第0話 プロローグ
彼は苛立っていた。
光のない世界で、いつも上を見上げていた。
群れには序列があり、小さな彼は下の方にいた。
いつか上へ行くことを夢見ていたのに──
気づけば、知らない場所にいた。
大きな揺れのあと、急な目眩のような感覚が襲った。
近くに開いた裂け目から強いノイズが流れ込み、
目の代わりに発達した器官が一気に麻痺した。
薄暗いミラーハウスを彷徨うように方向を失い、
彼はいつしか知らない裂け目の中へ入り込んでいた。
何も分からぬまま体をぶつけながら、
やっと通れるほどの狭い道を進んだ。
やがてノイズが弱まり感覚を取り戻す頃、
彼は広い場所にいた。
しかし、どこにいるのか分からない。
混乱したまま漂っていると、
小さなノイズが近づいてきた。
苛立つ彼は、それを噛んだ。
硬く、エサではなかったが、
すぐにノイズは止んだ。
仲間がいないことに気づき、少しだけ上へ向かう。
そこで大きなエサを見つけ、喰らいついた。
その時、先ほどよりも大きなノイズが上から響いた。
腹に響くような、不快な低音を出すそれは、
自分より小さいくせに、あんなに上にいる。
腹が立った彼はエサを放し、
そのノイズを引きずり下ろすことにした。
大きな低音とノイズを出すそれは、
最初のものより硬くはなかった。
食べ物ではなかったが、攻撃するとエサが出てきた。
エサたちが『巣』にしていたそれは、
やがて底へと沈んでいった。
自分が一番上に来たが、彼は一度下へ戻ることにした。
さっき攻撃した時、境目のような“違和感”を感じたからだ。
そこには、いつも自分を包んでいたものがなかった。
本能的に悟る。
──あの境目より上は、自分の場所ではない。
また、彼は自分の体が重い事に気づく。
さらにエサを感じる感覚も鈍い。
麻痺と苛立ちで気づかなかったが、いつもより息苦しい事に気づいた。
大きな揺れ以来、混乱し続けていた彼は、
まず最初の場所に戻ることにした。
上にいた仲間たちはもういない。
焦る必要はない。
麻痺から醒めた場所で休むと、彼は呼吸と感覚を取り戻した。
ここでのエサの獲り方も覚えた。
彼はここを縄張りにすることにした。
このプロローグは本編で描かれた、第1話の地震直後から作戦開始前までの出来事の“裏側”を、黒影の視点から補完するためのものです。
地震で不幸にも外洋へ押し出された黒影が、
未知のノイズや落下物にどう反応し、
どのように“学習”していったのか──。
黒影は怪獣ではなく、環境と経験によって行動が変わる“生き物”として描いています。
その一貫性を物語全体で保つため、この話は本編の第1話より先に【黒影の行動指針】として書きました。
ここで1章が終わり、2章で必要とされるだけの能力を得る為の修行編、
「1.5章 山崎の夏休み」を短期連載させて頂きます。
1章は導入という事で、黒影がロレンチーニ器官を負傷していたこと、外洋の酸素濃度が低いというハンディキャップを抱えていたことから、被害は最小限に留まりました。
2章では、これらの制限をいくつか解禁する予定です。
最終章完結までの大きな流れは既に作ってありますが、2章の細かい到達時間等の計算をして、設定と詳細な流れを作り込むため、1.5章を書き切ったら少しお休みを頂きます。




