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禍津鰐《メガロドン》──深層の目覚め  作者: 麦野ライト


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第4話 政府会議② ──閉鎖空間の可能性

教授は自らに集まる視線を受け止めながら、静かに言葉を続けた。


「メガロドンは環境の変化に加え、競争相手の出現、そして泳ぐ速度の遅さからエサ不足に陥り、滅んだとされている。

では、どの条件を満たせば現代まで生き残れたのか、整理しておこう」


教授が人差し指を立てる。


「まず一つ目は、水温だ。メガロドンは温暖な海を好んでいた。本来、深海の低温環境では生きられない。だが──」


教授は海底亀裂の画像を指し示した。


「地熱で温められ、内部で水が循環する規模の閉鎖空間があれば話は別だ。安定した温暖環境が維持され、深海でも独自の生態系が成立し得る。

あるいは、低温に適応する進化を遂げていた場合も考えられる」


議長が小さく息を呑む。


「二つ目は、競争相手の不在。外洋にはシャチのような捕食者がいるが、閉鎖空間ならその心配はない。エサを奪い合う相手がいなければ、個体はより大きく成長しやすい」


教授は指を三本に増やした。


「三つ目は、食料資源だ。魚やイカ類等が豊富なら、閉鎖空間でも生態系は維持される」


そして、声を落とす。


「以上が“生き残るための条件”だが、私の仮定が正しいなら、別の懸念が生じる。

……独自の進化だ。長期間隔絶された環境では、外界とは異なる進化が起こり得る」


教授は続ける。


「メガロドンは鯨類の祖先を捕食していたと考えられている。だが、閉鎖空間に鯨がいなかったとしたら…そもそも鯨類の繁殖能力と成長速度を考えて、閉鎖環境でメガロドンとの共存は不可能だろう。

最初はいた可能性もあるが、食べ尽くした後は別の獲物を効率よく捕らえるために、速度や社会性を獲得した可能性もある」


会議室がざわつく。


「高圧環境に適応すれば筋肉は厚くなり、鮫肌の密度も上がる。それが流れを最適化し、結果として速度向上につながることもあり得る」


その言葉に、山崎がハッと顔を上げた。


「……それ、教授が言っていた“頂点捕食者の条件”と同じじゃないですか」


教授が山崎を見る。


「気づいたかい?」


山崎は続けた。


「速度、社会性、防御力……。外敵のいない閉鎖空間で生き残るための進化が、そのまま“頂点捕食者としての条件”になってる……」


教授は静かに頷く。


「面白いだろう? 進化とは必然であり、それができないものが消えて、今の海がある。メガロドンも今日まで、そちら側だと思われていた」


教授はそこで言葉を切り、テーブルの下で包帯が巻かれた右手首を、左手でいたわるようにそっとさすった。その様子を盗み見た山崎と一瞬だけ視線が交わる。


「……もっとも、これらはあくまで現在得られる断片的な情報──鯨の傷跡に残された歯と、未知の巨大生物が潜んでいるであろう痕跡の近くに開いた亀裂。これらを繋ぎ合わせただけの、学者の『妄想』に過ぎないがね。

そもそもメガロドンという存在が、歯しか出土されない化石から、こうだっただろうと想像した生き物に過ぎない」


教授は自嘲気味に笑い、議長の方へ視線を移す。


「現場での観測データが無に等しい以上、私の言葉は現時点では質の低い憶測だ。

このサメが、我々の想像も及ばない未知の生理機能を有している可能性……例えば、特定の環境要因に依存しているといった可能性は、常に考慮しておくべきだろうね」


会議室に、教授が投げかけた「未知」への不安がしこりのように残る。

その沈黙を破るように、議長が手元の資料を竹製の万年筆で叩き、強引に会話の流れを実務へと引き戻した。


「……教授。専門家としての慎重な態度は理解したが、我々には立ち止まっている時間は無いのだ。

君のその『憶測』に基づけば、つまり……あの亀裂は“閉ざされた環境の出口”だった可能性がある、と。そう考えているのだね?」


亀裂について尋ねたからか、話しながら議長はチラリと地質学者の白井の方に視線をやるが、すぐに教授に向き返る。

白井の方を見ると、話など聞こえていないかのように、手元の資料に何かを書き込みながら何かを呟いている。


教授は、議長の焦りを楽しむかのように一拍置いてから、短く答えた。


「その通りだ」


議長の質問に満足げな笑みで答えた後、教授は淡々と続ける。


「そして、漁船を襲い、大型に成長していたことから考えると、その個体は“競争相手のいない環境”で育った可能性が高い。

外敵を知らず、恐怖を学ばずに成長した個体だ」


ここで、日焼けしたボサボサ髪の海洋生物学者──稲垣が手をひらひらと挙げた。


「えー……つまりですね。そういう“怖いもの知らず”で育った大型捕食者ってのは、外洋に出てきた時にどう動くか、本当に読めないんですよ」


彼は気怠げに続けた。


「シャチも人間も見たことがないまま育った可能性がある。だから、刺激に対してどう反応するか……正直、予測不能です」


教授も静かに言葉を重ねる。


「だからこそ慎重に動く必要がある。これは“太古の巨大捕食者”ではなく、“閉鎖空間で独自に進化した未知の捕食者”なのだから」


政府関係者の内数人が、顔を見合わせる。

会議室の空気がさらに重くなるのを察し、議長がパンと手を叩いた。


「ここで一度休憩を入れよう。再開は30分後だ」

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