第14話 決戦の朝
翌朝、教授と白井と山崎が乗る政府の車が到着すると、警察の誘導で関係者以外の車が全く走っていない周囲の道路と違い、フェリーの停泊する港には大勢の人がいた。
会議に出ていた他のメンバーに加え、富士と同じ作業服の人や、違う作業服の人も、機材の積み込みや設置をしていた。
「モタモタしてるな! 地震の影響で機材が遅れたなんて言い訳にならんぞ! 死ぬ気で間に合わせろ!」
現場で怒号を発しているのは、昨日穏やかそうな喋り方をしていた富士だった。
山崎が会議時との差に驚いていると、気づいた富士が作業員達の方に背を向け、柔和な笑顔でお辞儀をして来た。
そしてまた振り返ると、大声で叫ぶ。
「白州! お前はもういい! 皆さんが到着された! 今のやつが終わったら挨拶しろ!」
すると甲板の方から、姿は見えないまま大声が返ってくる。
「分かりましたー!」
フェリーの少し先、水上バス乗り場に係留された潜水艦の方へ、白井が近づいていく。
すると、潜水艦に何やら貼り付けている知多と、「左側がもう少し上っス」などと離れた所から指示を出す響がいた。
潜水艦の近くにはペンギン型の水中ドローンが置かれていて、『IZANAMI』と書かれている。
そんな光景を見ていると、指示を出す響の隣へ白井が並ぶ。
「黄泉の国へ残される“イザナミ”と、封印する“イザナギ”ですか。今回の作戦にピッタリの配役だ。
…ただ今回の場合、“黒影”が“イザナミ”という見方も出来るか…」
送迎の車の中でも少し片鱗を見せていた白井だが、会議の時と同じ淡々とした話し方のように見えて、今は声に色が乗っている。
白井の言葉に、響が嬉しそうに返す。
「やっぱり白井さんはこういうの、分かる人だったんスね。知多さんにも言ったら、会議でもそんな素振りがあったって言ってたんで、話す機会を楽しみにしてたんスよ」
「地域の伝承は地震などから来ている事が多く、地質学の研究の一環として調べていたら、いつしか趣味になっていまして」
「そうなんスか? 今度話を聞いてみたいっス」
昨日響が言っていたのは、こういうことだったのか、と山崎が納得していると、“IZANAGI”のカッティングシートを貼り終えた知多が近寄って来る。
「……名前を貼り終えましたし……まだ出航まで40分ほどありますので充電も出来ます。響くんならぶっつけ本番でもイケるとは思いますが、少し……改造したドローンに慣れておきますか?」
「やるっス。正直不安だったんスよね」
響が喜んで準備をし始めると、手の空いている人間達が近寄ってくる。
「じゃあ、行くっスよ」
そう言うと、モニターが上についたプロポ(コントローラー)を持った響が、ドローンの操作を始める。
津波のせいで浮いているゴミや、水中を泳いでいる魚達をブイに見立てたかのように、立体的な動きで緩急を付けながら、“ブイ”を掠めるように泳ぎ回る。
それを見た全員が、感嘆の声を上げる。
すると、ドローンを見ていた山崎の横に、ヒョコっと顔が出てくる。
「スゲーな……こりゃあ確かに、今回の作戦に必要な人材だわ。所詮ラジコンだろって、ナメてたわ」
稲垣だった。
だが少し、違和感があった。
会議の時の、伸び切ったようなボサボサな印象と違い、ウェーブのかかった長髪ではあるが、どこか整った印象だった。
稲垣はそのまま山崎の方に顔を向ける。
「山崎くん。君がここに居るって事は、フェリーに乗る事にしたんだな? 歓迎するぞ」
稲垣が握手をするように手を差し出して来る。
山崎は稲垣の手を取りながらも、目線を少し左下に逸らしながら口を開く。
「……そう、なんですけど……」
乗るつもりでは来たようだが、煮え切らない態度に稲垣が憶測を広げていると、議長の声が聞こえる。
「機材の準備が出来た! 一旦集まってくれ!」
フェリーの前に立つ議長の元に、今回の作戦に参加するメンバーが続々と集まって来る。
ドローンを回収して、充電器に繋いだ知多と響が遅れて合流する。
「全員集まったな。昨日提出してもらった各班からの作戦資料を政府側専門家でも揉んで、ここにいる皆に配布させてもらった。だから、ここでは多くは語らん。だが、一つだけ言わせてくれ。
この作戦は、ただ“黒影”を封印するだけの戦いではない。ここで封印に失敗すれば、“黒影”だけでなく、他のメガロドンも我々の海へ解き放ってしまう事になるだろう。
それは、駿河湾だけの話ではない。奴らが外洋に適応すれば、世界の海は奴らに支配されかねん。安心して船を出す事も出来なくなるだろう。
これは、“黒影”1匹の封印作戦ではない。ヨモツヒラサカ作戦は、黄泉の国からの防衛戦争である。
……しかし、船をも簡単に沈めかねん“黒影”のテリトリーである海へ君達を連れ出す立場として、無茶な事は言えん。
必ずや全員無事に帰ってくれ。その上で、作戦へ尽力して欲しい。
……私からは以上だ」
あの会議でも常にみんなの前に立ち、十把一絡げなメンバーをまとめて来た議長が、みんなの前で深く腰を曲げ、頭を下げた事に周りがざわつく。
そんな空気を破ったのは稲垣だった。
「元から“ガンガンいこうぜ”なんて気持ちで来てる殊勝な奴、ここにはいませんよ。
こいつらが考えてる事といったら、今晩の祝杯ぐらいなもんです。
やる事は一つ。それぞれが出来る事やって、さっさと帰りましょう」
あくまでも飄々とした態度で議長に言う。
それを見た富士が大声を出す。
「聞いたな! 我々にとっていつもと変わらん! 安全第一! 品質第二! いつも通り、最高の仕事をしろ!」
『ハイッ!』
海洋土木作業員達の声が重なる。
そんな中、山崎が大きな声を出す。
「……潜水艦!……僕が乗ってもいいでしょうか!」
教授を含め、多くの人間が面食らったような顔をする。
そんな中、顔色を変えていない稲垣が山崎の元へ来る。
「元々お前に頼むつもりだったよ」
そう言いながら、山崎の頭に手を置いて、ぐちゃぐちゃに撫で回す。
稲垣が離れると、続いて議長が山崎の元へ来る。
山崎の右肩に手を軽く乗せると、
「頼む」
と力強く言いながら、肩に乗せた手の力を強め、山崎の後ろ側へ抜けていく。
すると、昨日の会議に出席していた省庁の担当官達が順に、
「頼んだぞ」「気負うなよ」
などと言いながら、軽く肩に手を置いていった。
少し周りを見渡すと、知多が空気を読んだように響に続いて列に並ぶのが見えた。
白井はその場から動かず、山崎と目が合うと軽くお辞儀をして来た。
富士は両手で、音が出る程力強く両肩を叩いて来ると、
「封印は任せなさい!」
と、現場相手の富士で激励を送って来た。
響と知多は並んで拳を前に出し、山崎が釣られて出した両拳にそれぞれ“コツン”と当てると、
「頼りにしてるっスよ」「…山崎くんが来てくれると、…心強いです」
と言って後ろに抜けていった。
その後ろには、山崎の知らない人間が並んでいた。
年齢は、知多と同じぐらいだろうか。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。一緒に乗艦させていただく、白州です。流れは良く分かりませんが、自分今少し、感動しています。本日はよろしくお願いいたします」
握手を求める手を出して来ており、握手をして、他の人達と同じ様に山崎の後ろへ抜けて行った。
それより後ろに並んでいる人はおらず、周りを見ると、少し離れた所で教授が腕を組み、楽しそうにしていた。
すると後ろの方から稲垣の声がして、山崎は振り返る。
「山崎! 作戦の詳細と調整の仕方は読み込んであるんだろうな?」
そう言いながら近づいて来る。
いつの間にか、「くん」が外れているが、悪い気はしなかった。
認められたという事なのだろう。
「はい。頂いた資料は、何度も読み返しました」
「そうか。でも、潜水艦に乗るのはお前の独断だろ? 教授の利き手の怪我を心配したって所か」
山崎が頷く。
「じゃあ出航までに、教授からちゃんと調整の肝を教わっておけよ」
そう言うと、稲垣は山崎の耳元に顔を近づけて囁く。
「あのたぬき親父にうんざりしたら、うちの水族館に来い。俺が鍛えてやる」
そう言うと、稲垣は白衣のポケットからゴムを出し、髪を後で束ねながらフェリーの方へと歩いて行った。




