第8話 政府会議⑤──執着
議長:「妊娠で気が立った“クイーン”が相手というのであれば、今の所の状況に説明がつきそうだな」
稲垣:『推測ではあっても、まぁ、納得は出来ますね』
稲垣が手をひらひらさせながら答え、議長も頷く。
議長:「では、その方向で考えるとして、別の個体がいるかどうかは先程まで、稲垣君の案では状況で推測の精度が高くなるだけだったが、クイーンが妊娠している前提ならどうなる?」
稲垣:『妊娠した個体の番が出て来てるんなら、フェリーの時に目立ってもいいはずですね。
妊婦を守るために出て来てるなら、側にいるもんです。
捕食する時は"妊婦に譲った"って言えば納得出来そうですが、その妊婦が食べ残してるから、その他の原因で死人が出ている。もう一頭近くにいたなら、余りを食べているはずですね』
議長:「つまり、少なくともフェリーの時点で、番は出て来ていない可能性が高いというわけか」
稲垣は手をひらひらさせながら答える。
稲垣:『そうですね。ホホジロザメのオスに、交尾後の面倒をみる甲斐性はないですが、音を使ったコミュニケーションをする高度な社会性があるなら話は違うかもしれません。
大喰らいで馬鹿デカいくせに、狭い場所で何万年も種を保存出来た程に規律のある連中です。
それでも出て来ないなら、旦那は既に死んでいるか、なんかしらの理由があってついて来てないんでしょう』
議長:「妊娠の説が正しいのであれば、“クイーン”は単体で出て来ている可能性が高いようだな。
残る懸念点は囮に食いつくかどうかだが、それは先程の稲垣君の言った、電磁ノイズ発生装置に食いつくかどうかで判断しても良さそうだな」
教授:「そうだな。“これで安全だ”とは言い切れないが、道筋は見えたな」
山崎が小さく手を挙げる。
山崎:「…ちなみに、電磁ノイズ発生装置は、最大出力で麻痺させた後、すぐにもう一度ということは出来るんでしょうか?」
議長:「それは出来ないと聞いている。最大出力は、バッテリーの残量を食い潰す勢いで使用する。
さらに、逃げながらも電磁ノイズは弱く出し続ける。
垂れ流しながら、小型艇に積まれた発電機で充電して、再使用までに凡そ4分程度かかる。
“クイーン”の復活が2分を切らなければ、追いつかれても最大出力をもう一度使用出来ると試算されている」
山崎:「ですが、2分で復活された場合、次は相手も慣れて2分を切って来ますね。最大出力でなくとも、知多さんがドリフト潜航に入るまでの時間稼ぎが出来ればいいのですが」
議長:「そうだな。その場合は知多君の安全さえ確保出来れば、小型艇は消耗品として扱って構わない。
最大チャージ前でも、もう一度でも当てれば、作戦変更して知多君が陸へ逃げる時間は稼げるだろう。
ただし、あまりに時間が短く冷却が間に合わなければ、コンデンサ放電が使用出来ない可能性はある。
その時は、少しでも小型艇を別方向へ逃がし、潜水艇と距離を取る事を優先する」
蘭:『昨年の見落としに関して言うなら、あとは“クイーン”と亀裂の位置づけについてです。
黒影にとって亀裂は呼吸を落ち着かせる重要な拠点でした。
今は駿河湾内の酸素濃度が高くなって来ているので、昨年ほど拠点としての重要度は高くはないはずです。
ですが“クイーン”以外に出て来ていないのが、妊娠を控えて別個体を拒絶しているのであれば、後続を見張っている可能性があります。
さらに亀裂は、黄泉の国へ帰る唯一の道。こちら側から近づくものにも気を配っているでしょう。
“クイーン”には過度のストレスがかかっている可能性があり、特に亀裂に近寄るものには相当過敏になると思われます』
議長:「黒影と目的は違っても、亀裂付近で待機する潜水艇を目指して来る可能性があるということか…。
白井君。待機位置を前回の位置から調整出来るか?今回囮ドローンはノイズ発生装置とドローン自体のカメラを使用する。亀裂の封印が間に合えばどこでも構わん」
白井:「分かりました。気象庁の方と相談して決定します」
知多:『…意富加牟豆美命弐型【刃】の取り付け…完了しました』
議長:「時間に間に合ったな。三保真崎へ“クイーン”をおびき寄せる小型艇、出港させるぞ」




