第3話 献身
教授と共に清水庁舎の会議室に入室する。
前回は自分たちが最後だったが、今日はまだ政府側の席もまばらで、専門家側では自分達が一番乗りだった。
2人は、目の合った政府関係者と会釈を交わす。
奥の方に目をやると議長と碧は既に到着しており、モニター近くで準備を進める碧は、夏休み以降のオンライン講義で使い始めたブルーライトカットの伊達メガネをかけていた。
目が悪いわけではなく「パソコン作業時の負荷軽減」と本人は言っていたが、山崎には別の理由が思い当たる。片側だけ耳にかけた髪型といいメガネのフレームといい、どこか蘭に似てきている。推しというものなのだろうと山崎は認識している。
2人の入室に気づいた碧は、丁寧にお辞儀をして来る。
まだ人が少ないからか、議長が「今さらだろう」とぼそりと言い、碧が「黙ってて」と小声で返す。タイピング音と資料をめくる音しかない静かな部屋では、その小声のやり取りがはっきりと聞こえていた。
その様子に苦笑いをする男性秘書に案内され、議長や碧に近い奥の方の席へ着席した。
議長:「山崎君、先程は推定最大サイズ等の共有ありがとう。
後でまた話す事になると思うが、君の論文のお陰で1名だが、救われた。
襲われたフェリーは乗員乗客、合わせて42名乗船していたのだが、船長はヨモツヒラサカ作戦で乗り合わせていて情報を知る者だった。そして君が補足資料で黒影の一食の捕食量の予想を立てていたのを読んでいてね。
冷静に大凡の被害者の数を数え、被害が落ち着いた所でなんとか1人、海へ逃がしてくれたのだよ。
本人はその後、フェリーのカメラの映像を取り出す為に操舵室へ戻り、情報を送信後もフェリー内の乗員を逃そうと尽力して連絡を絶っている。…恐らく、フェリーと共に海へ沈んでしまったのだろう。
だが、彼が送ってくれた映像や情報で、今回の禍津鰐の実態を掴むことが出来た。
そして船長が送ってくれた映像をフェリーのサイズと黒影のサイズと合わせて碧が分析した結果──君が予想した最大サイズに近い、31メートルという推定サイズの個体が一匹であるということが分かった。
その情報を基に、既に知多君と響君には準備を開始してもらっている」
議長の話に山崎は言葉を詰まらせる。つまり42名中、生存者が1名しかいないという事なのだろう。
議長:「恐らく君の補足資料がなければ、その1名の生存者すらも存在していなかっただろう。それだけ凄惨な光景が、送られてきた映像には記録されていた。
ショックなことを告げた後で申し訳ないが、31メートルの禍津鰐の推定体重は分かるか?
“桃”を使う可能性もあるが、31メートルの個体に足りるのか薬品の分量を計算したい。すぐでなくて構わん。作戦開始の14:00に間に合うよう試算してみてくれ」
気を使う議長の穏やかな声に、山崎は深く息を吐いて気持ちをリセットする。
山崎:「大丈夫です。計算フォーマットはタクシーの中で既に出来ています。
──個体の正確な体型は分かりませんが、標準的なホホジロザメの体型を基準にした単純換算では300トン程になります。
黒影の体型と、前回の稲垣さんの試算を加味すれば、350〜400トンぐらいが妥当な体重だと思います」
議長:「さすがだな。去年のオドオドしていた少年と同一人物とは思えん成長具合だ。すぐに薬品の投与量を計算させよう。
13:00には会議を始める。それまで資料を読み込んでいてくれ」
奥の方で痛ましげに目を伏せてPCで作業を進めていた碧だったが、最後に弟子を褒められ、少し得意げな顔をしている気がした。




