第7話 政府会議④──妊娠
議長:「出産だとなぜ今の状況が生まれる可能性があるのか、説明を頼めるか?」
教授:「……生き物は、最も無防備になるその時に“安心出来る場所”を求めるものだ。
人間の里帰り出産しかり、鳥の巣作りしかり。
そして、あくまでホホジロザメの話だが、魚類には珍しく交尾をし、産卵ではなく出産という形を取る。
出産の際、多くのサメは浅い海を求め、そこに近寄るものを排除しようとする。
番が出て来ている可能性もあるが、あれだけ大きな個体が出て来られる穴があって後続が続かないのならば、過敏になった“クイーン”に近寄れないという可能性も考えられるのかもしれない」
山崎:「…今まで黄泉の国内部で出産して来た禍津鰐がわざわざ外で出産するのだとしたら、昨年の崩落で黄泉の国の環境が変わってしまった可能性もあるのでしょうか?」
教授:「ない…とは言い切れないだろう。実際に昨年の崩落以降、駿河湾内の環境は変わって来ている。水の行き来が全くないということはないだろうが、今までと違う変化が急速に起きているのならば、これまでは何かしらで濾された水の行き来ぐらいだったのだと考えられる。
何万年も交わらなかった環境が交差したんだ。あちら側にも何かしらの変化が起きている可能性はあるだろう」
議長:「蘭君」
画面越しに蘭が顔の高さまで手を上げていた。
蘭:『山崎くんの論文で示唆されていましたが、音で情報を伝達している可能性。
それはどの程度の情報を伝えられる可能性があるのでしょうか?
例えば、黒影が外洋の環境を群れに伝えている可能性もあるのでしょうか?』
山崎:「それについては、環境や状況を伝えられる可能性があります。
過去の研究を読んだ以外に、禍津鰐が音で情報を伝える可能性に気づいた後から僕なりに検証しました。
ショーに出たイルカと出ていないイルカ。それを冬休み・春休み・ゴールデンウィークの水族館バイトの際に観察させていただき、それ以外の時もカメラの映像を共有していただいていました。
そうすると、掻き入れどきの特別な催しや練習を、何らかの理由で体験していないイルカでも、後日合流する際にも、初日に参加したイルカよりもスムーズに参加出来ている気がします。
感覚的な誤差ですし、隔離したイルカとの検証が出来ていないので、推論の域を出ていませんが。
それに、黒影が使用したのはあくまでもエコーロケーションと思われるものです。
そこから音によるコミュニケーションの可能性を考えただけなので、出来ないかもしれませんし、逆にそれ以上のことが出来る可能性もあります。
例えば蜜蜂のように、動作を用いた精密な情報の伝達でしょうか」
蘭が柔らかい笑顔を見せてくれている。
求められている情報を伝えられたようだ。
そして議事録を見ると、蘭の質問の所には⭐︎印が付けられ、自分の今の説明は太字に下線が引かれている。
議事録の背景に投げ銭が飛ぶ錯覚が見える気がするが、“いいね”が付いていないだけ、まだ碧には理性が残っているのかもしれない。
恐らく首相も見守っている大事な会議中、澄ました顔でそんなことをする師匠を眺めていると、右の手のひらで顔の半分を覆い、ため息をついている議長と目があった。
議長:「ありがとう。それに関して、教授や稲垣君から補足はあるか?」
教授:「……興味深い観察だね。
ただ、科学的に言えば“経験の共有”が起きたのか、単に群れの同調性が高いだけなのかは、隔離条件での検証がない以上、断定は出来ない。
だが、イルカやシャチが“環境情報”を音で伝える例は多い。
永くガラパゴス化した環境にいた禍津鰐が同じような方向性の能力を持つかは分からないが、黒影が外洋で得た情報を群れに伝えていた可能性は……十分にあるだろう」
稲垣:『山崎の観察は、僕の知識や感覚とも一致しますね。
シャチは狩りの戦術を音で共有しますし、クジラは回遊ルートを仲間に伝えます。
大型海洋生物は“環境情報の共有”をする例が多い。
禍津鰐が同じ能力を持つなら、黒影が外洋の状況を伝えていた可能性は高いと思います』
議長:「ということだが蘭君。君の欲しい情報は得られたかな?」
蘭:『十分です。今の話を踏まえて出産の為に出て来たという可能性は、十分にあると考えます。
海獣類に関しては素人なのですが、仕事上、人の動向に関するデータは持っています。
人は大切なことを決める時には、普段以上にクチコミを気にします。
そして、人は妊娠時に味覚が変わるという話も皆さんご存知でしょう。
環境かエサ、何かが合わないと感じていた時に、情報として得ていた全く違う環境への通路が開けたとしたなら、試してみたいと考える可能性は十分にあると判断しました。
もちろん、妊娠や出産後の気持ちや感情の変化も、人でも報告がある事例ですね』
蘭は最後、皮肉めいた口調をしながら流し目気味で、横に視線を送っている。
恐らくそちらの方に稲垣がいるのだろう。
稲垣は苦笑いをし、碧は何やら手で顔を覆って下を向いていた。
碧:尊い…




