第20話 出航
車が走り出してすぐ、雨が降り始める。
山崎が雨雲レーダーを確認すると、10分後には静岡県の中部から東部にかけて、大雨を示す赤色の範囲に入っていた。
すぐに落ち着くようだが、小雨の時間を挟みながら、それなりにまとまった雨が続くようだ。
隣に乗る白州が山崎の見るスマホを覗きこみ、感想を述べる。
「海の中の自分達には関係ないですし、もしかしたら雨音が“クイーン”のエコーロケーションも狂わせてくれる、恵みの雨になるかもしれませんね」
その言葉に引っ掛かりを覚えた山崎が口に手を当てながらブツブツとつぶやき始め、つぶやきが止まると同時にノートPCを開き、キーを打ち始めた。
車が興津埠頭に着く頃、外はバケツをひっくり返したような雨になっていた。
潜水艇横につけてもらうが、それでも車から出るのを車内の3人が躊躇する中、議長から山崎のスマホに電話が入る。
議長:『着いたようだな。
大雨の中で悪いが、すぐに潜水艇に乗り込んでくれ。
“クイーン”のログを辿ると、計算上ではそのままのペースで南下すれば十数分後には境界線を越える。
すぐに出航出来るよう、潜水艇で待機してくれ。
水面は荒れるが、15ノットを超える速度での航行は可能と判断され、漁船側も了承してくれた』
山崎:「了解しました。
潜水艇へ移動します」
撥水機能のあるバッグにPCをしまい、運転手から渡されたタオルを袋に詰めると、カッパを羽織った3人が潜水艇へと駆け込んだ。
中へ入ってハッチを閉め、カッパを脱いでタオルで体を拭き終えると、山崎はすぐにPCを取り出して、既に運び込まれていたポータブルバッテリーとeGPUに接続し、黙々と作業を再開した。
白州が響の方に疑問を呈するような視線を送るが、響も分からないといった風に首を振る。
なんとなく、邪魔してはいけないという空気が流れる中、山崎が視線を逸らさないまま響の方に手を差し出す。
山崎:「響くん。ヘッドセットを貸して下さい」
響:「……どうぞ」
響が差し出したヘッドセットを受け取ると、コードでPCと繋ぎ、再び黙ってキーを打ち始めた。
数分後、潜水艇の無線から、議長の声が聞こえる。
議長:『境界線を越えた所から、“クイーン”のGPS信号が確認された。
直ちに出航し、そのまま防波堤を出て、潜伏位置へ移動してくれ』
白州:「こちら潜水艇。承知しました。出航します」
エンジンをかけ、潜水艇が荒れた海へと出航する。
響は、自分用に支給されたPCを開き、作戦位置や“クイーン”の移動ログが表示されたMAPを開いて白州にもみえる位置に置く。
そのMAPは山崎が教授に要請された、ログの継時毎に色が変わっていくものにバージョンアップしており、最新のものが赤く表示され、それが古くなるほど赤⇨青⇨灰色へと変化していた。
防波堤を回り込んだ所で潜航を開始すると窓に映るのは、濁って数メートル先の視界も怪しい、絶望的な光景だった。
山崎:「やっぱり」
白州:「予想していたんですか?」
山崎:「はい。以前白井さんが、駿河湾は複数の川から水が流れこみ、複雑な流れを形成していると言っていました。
雨の時に海底の砂とかがどうなるかとかは分からなかったんですが、少なくとも雨の日の川の濁りは、海にも影響を出すんじゃないかって考えたんです」
白州:「すみません。
駿河湾に何度も潜っている自分が気づくべきだったんですが、ある程度以上の雨のや海が荒れた日は安全のために仕事がお休みになるので、海中がどうなっているのか考えてもいませんでした」
山崎:「僕たちはチームなので、誰かが気付けばいいんですよ。
それにこれは、白州さんがエコーロケーションの不調の可能性を口にしてくれたから気付けたんです。
”クイーン“の視覚であるエコーロケーションが不調なら、こちらの視界はどうなんだろうって。
そして、思った通りこの視界では通常のカメラに頼った作戦は使用出来ません。
防波堤付近に設置されているソナーや音波センサー等を統合して使用する必要があるので、その仕組みを作成しています。
元々は“クイーン”を警戒させないように使用しない予定だったんですが、センサー類の使用許可を取ってもらってもいいですか?
僕は作戦開始までに、AIを使ってシステムを作成します」
白州:「承知しました。
ですがその前に、そろそろ着底します」




