第24話 エピローグ
翌日、山崎は教授からの呼び出しを受けて大学へ登校し、教授の居室へと来ていた。
「昨日はお疲れ様。潜水艇のモニターの映像と囮ドローンの撮った映像が共有されたから、その場で窓越しにも観察していた君と情報の擦り合わせがしたくてね」
コーヒーメーカーのサーバーを右手で取り、カップに注いでいる所をジトっとした目で見る。
「…おっと」
慌てて手首が痛い振りをするが、教授がそんなヘマをするはずがない。
右手が使える事を一昨日から徹底的に隠して痛みが走る振りをし続けたのに、今はワザと答え合わせをしているのだろう。
「そう睨まないでくれ。怪我した時なんかは誰しも甘えたくなる物だろう?60過ぎの老人の茶目っ気だ。勘弁してくれ」
思えば痛みをアピールして来たのは政府からの電話を受けてからだ。
絶対に何かしらの思惑があったはずだ。実際に、山崎が潜水艇に乗ったのは、教授の計算の内に違いない。
「…まぁ、もういいですけど。それより、動画を見せて下さい。僕もモニターやドローンは、全てを見ている訳ではないので」
ジト目をやめる瞬間、山崎が一瞬微笑んだのを教授は見逃さず、思わず自分も微笑みを浮かべる。
教授がモニターに接続されたノートPCで、再生ボタンを押す。
亀裂へ“黒影”が入って行くまでの潜水艇からの映像を見た後、囮ドローンの映像を見る。
亀裂へ入ったあと、狭い所をすり抜けるように泳ぎ、響の言うように少し広がった箇所を過ぎ、開けた空間へ出て上方向へ逃げようとする所で映像が途切れている。
山崎は潜水艇の映像へ戻り、“黒影”が噛みつこうと正面から近寄って来る所で一時停止をかける。
「モニターの映像だと分かりづらいんですが、真横を通り過ぎる黒影を窓から見ていた時、全身が傷だらけでした。この映像でも、ロレンチーニ器官のある鼻の辺りにも新しい傷が、薄らですが見て取れます。
“黒影”がノイズと振動を極端に嫌ったのは、なんらかの理由でロレンチーニ器官に傷を負って、感覚が過敏になっていたのではないかと思ったんです」
「そうか。それで君は弱った獲物を装うのをやめ、最初から最大のノイズで“黒影”を刺激したのだね?」
「そうです。機械を攻撃していたのは、エサと認識していたのではなく、不快なノイズと認識していたのではないかと思ったんです」
「そうか。まぁ、賭けには勝ったのだから言う事はない。…もっとも、ベットしたのは稲垣くんの安否ではあったが」
「…どういう事ですか?」
「最初囮ドローンは、“黒影”を追って上昇していたね?
恐らくあの時、“黒影”は飛び込んだ稲垣くんを狙っていたんだ。途中でノイズ発生装置を壊して一旦その場で旋回しているが、囮ドローンにターゲットを移す時には”黒影“は深度25メートル、小型艇まで3.7秒の位置まで迫っていたんだ。
君が駆動とノイズ発生装置を止めるよう指示したタイミングで、発生装置は破壊されている。
それを昨日言わなかった稲垣くんの意思は尊重するが、最後の守りを捨てて君に賭けた稲垣くんの覚悟を、君は知っておくべきだと思う」
山崎は背筋に氷を押し当てられたような戦慄を覚える。
何かを言おうと口を開くが、何も言葉が出て来なかった。
「もちろん、君の判断は間違っていない。電磁ノイズを切るのは会議で私が提案した。エンジンを切るのも会議の後で私が出した案で、正式に作戦として採用されている。加えて潜水艇側にはソナーのモニターも積んでいない。
エンジンと電磁ノイズを切った事で何かが起きた際、責められるべきは私だ。
そして事実君は、作戦を成功させている。
稲垣くんの判断の通り、言わない事が普通で、何事も無かった事で君に責任を感じさせる、それ自体がお門違いだと思う。
だが、作戦終了後、複数の政府関係者達に声を掛けられていた君だ。君の先を思えば、自分の判断の裏にどんな責任があるのか。それを意識するきっかけが必要だと判断した」
目を伏せて硬直する若者を見ながら、教授は大きく一息つく。
「今も言ったが、今回の件で責任を感じるべきは君ではなく私だ。もちろん、私も稲垣くんから嫌味の一つも言われていない。彼にとってはこんな命の危機ですら、“過ぎた事”なんだろう。
…怖がらせてしまったが、君に求めるのは、後悔でも反省でもない。
一昨日、無闇に臆病になるなと伝えたばかりだが、君の広い視野に、慎重さを奥の方でいい、置いておいて欲しい」
話しながら新しいコーヒーを山崎のカップに注いだ教授は、今度はミルクと砂糖も入れてスプーンで混ぜて渡す。
「まぁ、飲みなさい。
君は今回の“黒影”の行動について、引っ掛かる所は無かったかい?」
甘いコーヒーで気持ちを整え、山崎が口を開く。
「…あの時なぜ潜水艇に来たのだろうというのは…ずっと引っかかっています。
その後の事を考えても、電磁ノイズや振動や音に敏感なのは確実です。
なのにあの時“黒影”は、うるさいフェリーやソナーを出す小型艇でも、電磁ノイズ発生装置でもなく、比較的安全とされていた音響通信しか使用していない潜水艇の所へ来ました。
来た後も、横を通って探りを入れていて、ちゃんと認識している訳でもないようだったのにです。
襲われたのは、その時に響くんが落としたプロポの音で認識されたからですし…」
「そうか。その事に関しては私もまだ原因については悩んでいる所だ。
だが、今回の作戦での不確定要素だった。今回成功したのは、その不確定要素が恐らく、囮ドローンへの興味を持たせる事に関係が無かった。そんな幸運があったからだというのは覚えておいてくれ」
「…分かりました。それと、動画の少し先ですが…」
山崎は動画を少し進める。
「ここです。“黒影”が腹を見せた時、生殖器が映っています。これは明確なオスの証拠です」
「そうだね。それは何を意味するのかな?」
「サメ類において、オスはメスより小さい事が多いです。さらに、メスと比べて、オスの行動範囲は狭い事が多い。…今回の作戦成功は、あくまでも幸運だったのだと思います」
「補足の必要はないようだ。そして、そこに気づいた君に見せる物がある」
教授は動画を閉じ、政府からのメールに添付された写真をクリックする。
「先程の囮ドローンのとらえた黄泉の国の様子を、AI処理で明るくした画像だそうだ」
開かれた画像では、黄泉の国の天井を支えているであろう柱状節理と、リアス式海岸を思わせる壁面、そして…
「メガロドンがこんなに…」
遠方にサメのシルエットが、水族館のイワシトルネードを思わせる密度で泳いでいた。
1章のエピローグですが、明日『第0話 プロローグ』を投稿します。
基本的に数字の順に書いますが、ネタバレやその他の理由で投稿順が前後しています。
第23話でフェリー上での立食パーティの描写は、想像に必要な素材の提供だけでしたが、要望が多ければ会話の内容なんかも追加しようと思います。
よろしければ、コメントで伝えてくださるとありがたいです。




