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禍津鰐《メガロドン》──深層の目覚め  作者: 麦野ライト
第1.5章 山崎の夏休み

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EP-1 稲垣家のルール

稲垣視点だった第19.5話で、死を覚悟した稲垣が目を閉じて思い浮かべていた”ツンデレ“とは、ここで登場する嫁の事です。

夏休みが始まり、大きな荷物を抱えた山崎が稲垣の家へ到着した。


稲垣:「…あ〜…言ってなかったが、嫁の(らん)だ。少々無愛想だが、取って食いやしないから安心しろ。恐らく今回の論文で一番お前の助けになるのは、教授でも俺でもない。こいつだ。在宅で仕事してるから、忙しそうじゃなければだが、壁にぶつかったらとりあえずこいつに相談しろ」


玄関で紹介されて固まっていたが、稲垣が言い切った所で慌てて頭を下げる。


山崎:「…山崎です。これからお世話になります。よろしくお願いします」


嫁がいると言われずに連れて来られたことにも驚いたが、稲垣に嫁がいること自体想定していなかった。

それが目の前には、稲垣とは正反対の、とてもキチッとした感じの女性がいた。


蘭:「言ってなかった……。どこかのズボラが情報共有を失念したようね。まぁいいわ。

稲垣の妻の蘭です。在宅でデータアナリストをしています。

私のことは聞いていなかったようだけど、あなたのパーソナルデータは稲垣から共有されています。オンライン会議を通して、鳥井教授からの評価や“課題”もね。…でもあなたの反応を見るに、教授も大概イタズラっ子のようね」


山崎は慌てて稲垣の方を振り返る。

話しながら稲垣を睨む視線は感じていたが、稲垣が戦々恐々としているのを見るに、主従関係が出来上がっているのだろう。


稲垣:「大丈夫だ。どうせこいつには隠し事は出来ん。こいつには全部話している。

禍津鰐についてもな。それに今言ってただろ?オンライン会議も、今となっちゃあこいつは欠かせない」


蘭:「とりあえず、ちゃんとした場所に移動して話しましょう」


表情の変化に乏しい、メガネが印象的な女性だ。

髪は黒髪のミディアムショートで、片耳だけ髪を耳の後ろにかけている。

喋り方もどこか淡々としている。

見るからに仕事の出来そうな女性だった。


山崎は蘭に案内され、稲垣の書斎と思われる部屋に案内される。

海棲生物の書物で埋め尽くされている事で稲垣の部屋だと分かるが、とても整理されていて稲垣のイメージと結びつかない。

書斎に荷物を置くと、リビングで紅茶を出される。


蘭:「まずはこの家のルールを説明するわ。

夕食の時、その日にあったことを論理的に整理して、端的にアウトプットする。

我が家で明文化されているルールはそれだけよ」


隠し事が出来ないのは、稲垣の隠し事を見破る彼女の観察力だけでなく、これが原因の一つだろう。


蘭:「山崎くんはAIの運用に長けているそうね。 機密保持の観点から制限されていた禍津鰐に関するAI使用の許可は、私の方で既に取得済みよ。後でセキュアな指定AIへのアクセス権を渡すわ。

それと、会議の時にAIで議事録を取っていた女性は覚えているかしら?」


山崎:「…はい。ただの音声の文字起こしじゃなく、近未来という感じでした」


蘭は満足げに頷く。


蘭:「話で聞いた会議の様子や、議事録を読んで確信したから連絡を繋いでもらったのだけれど、彼女はビジネス領域におけるAI活用のスペシャリストよ。

2日後の20:00、オンラインで実務レベルのAI利用を学ぶ時間をセッティングしたわ。

…それと、彼女の正体を知れば驚くでしょうけれど、教授に(なら)って私も秘密にさせてもらうわね」


無表情なようで、最後微かに笑った気がした。


蘭:「一気に沢山話してしまったけれど、私からの報告は以上よ。

慣れない環境で疲れたでしょう?まずは荷物を整理して、部屋でゆっくりしなさい。お昼は12時よ。

部屋にある書籍は、自由に閲覧して構わないわ。


…遅くなったけれど、山崎くん、歓迎するわ」


蘭は柔らかい笑顔で体を少し前に出し、テーブル越しに右手を差し出す。山崎はその手を取る。


「よろしくお願いします」



昼食後、稲垣が買って来たケーキが稲垣の淹れた紅茶と共に提供され、ケーキを食べ終えた蘭が、『次は無いわよ』とだけ言いながら紅茶を口にした。

その一連の流れが、嫁の存在を伝え忘れた事への謝罪とそれに対する(ゆる)しだと山崎が気づいたのは、昼食から数時間後の事だった。




秋葉原旅1日目・後編。


夜は興味本位でホステルの個室に泊まりました。

※ホステルとは、基本は多人数の相部屋で、ベッド以外の設備はほぼ共用の、バックパッカーや外国人旅行者が多い宿。個室は邪道です。


部屋に机がないので、1階のカフェ&バーでお酒でも飲みながら iPad で続きを書いたり、外国の方と話したりしようと思って下へ。

昼間の道案内で根拠のない自信がついていたのですが、階段で白人のおじさんとすれ違い、

「briefing」

と肩をすくめられました。

朝礼とか、軍隊映画でよく見る事前ミーティングのことですよね?


下へ降りると、このホステルの日本人会員による立食パーティーの真っ最中。

みんなで大きな輪になって自己紹介をしていて、完全に内輪の空気。

そりゃあ、さっきのおじさんも逃げ出しますよ。

日本人ですら蚊帳の外で、用意された軽食が並んでいる空間に、部外者が入り込める余地はありませんでした。


そうなると、ホステルの個室は……

ベッド以外何もない、ただの独房でした。

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