第16話 潜航
主人公視点の会話を「」、通信機越しの通話を『』と表現します。
清水港を出航し、防波堤の興津埠頭側へ行く間、響が延々と喋り続けた。内容は、今回の作戦での各人の役割の確認が多く、何回か繰り返している。その声に山崎は救われていた。
そんな中、時折浮かない表情で振り返る、操縦中の知多の表情が印象に残った。
振り返った時の視線は、響に向いていた。
待機位置に着くとインカム越しに、フェリーに乗っている稲垣の声が入る。
『ここで“黒影”がソナーにかかるのを待つ事になる。
また潜航後にも通信テストをやるが、とりあえずインカムの練習だ。
とりあえず山崎、俺の声が途切れたら連絡してみろ』
稲垣の声が聞こえなくなるのを確認し、山崎はボタンを押しながら返答する。
「…山崎です。聞こえますか?」
話し終えてボタンを離すと、今度は富士の声が聞こえる。
『白州、お前も工事の誘導役だ。試してみろ』
「白州です。聞こえますか?」
稲垣から返事が返ってくる。
『大丈夫だ。使い方は良さそうだが、再度確認しておく。
話す時はボタンを押せ。押してる間は相手の声が届かないから、短く話して切るようにしろ。
それから、もう少し小さい声で構わない。声の振動が船体を通じて伝わる可能性もある。
言うまでもないが、“黒影”が来たら、物を落とすな。動くな。船体に直接振動を与えるのは命取りだ。注意事項は以上だ。
今、電磁ノイズと音と振動、3つの刺激を出して”黒影“を誘っている。
“黒影”がいつかかるかは想像も出来ない。今の内に体を伸ばしとけ』
「了解しました」
山崎が返事をすると、潜水艇内のメンバーは狭い、過密な空間で交互に伸びを始める。
潜水艇の中に個別の席はなく、ラウンド状のソファーのようになっている。操縦をしている知多を含め、全員があぐらをかく姿勢で乗っている。
側面は、丸い窓が開いている以外は、壁はモニターや操作パネル等が並んでいた。
山崎が伸びを終える頃、議長の声がインカムに入る。
『今日までは他の船の出航は禁止している。漁船捜索のヘリも、作戦中は出していない。
つまり今、駿河湾の中で”黒影“の嫌がる機械は、我々しかいない。
いつ来るかは分からないが、必ず来る。
いつでも作戦に移れるよう、そのつもりでいてくれ』
「承知致しました」
白州が返事をする。
稲垣の指示で伸びをしていて、少し緩んでいた空気が引き締まる。
知多が響に何かを言おうとして躊躇っているような素振りに気づく。
そういえば先程から響が口を開いていない…。山崎が響の方をに視線を送った瞬間、インカムから稲垣の声が聞こえ、響の体がビクッと跳ねる。
『早いな、…来たぞ。いつでも出航出来る準備をしておけ』
潜水艇の中に緊張が走る。
知多がスイッチに手をかけ、低く言った。
「白州さん。ハッチを…お願い、します」
白州は待機中開けていたハッチを閉め、ロックする。
囮の出番はまだ先だが、響はプロポとヘッドセットに手をかける。
白州が座った時、遠くから、巨大な何かが水面を叩く音がした。
インカムから議長の指示が聞こえる。
『“黒影”に至近距離での最大ノイズを当てる事に成功。効果も確認した。出航だ!』
「…出航します!」
議長の指示を聞くをいなや、エンジンを起動した知多が連絡を返し、潜水艇は防波堤の北側から外の海へ出航した。
外海へ出ると、荒れた波が南側から押し寄せる。
距離の離れたここまで波が押し寄せるのは、どれほど大きな生き物が暴れているせいなのか、想像が追いつかない。
潜水艇は最高速度で由比沖を目指した。
由比が見える頃、潜水艇は速度を落とし、知多はディーゼルエンジンを切った。
「…これより、駆動をモーターに切り替え潜航します。潜航後…音響通信による通信テストをします」
知多の報告に、議長から返事が来る。
『承知した。潜航後、通信テストを頼む』
バラストに海水を取り込む音が響き、艦体がわずかに沈む感覚が足元から伝わる。
外殻を叩くような水音が重なり、小さな窓から覗く景色が青に沈んでいく。モーターが静かに回り始める。
丸い窓の全てが青に染まり、静寂が訪れた時、知多が後ろに座る山崎と白州に視線を送る。
「…通信テスト、お願いします。
僕と響くんは作戦開始後、余裕がないと思うので…白州さんがお願いします。
山崎くんも試しておいてください」
白州がインカムのボタンを押す。
「こちら潜水艇。フェリー、聞こえていますか」
白州がボタンを離すと、稲垣の声が返ってきた。
『聞こえる。そっちはどうだ』
山崎もボタンを押す。
「潜水艇側、問題ありません。音もクリアです」




