を強く握り、覚悟を決めていた。
そして“クイーン”の鼻先がうっすらと見え始めた時、突如視界が白に染まった。
“桃”弐型【刃】に搭載されたAIが、“クイーン”の運動能力の著しい低下を検知し、確保用のエアバッグを開いた。
直後、巨体が押しのけた強烈な水塊のうねりが潜水艇を直撃し、艦体が激しくきしんでロールした。
白州が「衝撃に備えて!」と叫ぶが、どこにも捕まっていない響と山崎は、潜水艇内を転がった。
31メートルの“クイーン”の巨体は、大きなエアバッグにより、ゆっくりと水面へ上がっていった。
潜水艇は興津埠頭に着岸した。
ハッチを開けると雨は小雨になっていて、政府関係者が傘をハッチの上にさして出迎えてくれていた。
清水庁舎に戻るとエントランスに人が集まっていたが、早朝だったため静かに、温かく出迎えられた。
会議室へ戻ると、クイーンの死骸の回収が既に始まっていること。
亀裂付近にあったオスの死骸は後日浮上させて回収することが説明され、議長の短い感謝の言葉のあと、知多の葬儀について説明があった。
本日の18:00から通夜。
翌日の10:00に葬儀が執り行われ、親族と、近しい友人のみの参列を遺族が希望しているとのことだった。
初回から出席していた会議のメンバーも、人数を絞って参列させてもらうことになったそうだった。
急遽深夜から行われた作戦は、短い説明で解散した。
専門家側は仮眠をとってからの参加だったが、夕方に送った提案書を煮詰めて作戦を形にした政府関係者達は、ほとんど寝ていなかったのだろう。
碧があくびをこらえるのが目に入った。
通夜、葬式ともにつつがなく進行した。
背筋を正した響の襟元に、涙のあとが残っているのが印象的だった。
墓地にて納骨が終わったあと、参列者がバスへ戻っていく中で、響がいつまでも知多の墓の前に膝をついて動かなかった。
響:「知多さんの遺してくれたものは、みんなが引き継ぎました。
知多さんがいなければ、まだクイーンも倒せていなかったかもしれません」
そこまで言うと響は、両頬を手のひらで叩く。
響:「去年知多さんが、俺の震えを止めてくれなければ、そもそもみんな今はいなかったっス。
でも今回は俺、知多さんがいなくても頑張れたっスよ?
…知多さんが色々遺してくれたおかげっス。
俺も、これから知多さんみたいなヒーローになれるように頑張るっス。
知多さんが作ってくれた平和は、俺が守るっスよ」
言い切ると響は泣き出し、近くで見守っていた知多の母親も父の胸元に顔を埋めて泣き出す。
山崎達は、静かにバスの方へ移動した。
駐車場へ戻ると、政府の車へと促された。
教授と稲垣と山崎は清水庁舎の会議室へ招集され、蘭も帯同した。
内容は、合同研究の話だった。
作戦終了直後からクイーンの回収と解剖は始まり、すでに各国から研究者が集まって来ていること。
そしてその研究に、3人も加わって欲しいとの打診だった。
3人ともそれを承諾し、解散後に山崎は教授に声をかけられた。
いつもの自販機コーナーで、教授が自販機からコーヒーを取り出す。
教授:「これから厳しいことを言わせてもらうが、研究に入る前にどうしても必要なことだ。
あまり悲観せず、前向きに聞いてくれ」
教授は手に持ったホットのミルクコーヒーを差し出して来る。
それを受け取って2人で長椅子に座り、山崎がプルタブを開けると、教授は話を始める。
教授:「これから私達は世界各国の研究者と肩を並べて研究に入る。
君は1年前と比べ、別人のように成長した。
だが、今の気持ちのまま研究に加わっても、ただ誰かの研究を手伝うだけで終わるだろう。
今の君には、自信が足りない。
潜水艇の中のように他に頼れない環境では、優れた判断を見せている。
会議でも、気持ちが乗ってくれば、鋭い視点を見せたりもしている。
それは昨年の時点で出来ていた。
だが、余裕のある状態で私や稲垣くんがいれば、私達の意見を待つくせがある。
私のように、思考しながら情報が揃うのを待つわけでもなく、いつも最初は、考えずに周りの意見を待っているのではないのかな?
自分に自信が持てないのも、自分より経験豊富な人間に任せるのが楽で確実なのもわかる。
だが、私は君に実力が足りていないとは考えていない。
経験に裏打ちされた知識の深みが足りていないと考えているようだが、それは私や稲垣くんのような、長い間自分で考えて成長して来た人間と比べれば、当然のことだ。
むしろ君は、私が大学生だった頃と比べて、よっぽど博識だよ。
本や講義からしか勉強出来なかった私の頃と比べ、今は情報が簡単に手に入り、AIで考えの擦り合わせも出来るのだろう。
そして君は、誰も体験したことがない程に濃密な経験を重ねている。
そして、誰よりも広い視野を持っている。
禍津鰐研究の権威だと言ったのも、冗談で茶化したのではなく、本音だ。
実際、世界中から集まるどの研究者よりも、現時点では君の方が禍津鰐を理解している。
集まる人間は、全員君の論文を読んで来るだろうが、現実として経験して来た君には敵わない。
権威を振りかざせと言っているのではない。
周りに頼るのではなく、自分で考えろ。
それでも分からないことは、他人と共有しろ。
私からの注文はそれぐらいだ」
教授の指摘は的確で、全て思い当たるものだった。
教授の言葉を咀嚼しながら、山崎は座ったまま黙り込んでいた。
教授は立ち上がると、山崎の肩を優しく叩き、静かに帰って行った。
これにて2章は終幕です。
3章に向けて山崎を成長させるために、間に少し番外編を挟みます。




