11.5話 政府会議⑨ ──SIDE-T
SIDE-T = 鳥居教授視点です。
11話で山崎がドローン組の方へ行っている間の政府会議側の話です。
山崎たちが会議室を出ていってから数分後、ノックの音がして男性秘書が戻ってきた。
「フェリーの使用許可、取れました。海上保安庁からも正式に許可が下りています」
議長が短く頷く。
「よし。富士君、すぐに現場へ連絡を」
「了解です」
富士は立ち上がり、スマホを手に会議室を出ていく。
そのすれ違いで、女性秘書が戻ってきた。
「知多さん達の案内、終わりました。議事録の作成に戻ります」
議長は席に着いた秘書を確認し、手元の資料を閉じる。
「では──始めよう。
まずは、作戦開始地点まで潜水艦とフェリーを安全に送り届ける方法だ。……では教授」
教授が珍しく自ら手を挙げていた。
教授はモニターの横へ行くと、女性秘書に海域図の表示を求める。
「“黒影”は電磁ノイズに強く反応する。これを利用して、まずは方向感覚を奪う。
その隙に亀裂付近へ移動し、潜水艦は潜伏してフェリーは封印準備を進める」
教授は胸ポケットからレーザーポインタを出し、右手に持って海域図を指し示す。
「興津埠頭の先端から三保真崎にかけて、湾口を掠めるように防波堤がある。
この防波堤の南側にある切れ目──外洋へ抜ける開口部に、電磁ノイズ発生装置を搭載した遠隔操作の小型艇を配置する。
潜水艦は興津埠頭内に。フェリーは防波堤の裏に配置し、コンクリート製の防波堤で黒影の感知を遮る。
その間に小型艇のソナーと電磁ノイズでおびき寄せ、十分に接近した所で強力なノイズを浴びせて“黒影”を麻痺させる」
教授が一息ついたのを見て稲垣が補足する。
「そういう事なら、ソナーを使っても大丈夫そうですね。“黒影”を刺激しないか心配していたが、呼び寄せて麻痺させるなら、使う事に何の問題もない。接近をソナーで確認して、まんまとおびき寄せられた“黒影”を麻痺させてやればいい」
教授が満足そうに頷く。
「細かい調節は君がやってくれるという話だったね?」
含みのありそうな笑顔で教授が稲垣を見ると、稲垣は観念したように手をヒラヒラさせた。
「まあ、言いましたね。いいでしょう。それに関しては全て俺が担当します」
議長が話を進める。
「この案で、フェリーと潜水艦は安全に作戦開始位置へ向かえる。次に……教授」
再度手のひらを議長に向けていた教授が、静かに語り出す。
「強力なノイズによる麻痺には制限時間がある。知多くんがいないので正確な事は言えないが、潜水艦にとっては十分な時間ではないだろう。
私の見込みでは、長く見積もって10分もないだろう。
もちろんこれは、個体や状況によって、もっと短い可能性もある」
言いながら教授は稲垣に視線を送る。
「……まぁ、ノイズの強さや距離、色んな要素がありますが、完全に感覚が戻るには時間がかかるでしょう」
教授は頷いてから続ける。
「しかも、それはその間黒影が動けないという訳ではない。我々が強い光を見たら目が眩むのと同じで、感覚は段階的に回復する。
完全ではないが、“黒影”はどこかで我々を認識して来るし、10分を待たずに、全力でなくとも追えるようにはなるだろう。
そうなると、小さな潜水艦で“黒影”のテリトリー内へ侵入するのは依然リスクが大きい。
“黒影”の感知境界を8km、平均速度を念のため11ノットとして黒影が動き出すのが何分以降ならば作戦が成立するのか考えれくれ。
また、感知境界を抜けたら、海流で移動して駆動音を出来るだけ切り、最終的には裂け目の近くで駆動を切って待機したい。実行可能性と最適なコースを計算してくれ」
教授は省庁の担当者に目配せをして、続いて白井の方を見る。
少し呆気に取られている省庁担当者を見かねて稲垣が補足する。
「感知境界ってのは、サメが相手の動きを正確に捉えられる限界距離の事だ。
“黒影”に関するログなんて無いに等しい。普通のサメの値に、広くなったセンサーの面積をかけて安全側に振った推測値なら8kmってのは…妥当な距離だと思う。
11ノットで泳ぐ黒影から8km離れた所で静かにして、黒影に潜水艦の行き先を悟らせたくない。その為の計算をしてくれってことだな」
稲垣の説明で得心のいった海保の担当者が答える。
「……計算してみましょう。追加された資料によると、今回使用する艦はディーゼルエンジンとモーターの2種類の駆動を持っているようなので、“黒影”の麻痺と同時にディーゼルエンジンの最高速度で水上を移動しつつ、8km以上離れた所からエンジンを切り、静かなモーターで潜航します。
極力駆動に頼らず海流のみで移動を出来る潜航位置を選定し、必要に応じてモーターと舵を使用して目的地に到着。“黒影”が8km圏内に近付く前に完全に駆動を切り、海底にアームで掴まる為に必要な麻痺時間を出します。
ただし、時間帯による潮汐と海流を計算しなくてはならない為、黒影が防波堤での誘いに乗るのに時間がかかる程、データの確度が落ちる事はご承知下さい。
…ちなみにAIでシミュレーションをする事は出来ますか?」
海保担当者は、議事録を作成している女性秘書に視線を送る。
女性秘書は一旦手を止め、海保担当者に向き直って淡々と答える。
「専用の物ではないのですが、ある程度の推測は可能だと思います。
まずは複数の時間帯の計算パターンを実践していただき、そちらをサンプルとして読ませます。
また、時間毎の潮流、潮汐等、関連するデータを出来るだけ多くソースとして取り込ませていただければ、計算していただいた時間帯の間を埋める予測程度は出来るかと思います。
そこからAIが出した答えを検証していただき、使用可能かどうかの判断をお願いします」
「承知しました。では、こちらで複数パターンの計算をして、関連データもお渡ししますので、当日の細かい調整をお願いします」
海保の担当者が答え、気象庁担当者が頷く中、白井が手を挙げる。
「では、私は潜水艦が待機する場所の選定を、知多さんが撮影してくれた地震後の海底の状態と、亀裂の見える位置という観点からから探しましょう。
その後、計算に加わります」
教授が満足げに頷く。
「十分だ。逃げ場のない場所に潜む必要のある潜水艦だ。気づかれる確率は可能な限り下げたい。出来るだけ動力を使わないで済むよう、念入りに頼む」
3人はPCを持って長机の端の方へ移動し、相談しながら条件の入力を始めた。
それを見た議長が頷き、話を進める。
「では、次は囮での誘導方法だが……先に聞いておこう。教授、既に何か案があるか?」
手を挙げてはいないが、まだモニターの横にいる教授に問う。
「まず、“黒影”を麻痺させた後、無人の小型艇はフェリーや潜水艦と少し離れて殿を務める。
電磁ノイズ等で先を行く潜水艦の姿を隠すためと、“黒影”の接近をソナーで確かめるためだ。
出来たら、麻痺させた時にGPSか何か、“黒影”の位置を探る事の出来るタグも撃ち込みたいが…」
教授は一旦言葉を切ると、稲垣と海自の担当官に、順番に視線を送る。
まず、稲垣が答える。
「GPSは浮上した時しか捉えられませんし、音響のタグも数十メートルから数百メートルの範囲でしか拾えないので受信網が必要です。
どちらも生態の調査には使えますが、今回の時間のない作戦には向かないでしょう」
海自の担当官が続く。
「海上から撃ち込むにしても、“黒影”が浮上して来る必要があります。水中から、暴れる“黒影”にタグを撃つのも、安全性の面から承諾致しかねます」
「そうか。では、防波堤にいくつかの水中カメラとソナーを設置し、“黒影”が移動を再開した事だけでも確認出来るようにするのがいいだろう」
海自の担当官が頷く。
「それならば可能です。
地震による小さな津波が来た影響で、水中の濁り具合よっては視界は数メートル程度の可能性はありますし、ソナーは反射で誤検知の可能性があります。
ですが、複数のセンサーで相互確認し、移動を検知するというだけであれば、実行可能な案であると思います。
作戦開始までに、当方でも他に“黒影”の動向を補足可能な方法がないかは考えておきます」
「頼む。
次に殿を務める小型艇の詳しい役割だが、亀裂へ向かって逃げながら、徐々にノイズを弱めて行く。
麻痺が解けていく“黒影”に補足させつつ、逃げて消耗していく獲物と認識させる。そして追い付かれる前に、今度は一気にオフにする。
“黒影”は急激な静寂に反応し、周囲を探る。その“探る瞬間”が誘導の起点だ」
教授はペンギン型ドローンの図を指す。
「その瞬間に、囮ドローンを“弱った獲物”として動かす。“黒影”の傍から、弱いノイズを出しながらゆっくり逃げる。弱々しく逃げる獲物を狙うのは野生の捕食者共通の特徴だ。“黒影”は必ず追う。
目が見えないなら灯りは使える。私が潜水艦から“黒影”の動きを見てノイズを調整しよう」
議長が感心したように息をつく。
「防波堤での誘引、麻痺、ドローンへ引き渡すまでの囮、そして段階的に弱めたノイズを突然切り、ドローンへ囮の役を渡すという事だな。
……教授、ほとんど一人で作戦の骨格を作ってしまったな」
教授は肩をすくめる。
「必要な情報は今までみんなが集めてくれたからな。私はそれに自分の知識を足して、繋ぎ合わせたに過ぎないさ」
教授は自分の仕事が終わったとばかりに席へ戻って行った。
その時、ドアが開き、富士が戻ってきた。
「フェリーへの積み込み、人員を確保しました。すでに準備を始めさせています」
議長が頷く。
「よし。必要な物は大体揃ったな。では、役割を決めよう。
ノイズ担当稲垣君のA班。コンクリート担当富士君のB班。潜水艦担当知多君のC班。以上の3班だ。
A班には技術屋を付ける。B班は富士君の所へ、必要なら人員を回そう。C班は知多君と教授、それと富士君の所の潜水士だったな」
富士が手を挙げる。
「潜水艦には、潜水士の白州を乗せます。若いですが、真面目で勤勉です。きっとやり遂げます」
教授が付け加える。
「囮ドローンの操作は……恐らく潜水艦の近くで行う必要がある。そこら辺は知多くんの方が私より理解しているだろうから、響くんが4人目の乗船者になるはずだ」
「助手くんは乗せなくていいんですか?なんなら、利き手に包帯を巻いている教授より、助手を乗せるべきじゃないんですか?」
稲垣が教授に聞く。
教授は少し目線を下げながら首を振って、
「山崎くんは、きっとフェリーにだって乗りたがらないさ。臆病とは少し違うが、人よりも多くの可能性を気づいてしまう子だからね。説得するとしても、安全性の高いフェリーへの乗船を打診するつもりだ」
何かを感じ取ったように、稲垣が少しニヤつく。
2人の会話が止まった所で議長が、印刷された手元の議事録を見ながら言う。
「では、C班は知多君・教授・白州君・響君の4名だ。白井君達も、フェリーから情報で支援してくれ。
これで作戦の流れは決まったな。各班、詳細を煮詰めて20:00までに提出してくれ」
会議がひと段落したその時、会議室のドアがノックされ、山崎が様子を伺いながら静かに入室して来た。
11話で、『向こうのみんなも山崎くんを必要としているはず』と送り出された山崎が戻ったら、全て終わっていた会議の裏側です。




