表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禍津鰐《メガロドン》──深層の目覚め  作者: 麦野ライト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/29

第5話 会議③ ──黒影の脅威

休憩後、集まった参加者に議長が重い声で切り出した。


「まず確認したい。例の巨大生物を“生け捕り”にする選択肢はあるか。その可否を示してくれ」


水産庁の担当者が、苦い顔で首を振る。


「……不可能です。数メートルのホホジロザメですら、水槽での長期飼育に成功した例はありません。二十メートル級の個体を収容できる施設など、世界中どこにも存在しません」


「仮に捕獲できたとして、どうやって運ぶんです? 船を襲った容疑をかけられているバケモノですよ。

“人間を襲うな”と教える方法があるなら、ぜひ教えていただきたい」


ボサボサ髪の海洋生物学者──稲垣が、否定するように手をひらひらさせながら周囲に問う。


会議室に、弁解の余地のない重い沈黙が落ちる。


防衛省の担当官が資料を閉じながら口を開く。


「……となれば、残る選択肢は──」


議長が重々しく頷き、続きを口にする。


「“駆除”だな」


その冷酷な言葉が落ちた瞬間、会議室の空気が変わった。


そこで、隣に座る通信局の担当者が、救いを求めるように手を挙げた。


「あの……素人質問で恐縮ですが、ホホジロザメがシャチに狩られる動画を見た事があります。シャチを誘導して来たら、メガロドンを狩ってくれないでしょうか」


稲垣が気怠げに答える。


「静岡の海にシャチはいませんよ」


「静岡ではないが、君のところの水族館にいるだろう。訓練されているなら──」


稲垣は深くため息をつき、大袈裟に肩をすくめて見せた。


「いやいや……あの子たちは、“死んだ魚もらうために愛想振りまくただの芸達者”ですよ。野生のハンターと一緒にしないでください。お手を覚えた室内犬に、『さあ、熊狩ってこい』って言うようなもんです」


痛烈な皮肉に、通信局担当者は顔を赤くして口を閉ざした。

会議室がふたたび静まり返る。


議長が軽く咳払いをして流れを引き戻す。


「話を戻そう。政府としても、方針は駆除の一択だ。そして先ほど官邸より、その“期限”が通達された。猶予は二日間だ。今日を含めて二日間、震災による津波等の二次災害の危険を名目として、駿河湾への接近の一切が禁止される。つまりは明日中に我々は、何らかの決定的な成果を挙げる必要がある」


明日中という、あまりに短いデッドラインに会議室がざわつく中、通信局担当者が海上自衛隊の担当官の方を見ながら手を挙げる。


「……護衛艦か潜水艦の魚雷で、20mの動く的を吹き飛ばすことは出来ないのですか?」


会議室がざわつく。

海自の担当官は、眉間に皺を刻んだまま、冷酷な声で答えた。


「理屈の上では可能です。しかし、潜伏推定場所が由比港や清水港に近すぎる。

魚雷を使えば、周辺の船舶、港湾施設、海底ケーブル……爆発の衝撃は、それらを数百メートル単位で破壊します。

静岡の経済、ひいては日本の通信インフラに与える被害は甚大です。

万が一許可が降りるにしても時間がかかります。その頃には被害は取り返しがつかない規模に拡大しているでしょう」


物理的な制約を突きつけられ、誰もが言葉を失う。


そこで、別の委員がぽつりと呟いた。


「……ちなみにそいつは、どれくらいの重さなんだ?」


その疑問に、出席者たちの視線が自然と、日焼けしたボサボサ髪の海洋生物学者へと集まる。


「会話の途中失礼する。

“そいつ”や“バケモノ”という抽象的な呼称では、今後の指示伝達で混乱を招く。

本インシデントにおける当該生物の呼称を、ここで定義しておきたい」


議長はタブレットの画面を切り替えながら、静かに言葉を続けた。


「駿河湾には、古くから“黒い影が動く”という漁師の伝承がある。姿は見えず、ただ巨大な影だけが海面を走るという……」


資料を見ながら話していた議長がゆっくりと目線を上げ、全員を見渡す。


「本会議ではその伝承に倣い、この未確認生物を、“黒影”(くろかげ)と呼称する」


「では改めて稲垣君、黒影の推定質量はいかほどになる?」


稲垣は気怠げに手をひらひらと横に振った。


「アシカみたいに体重計に乗ってくれる訳じゃないので当てずっぽうですが──二十メートルを超えてるなら、軽く百トンは行きますよ。

教授の"憶測"が正しければ深海適応で筋肉の密度も上がってるでしょうし。百五十、最悪二百トンあっても僕は驚きませんね」


海自の担当官が、資料を閉じながら低い声で言った。


「……二百トン。その質量で向かって来られた場合、我が方の潜水艦であっても、体当たり一発で圧壊、沈没させられる危険性があります」


沈黙する会議室に、誰かが息を呑む音が聞こえた。


「潜水艦という兵器は、外からの均等な水圧には極めて頑丈ですが、局所的な衝突には恐ろしく弱い。過去にも民間船との衝突や座礁で沈んだ例がある。

それほどの超質量が高速で衝突すれば、圧壊を免れる保証はありません。

まして、その“黒影”とやらが“怖いものを知らずに育った個体”なのだとしたなら──」


教授が静かに頷き、冷静なトーンで言葉を補足する。


「外敵のいない環境で育った捕食者は、警戒心という概念を持たない。

彼らにとって未知の物体は、すべて『好奇心』の対象だ。近づき、興奮すれば攻撃に転じる可能性がある」


稲垣が、気怠げに付け加えた。


「潜水艦なんて、そいつから見たら“でっかい変な生き物”ですよ。噛むか、ぶつかるか、遊ぶか──正直、読めません。

似ているとされているホホジロザメなんかは好奇心旺盛で、気になったらとりあえず噛んで確かめる、“テストバイト”なんて習性もあります。閉ざされた空間から出てきたなら、全てが試し噛みの対象でもおかしくない」


稲垣が告げた最悪の習性に会議室の空気が凍り付く中、しばらく背景に溶け込んでいた場違いな若者──山崎が恐る恐る手を挙げる。


「あの……すみません。一ついいですか」


自衛官、政府高官、そして名だたる権威たちの視線が、一斉にその若者へと突き刺さる。

山崎は強張る体を必死に抑え、喉の奥から声を絞り出した。


「……なぜ皆さん“そいつ”と単数形で呼ぶんでしょうか」


議長の持つ竹製の万年筆の動きが、ピタリと止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ