第17話 静寂への移行
『これから知多が忙しくなる。“ドリフト軌道”に入る時に連絡をくれ』
稲垣の連絡に、知多が短く返す。
「承知しました」
インカムを切ってから数分後、知多は今まで以上に計器やモニターを細かく確認していた。
その表情と、忙しない視線の動きだけで、張り詰めた集中が伝わってくる。
潜航前に海上で受信した座標データを映したタブレットと、計器の値を照らし合わせると、知多はインカムのボタンを押した。
「…こちらC班。…指定ポイントに到着。速度、誤差なし。海流の向きも計算通りです。
これよりモーターを停止して……ドリフト軌道に入ります」
議長の声が返る。
『承知した。こちらの計算では、潜水艦が待機地点に到着後、“黒影”到着まで二分ほど余裕がある。落ち着いて移動してくれ。
待機地点へ到着したら、また連絡を頼む』
「……承知しました」
モーターの音が消え、海中独特の静けさが潜水艦を包む。
知多は大きく息を吐き、額の汗を拭った。
その落差から、直前までの集中がどれほど強かったかが分かる。
知多が後ろを振り向き、響に声をかける。
「……響くん。…緊張……していますよね。
環境も違いますし、怪物が……いますし……慣れない水中ドローンですし……仕方ないです」
潜水艦に乗ってから、知多が響のことを気にしていた理由はこれだった。
最初は、響が皆の緊張をほぐそうとして喋っているのだと思っていた。
だが実際は、作戦内容をただ繰り返していただけだった。
そして“黒影”の暴れる音を聞いたあたりから、響は一言も発していない。
響は口を一度きつく閉じてから、ゆっくり話し始めた。
「……集中力を高めてただけっスよ。俺が本番に強いの、知多さんが一番知ってるじゃないっスか……。
知多さん、集中切れて……喋り方戻っちゃってるっスよ?
……俺は大丈夫なんで……操縦、頑張ってくださいっス」
明らかに空元気だと分かる声。
震える笑顔で親指を立てて見せる。
知多は一瞬、不安そうな目をしたが、すぐにモニターへ向き直り計器を確認した。
海流任せとはいえ、完全に気を抜けるわけではないようだ。
知多は少しだけ舵を切りながら言葉を続ける。
「……そうですか。
でも、いつものドローンレースとは……違います。
“黒影”の動きを見るために、いつものヘッドセットは使わないと言っていましたが…
ダメそうなら使って…いつもの感覚に戻ってください」
話しながら、知多の声に少しずつ気持ちが乗っていくのが分かった。
響もそれを感じているようだった。
「……了解っス。
25メートルプールサイズのサメに追われるイメージは……ハッキリ見えるぐらいまで繰り返して来たっス。
ダメそうなら、“黒影”の動きは見ずに……いつものヘッドセットで自分の動きをするっス」
響の声は震えたまま。
震える右手を、震える左手で押さえようとしている。
だが、モニターに反射した知多の表情が少し柔らかくなったのを見て、山崎は“大丈夫だ”と思えた。
少しだけ空気が和らいだまま、潜水艦は光の届かない闇へと沈んでいった。
WindowsPCとAndroidスマホばかり使ってきた僕が、iPad Airとマジックキーボードに慣れるために書き始めたこの物語も、気づけば作戦の決行まで来ました。
次の展開の準備も進めつつ、しばらくは毎日一話ずつ更新を継続していく予定です。
晩酌しながら書いているため、誤字脱字がたまに紛れ込んでしまうことがあります。
もし見つけましたら、そっと教えていただけると助かります。




