第3話 政府会議① ──深層の影
教授に同行し、何も知らされていないまま連れてこられた山崎が着いたのは、政府による緊急対策会議の会場だった。
足を踏み入れた瞬間、山崎は思わず息を呑んだ。
コの字に組まれた長机。
正面には大型モニター。
向かって左側には、防災服を着た政府関係者がずらりと並び、右側には白衣や作業着の有識者たちが座っている。
空気は重く、誰もが緊張した面持ちで資料を手にしている。
議長が席に着くと同時に、大型モニターが起動し、AI議事録システムのインターフェースが立ち上がる。
モニターの端には、議長の秘書と思われる女性が独立した机でPCを操作している。
その隣には、同じく秘書らしい男性が直立の姿勢で控えていた。
「会議を始める前に、一点だけ確認しておく」
議長の声に、室内にあったざわめきがすっと消えた。
「本会議の内容は、AIによってリアルタイムで議事録化され、首相官邸・危機管理センターへ共有される。
現時点では“重大インシデントの可能性”として扱われているためだ。
必要に応じて、関係省庁にも逐次転送される」
モニターには
〈共有先:首相官邸 危機管理センター〉
〈共有:リアルタイム〉
の文字が表示されている。
議長は全員の顔をゆっくりと見渡した。
「この体制に異論がある者はいるか」
誰も手を挙げない。
議長は短く頷き、資料を開いた。
「では、出席者を紹介する」
モニターに出席者の紹介が表示され、議長に読み上げられた人物が、座ったまま会釈をしていく。
中央の議長から会議室の着席順に、反時計回りの順で表示されているようだ。
■ 政府側(左列)
・内閣府危機管理監(議長)
・海上保安庁 幹部(海難・海洋監視)
・防衛省 海上自衛隊担当官(対処能力の検討)
・水産庁(漁船の失踪・海洋生物の異常)
・気象庁(地震・津波・海底地形変動)
・総務省通信局(ケーブル断裂の影響)
■ 有識者側(右列)
・鳥井教授──海洋古生物学(海洋学部教授・海洋古生物の権威)
・稲垣──海洋生物学者(水族館所属・噛み跡の鑑定)
・白井──地質学者(理学部助教授・海底亀裂の成因)
・知多──海洋工学(ドローン・海中ロボット制御)
紹介が読み上げられるたび、山崎は自分が“場違いな場所”にいることを痛感した。
会議室の目も、紹介に名前がないにもかかわらず、有識者側の席に着席している若者に向けられる。
「彼は私の助手だ。気にしないでくれ」
鳥井教授がさらりと言い、場の空気を会議の緊張へ戻した。
山崎は小さく頭を下げ、椅子の端に身を縮めた。
議長が手元の資料を閉じ、淡々と告げる。
「では本題に入る」
議長が女性秘書に視線を配り、会議を始める。
「まず政府側から現状の報告を行う」
モニターの画面が切り替わり、時系列の一覧が映し出された。
・地震発生から約二十分後、海底ケーブルの断裂警報を確認
・ドローンを現場へ向かわせたところ、ケーブル断裂箇所を発見
・同時に、以前の調査では存在しなかった“巨大な海底亀裂”を確認
・その直後、映像に“何かの影”が映り、ドローンとの通信が途絶
・地震発生前に由比港から出港していた漁船が一隻、朝になっても帰港せず
・清水の浜辺で座礁した鯨の腹部から“巨大なサメの歯”を発見
ここまで説明したところで議長が視線を横に流す。
「現場で噛み跡の鑑定をして貰ったんだが、結果は専門家の方から説明を」
促された男は、長机に両手を組んで突っ伏したまま、片手をひらひらと振った。
少し色黒で、髪は伸び放題でボサボサ。
ラッシュガードの上に白衣を着ている。
軽薄そうに見える男は、長机の上に組んだ両手に口元が少し隠れたような姿勢のまま口を開いた。
「はいはーい、それ僕ですね」
場の緊張感とは不釣り合いな軽さに、山崎は思わず目を瞬かせる。
「噛み跡のサイズからすると、ホホジロザメ換算で二十メートル超。
超大型クルーザーサイズ。まあ、普通じゃありえないデカさです。以上」
会議室が静まり返る。
議長は深く息をつき、教授の方へ視線を向けた。
「以上を踏まえ、鳥井教授。ご意見を伺いたい」
「本来ならば持ち帰って慎重に鑑定するのが私の仕事なんだが……
どうやら、そんな悠長なことを言っていられる状況でもないらしいね」
話しながら白い手袋を装着すると、教授は鯨から見つかった歯を手に取り、目を細めて観察した。
続いて金属製のノギスを取り出し、歯の大きさや厚みを測り終えると、静かに続けた。
「この歯はメガロドンのものだろう。形状、厚み、そしてサイズ。
専門家が推定した“二十メートル級の噛み跡”というのも、辻褄が合う」
会議室がざわつく。
「そして今日、偶然にも太古の静岡にメガロドンが生息していたであろう証拠が見つかってね」
教授は、資料館から借り受けた木の箱に手を伸ばし、太古の歯を取り出した。
「こちらは未明の地震で隆起した地層から見つかった化石だ。これもメガロドンの歯だと考えている。
だが──鯨から出た歯の方が明らかに大きい」
教授は二つの歯を並べて見せる。
「推定二十メートルというのは、メガロドンの“最大級”の推測値だ。
それを超える可能性がある個体が、現代の海で鯨を襲い、海底ケーブルの近くで影を見せ、漁船が戻らない……」
教授は一度言葉を切り、山崎の方をちらりと見る。
その穏やかな口元が、わずかに釣り上がる。
「……太古の巨大ザメが、さらに大きく進化して生き延びていた。
そう考えて動くべきだろうね」
教授は微笑みながら続けた。
「奇妙なことに、今日、私は“その可能性”について考えさせられたばかりでね。
私が仮定した条件を満たしそうなキーワードが、すでにいくつか出ている」




