第12話 政府会議⑩──作戦の詳細
政府会議が⑧から⑩へ飛んでいますが、間違いではありません。
後日、山崎不在の政府会議⑨となる11.5話を出します。
山崎は政府会議の行われている会議室へ戻ると、男性秘書に知多のメモを渡して説明をする。
男性秘書は議長に耳打ちをし、お辞儀をして退出する。
いつの間にか廊下から声が聞こえなくなっていた富士は、既に着席していた。
山崎が着席すると、議長がそちらを向く。
「君がここへ戻って来たという事は、向こうも進展があったという事だな?」
「…はい。壊れるギリギリの電圧アップと鮫肌の追加で、11ノットぐらいまで行けそうだと言っていました。…負荷の管理は響くんがなんとかするそうです。
あと、海溝の近くでは音の反響が大きくて、あまり離れるとドローンの操作が出来ないそうなので、響くんも潜水艦に乗るそうです」
「そうか。教授が言った、通常のメガロドンの速度まで持っていけるのだな。
こちらも今しがた作戦の中身がまとまった所だ」
議長は全体の方に向き直り、声を張る。
「いい機会だ。作業を止めさせてしまう事になるが、知多君達を呼んで作戦の説明に入ろう」
議長に目配せをされた女性秘書が、頷いてから席を立ち、お辞儀をして会議室を出ていく。
数分後、女性秘書に連れられて知多と響が入室する。
女性秘書がスマホとPCを操作すると、知多の板書を写した写真がAIによって書き起こされ、議事録に追加される。
また、知多の描いたペンギン型ドローンの図も、説明文と共に切り抜かれてこれも議事録に載せられる。
女性秘書が操作している中、議長が知多と響の方に向かい、口を開く。
「知多君、響君、作業の手を止めさせて申し訳ない。
作戦の詳細が決まった為、ここで情報を全体で共有させてくれ」
二人が頷く。
その時、PC操作の手を止めた女性秘書の方に議長が視線を送ると、秘書が議長に向かって頷く。
「準備が出来たようだ。これから“ヨモツヒラサカ作戦”について説明する」
モニターを指示棒で指し、議長が説明を始める。
「本作戦は、“黒影”を裂け目の中へ誘導し、コンクリートで裂け目を封印する事を目標とする。
誘導には、”黒影“が機械の発する何らかの刺激に反応して攻撃をして来るという特性を利用する。
班は3班に分かれ、A班、B班はフェリーに乗船。C班は4人乗りの海底作業用小型潜水艦に乗船──」
・A班は海洋生物学者──稲垣が調整する電磁ノイズで、黒影の感覚の麻痺と囮ドローンへの橋渡しを担当。
・B班は現場監督──富士の指揮の元、コンクリを送る作業全般を担当。潜水艦の元までパイプを足して、潜水艦からの合図でコンクリートを送る。
・C班は海洋工学──知多の操縦する潜水艦でバルーンの設置と囮ドローンの操作を担当。
潜水艦には、操縦士──知多・海洋土木専門の潜水士──白州・ドローン操作──響以外に、ノイズ調整として、鳥井教授の名前が挙げられた。
「──では、作戦の詳細について話そう。
この作戦では、フェリーと潜水艦を“黒影”の標的から外し続ける事が最も重要になって来る。
どちらを攻撃されても、恐らく一撃でも喰らえば作戦の遂行は困難になる。
そこについての説明は、稲垣君から頼む」
議長に促されてモニター横に行くと、議長が指示棒を渡そうとするが、首を振って無言で断る。
すると、白衣のポケットから、伸縮式の指示棒を取り出す。
先端に可愛らしい、小さなイルカの小物が付いている。
それでモニターを指して説明を始める。
「…えー、今回の所定位置に着くまでの安全策について説明します。
“黒影”は社会性があると思われるので自分よりデカいフェリーは襲わない可能性もありますが、そんな推測に命はかけられない。なので所定の位置につくまで、“黒影”の方向感覚を奪って……まあ、簡単に言えば“迷子”にします」
稲垣は地図上の、三保真崎と興津埠頭の間にある防波堤の湾側を指す。
「清水港から出港したフェリーと潜水艦は、この防波堤に身を隠します。
その間に外側では、南の切れ端の所で無人の小型艇が、ソナーと電磁ノイズ発生装置で“黒影”をおびき寄せて、十分に近寄ったのをソナーで確認して一気に電磁ノイズを最大にして、ノコノコ出て来た“黒影”のロレンチーニ器官を麻痺させます」
稲垣は指し棒を縮めながら続ける。
「これで目の見えない“黒影”から姿を消せるのは長くて10分⋯。防波堤の北側から出て亀裂までの到着時間を考えたらギリギリだ。
後の詳しい事は白井さん達から聞いてくれ」
稲垣が席へ戻るのを見て、議長が口を開く。
「小型艇とノイズの発生装置については、知多君の所属する会社に依頼した。
囮ドローンの改造に関しても、人を回して貰う。知多君と響君は今回の作戦の要だ。応援に、任せられる所は任せて、しっかりと休養を取ってくれ。
稲垣君も早朝の歯型の鑑定で呼び出してから働かせっぱなしで申し訳ない。作戦の説明が終わったら、明日の為に休んでくれ。
明日、ノイズ発生装置の出力の調整は、フェリーの上から稲垣君に行なって貰う。
では、次に潜水艦を作戦開始深度まで送る際の安全策に関して、白井君から説明を頼む」
白井はモニター横に立ち、議長から指示棒を受け取る。
モニターには、3Dの海底図が表示されている。
白井は小さめの声で淡々と説明を始める。
「稲垣さんの説明にあった方法で、亀裂のある由比沖に到着出来るとは思いますが、鳥居教授から要望がありました。
“黒影”から完全に姿を消す為に、待機位置に着く最終段階では、エンジンを止めてバラスト(重り)と海流だけで移動出来ないかとの事ですので、海上保安庁と気象庁の方と計算しました。
今の時期ですと、この辺りから潜航して貰えば、”黒影“のテリトリーと思わしき海域内では、最低限の始動と舵取りで作戦開始位置まで行けるはずです。
ただし、地震後で地形が変わっているという報告もありましたし、天候にも左右される可能性があるので、正確な事は言えません。
作戦開始までに、さらに詳細な計算データを提出します」
白井はお辞儀をすると、脇に立っている議長に指示棒を返して席へ戻る。
議長が説明への感謝を述べる。
「ありがとう。では鳥井教授、囮ドローンでのメガロドンの誘導について説明してくれ」
教授は歩きながら、胸ポケットから講義でいつも使用しているレーザーポインタを取り出そうとする。その瞬間、僅かに表情が苦痛で歪む。手首には、白い包帯が見える。夜の避難で捻挫した手首が痛んだのだろう。左手にポインタを持ち、モニターの向かって左側に立って説明を始めた。
山崎の脳裏に、右手でポインタを指しやすい白板の右に立つ、いつもの講義室での教授の姿が浮かぶ。
「では、稲垣君が調整する強力なノイズの影響から解放された“黒影”を、囮ドローンへ惹きつける流れを説明させて貰う。
稲垣君も触れたがまず前提として、強力な電磁ノイズで“黒影”の方向感覚を奪えるのは数分から、長くて10分ぐらいを想定している。目の見えない”黒影“のロレンチーニ器官がいかに敏感だろうと、生物は刺激に慣れるものだ。
慣れた後は、自分の感覚を狂わせる、不快な物という意識だろう。機械を攻撃しているのも、海底ケーブル断裂時の強力な電磁ノイズを受けた後の苛立ちかもしれない。
だが今回は、その“不快感”を利用する。
まず、A班の小型船が発する電磁ノイズは、囮作戦開始までに段階的に弱めていく。
電磁ノイズによる麻痺は、ゲームのように0か100ではない。徐々に回復して行くだろう。
“黒影”のロレンチーニ器官は非常に敏感だ。強いノイズで方向感覚を奪われていた状態から戻って行く過程で、亀裂の方へ移動するノイズ発生装置をどこかで感知し始める。
小型艇はフェリーと潜水艦の殿を務め、潜水艦が完全に駆動を使わなくなるまでは、潜水艦と黒影の間でアピールを続ける。
潜水艦より目立ちつつ弱らせていく。そのバランスを保ちつつ弱めて行く事で、必死で逃げて力尽きていく獲物に見えるだろう。
だが、“黒影”が追い付く前にノイズを切る。
その“探る瞬間”が、今回の誘導の要になる。
“黒影”の感覚が戻っている事が動きで確認出来たら、ノイズは切ってもらう。そして──」
教授はモニターに映るペンギン型ドローンの図を指し示す。
「──その瞬間に、この囮ドローンを動かす。
“黒影”の視界の外側から、弱いノイズを出し、ゆっくりと…逃げるようにだ。
動物は、活きのいい獲物ではなく、確実に仕留められる弱った獲物を狙う。弱った獲物を装い、興味を惹きつけてから逃げを開始して貰う。
エサに見えようが煩いノイズだと思われようが、感覚を取り戻した後の”黒影“は、唯一ノイズを出している囮に、きっと食いつく。
こちらの電磁ノイズの調整は、潜水艦の中から目視で私が担当しよう。
この流れで、裂け目のへ誘導する」
教授が説明を終えると、会議室に静かな緊張が走った。
議長が深く頷き、全体を見渡す。
「……よく分かった。
この誘導が成功しなければ、封印作戦は始まらない。
知多君、響君。君たちのドローンが鍵だ。頼んだぞ」
知多は小さく頷き、響は拳を軽く握って応えた。
「任せて下さい。逃げるのは俺の得意分野っス」
「…響くんの操作なら……大丈夫です」
教授が微笑む。
議長が締める。
「では、作戦開始までに各班は準備を整えてくれ。
以上で“ヨモツヒラサカ作戦”の説明を終わる」
会議室の空気が、ゆっくりと、しかし確実に“本番”へ向けて動き始めた。




