第13話 説得
政府会議は解散し、山崎と鳥井教授は会議室と同じフロアの自販機のある休憩スペースに来ていた。
教授が缶コーヒーを持った左手を山崎に差し出し、山崎が受け取るのを確認して、静かに口を開く。
「単刀直入に聞く。君はフェリーに乗る気がないだろう」
山崎は一瞬だけ視線を落とし、答えた。
「…そりゃあ、乗る気はないですよ。
役割がある訳でもないですし、”黒影”より大きいから安全とか、電磁ノイズで麻痺させるとか言っても…結局は推測です。
それが間違っていて攻撃されたら、安全なんてないじゃないですか」
教授は想像通りの答えだと言わんばかりに、わずかに微笑む。
「君が私の講義を取るようになってくれてニ年目になるか…
頻繁に質問しに来る君を、校外のフィールドワークに誘うようになって…随分と多くの言葉を交わして来た」
教授は缶コーヒーを軽く揺らしながら続ける。
「君は臆病に見えるが、本質はそうじゃない。
ただ、人より”見え過ぎている”だけだ。
他の人よりも様々な可能性に気づいてしまっているのだろう。
だから何が本当に危険なのか分からなくなり、一歩が踏み出せないんだ」
山崎は言葉を失い、缶を握る手に力が入る。
教授は穏やかな声で、しかし核心だけを静かに突く。
「君が恐怖に支配されず、その可能性を取捨選択出来た時──君は作戦のキーパーソンになれる。私はそう思っている」
山崎は缶を握りしめたまま、苦しげに口を開く。
「会議の参加者は凄い人達ばかりでした……知識の厚みが違う。
…僕はただ、思い付きを口にして…ただ疑問を口に出していただけでした。
…現場での僕の言葉は軽いんです。
フェリーと潜水艦、沢山の人の命が懸かった、あれだけ凄い人たちが集まった作戦に、僕が出る幕はありません」
「だが、実際には君の言葉が会議の流れを変えた瞬間があった。
…まあ、せっかくのコーヒーだ。飲みなさい」
山崎は缶を開け、一口飲む。
7月にホットで、しかも甘いミルクコーヒーか、と思っていたが、不思議と落ち着いた。
教授が問う。
「…君が今回、一番心に残ったのは誰の言葉だい?」
山崎は少し考え、あの場面が思い浮かぶ。
「響くんの言葉です。
響くんは、誰に言われるでもなく、ただ知多さんとの友情の為に、最初から潜水艦に乗る事を決めていました。知多さんも、技術面で渋っていましたが、安全面では潜水艦に乗る事を最初から拒否していませんでした」
教授は、今日一番優しい声色で問う。
「それはなぜだと思う?
”黒影”が怖くないからかい?」
山崎は短く息を吸い、答える。
「…自分がやらなければいけないこと。
何が大事かを分かっていたからだと思います」
教授は”満点だ”とでも言いたげな笑みを浮かべる。
「そうだ。
今回の作戦で、望んで海に出たい者など一人もいない。
議長も、稲垣君も、知多くんも、響君も……そして、私もだ」
教授は缶コーヒーを見つめ、静かに続ける。
「それでも皆が乗るのは、
“自分がやらなければならないこと”を、それぞれが理解しているからだ。
恐怖が消えたわけではない。
恐怖の中で、何を選ぶかを決めただけだ」
山崎は息を飲む。
教授は、山崎の目をまっすぐに見て伝える。
「山崎くん。
君は今、響君や知多くんの決断を“正しい”と感じた。
それは、君の中にも同じ意志があるからだよ」
山崎の手が、缶を握ったまま震える。
教授は優しく、しかし逃げ場のない声で続ける。
「君は臆病ではない。
ただ、人より多くの可能性を見てしまうだけだ。
だが──その目で“何が大事か”を選べるなら、
君はもう、恐怖に飲まれる側ではない」
教授は最後に、決定的な一言を落とす。
「山崎くん。
君はもう、自分がどこに立つべきか分かっているはずだ」




