資料【山崎の論文】 ※論文より一部を抜粋
山崎の提出した論文『禍津鰐 Otodus magatsu に関する基礎的形態学的・生態学的考察』より一部を抜粋。
知多と白井が黄泉の国の大凡の範囲の調査を終えた翌月、6月に提出された最新版からの引用。
# 禍津鰐 *Otodus magatsu* に関する形態学的および生態学的基礎的考察
本論文は、駿河湾の地震に伴い出現した巨大サメ類「禍津鰐」について、限定的な映像記録と採取された歯の分析に基づき、その分類学的地位と特異な生態を考察したものである。本種は既知のオトドゥス属とは異なる鋸歯構造を有し、地下海域「黄泉の国」のバクテリア由来の高酸素環境に適応した独自の進化を遂げた可能性が高いことを報告する。
【1. 分類学的位置づけ】
界:動物界 *Animalia*
門:脊索動物門 *Chordata*
亜門:脊椎動物亜門 *Vertebrata*
綱:軟骨魚綱 *Chondrichthyes*
亜綱:板鰓亜綱 *Elasmobranchii*
目:ネズミザメ目 *Lamniformes*
科:オトドゥス科 *Otodontidae*
属:オトドゥス属 *Otodus*
種:禍津鰐 *O. magatsu*
【2. 学名・和名・英名】
学名:*Otodus magatsu*
和名:禍津鰐
英名:magatsuwani
【3. サンプル個体(黒影)】
個体名:黒影
性別:オス
体長:推定 24 m(資料映像および囮ドローン(全長約1m)との相対比較による推定値)
体形:現生ホホジロザメに類似した紡錘形
状態:鼻先を含む全身に新しい外傷を確認。ロレンチーニ器官の機能が正常であったかは不明。
採取試料:鯨類への噛み跡より歯を 1 本採取。
【4. 分布】
本種は、駿河湾直下に存在する閉鎖型地下海域「黄泉の国」に分布する。
同海域は地震性亀裂により一時的に外洋と接続したが、現在は封鎖されている。
10ヶ月間の調査結果によれば、黄泉の国の範囲は由比〜焼津間の一部陸地の地下を含むユーラシアプレート内部に形成されている。
形成時期は、約1500万年前の日本列島形成期(フォッサマグナ形成過程)において、ユーラシアプレートとフィリピン海プレートの衝突帯に海域が孤立・閉鎖されたとする説が有力である。
【5. 形態的特徴】
採取された歯はオトドゥス属の特徴を示す一方で、先端および切断縁に鋸歯状構造を有する。
エナメル質の同位体分析から、水温約10℃の環境で生育した個体であることが示唆される。
【6. 行動特性】
当該オス個体は電磁ノイズ、振動、音響刺激に対して積極的な攻撃行動を示した。
ただしロレンチーニ器官周辺に外傷が確認されているため、これらの反応が種固有の行動特性であるかについては現時点では判断できない。
当該オス個体は、電磁ノイズ、振動、音響刺激の順に高い反応性を示した。特に電磁ノイズに対しては、微弱な刺激には捕食的攻撃を、強大な刺激には一時的な機能不全(約8分間の機能麻痺)を示すことが観察された。
【7. 環境特性と生態的推論】
亀裂周辺のセンサー観測により、極地海水を上回る高濃度の溶存酸素域を確認した。これは本種の生息域である『黄泉の国』から、封鎖前の亀裂より流出したものと推測される。
この高酸素環境は、同海域から新たに検出された光非依存型バクテリアによるものと推定される。
当該バクテリアは特定の鉱石を触媒として酸素を生成し、発生時期から黄泉の国由来の微生物群である可能性が高い。
当該オス個体は外洋側で麻痺から復帰した際、電磁ノイズ・振動・音響による誘導を無視して亀裂方向へ帰還する行動を示した。
この行動から、黄泉の国は高濃度酸素環境であり、禍津鰐は高酸素環境を必要とする生態であると推論される。
【8. 知覚器官の特異進化(視覚・音響・電気感覚)】
禍津鰐は、眼球本来の機能が退化している可能性がある。
撮影された映像では黄泉の国内部に光が観測されず、当該オス個体も視覚情報に依存した行動を示さなかった。
ただし臓器としての眼球構造は存在しており、完全な欠損ではない。
このことから、黄泉の国内部は光のない暗黒環境であり、本種は視覚を放棄し、ロレンチーニ器官等の電気感覚や側線系による物理感覚を極限まで発達させた特化進化を遂げたと推察される。眼球構造の残存は、進化の痕跡(痕跡器官)である可能性が高い。
また禍津鰐は視覚の代替として、イルカ類に見られるようなクリック音を用いた反響定位や、個体間コミュニケーションを実施する可能性がある。
潜水艇が黒影と至近距離で遭遇した際の音響ログを解析したところ、低周波の揺らぎに混じって、イルカ類が反響定位に用いるクリック音に近い短周期パルスが検出された。
この波長が記録された状況は、黒影が潜水艇付近を探索していたと推測される場面であり、暗黒環境に適応した捕食者である点を踏まえると、当該オス個体が反響定位に類する手法を用いて近傍の物体を把握している可能性が示唆される。
また、音を利用する生物であることから、種内コミュニケーションに使用される可能性も否定できない。
広域の索敵にはロレンチーニ器官を用い、近傍の物体(障害物や獲物)の精密な形状把握には音響パルスによる反響定位を用いるという、『感覚のハイブリッド化』で視覚情報を補っている可能性がある。
【9. 最後に】
この論文は合計して20分に満たない映像記録と観察、そして1本の歯しかサンプルのない中での推論である。
黄泉の国の扉は二度と開かれるべきではない地獄の門であり、この論文に続く研究が進まない事を祈り、この論文を提出する。
論文の末尾には、検査機関名とともに、鳥井教授・白井准教授・知多・稲垣・稲垣蘭・竹鶴碧の名が記載されていた。
そしてその最後には、黒影による破壊の痕跡が確認された「第二十九橙丸」の乗組員3名に対する深い冥福の言葉が添えられていた。




