第10話 政府会議⑧ ──突破口
「まずは安全確保について話そう。“黒影”が自分よりも大きい物でも攻撃出来た場合、フェリーでも沈められる可能性がある。潜水艦やパイプを攻撃させない為にも、念入りに詰める必要がある。まずは分かっている“事実”とそれ以外を整理してみよう」
AIが筆記した議事録と資料から、女性秘書の操作で、事実のみを抽出してモニターに箇条書きで並べられる。
◆〈事実〉(観測された事)
⚫︎黒影の生態・特徴・行動
・体長20m超
・水中ドローンを攻撃した
・鯨の腹部に一つ噛み跡があった
・水に落ちた機材は全て攻撃した
・一度の試行では、電磁ノイズ→振動→音の順に機材を攻撃
・水深200m付近と水面付近に出没
・どちらも平面上では海底の亀裂付近
・ヘリに反応はするが、襲っていない
・水中で亀裂付近に接近する機械は全て破壊されている
・ホホジロザメより攻撃的である
⚫︎環境・状況
・地震によりプレートが移動
・移動により地形が変動
・海底に亀裂が存在する
◆〈推測〉(状況証拠等から、ほぼ真実だと思われる事)
⚫︎黒影の生態・特徴・行動
・外に出ているのは1個体
・閉鎖空間に生息していた
・海底の亀裂から外洋へ出て来た
・黄泉の国には他の個体も生息している
・漁船(10m程度)を沈めている
・海底の亀裂を中心に縄張りを持っている
・縄張りを護ろうとする意識が強い
⚫︎環境・状況
・地形の変動により海底に亀裂が生じた
・同じ理由で海底ケーブルが動いた
・地形の変動により海底ケーブルが断裂した
・海底の亀裂は黄泉の国に繋がっている
・黄泉の国は閉鎖された広大な空間である
◆〈仮説〉
⚫︎黒影の生態・特徴・行動
・黒影にはジャンプの概念がない
・黒影は社会性を持っている
・黄泉の国では20m超は小型である
・黒影より大きな物は攻撃されにくい
・黒影は電磁ノイズに強く反応し、続いて振動・音に反応する
・黒影の目は退化し、他の感覚器官が発達している
・黒影は機械に強い警戒心を持っている
・縄張りに入った機械は攻撃される
⚫︎環境・状況
・黄泉の国には水面が存在しない
・黄泉の国は高圧・暗黒・閉鎖の特殊環境
◆〈参考:通常のホホジロザメの行動〉
・機械類には基本的に無関心
・水面近くのヘリや船を攻撃しない
・“獲物”を獲る際、3〜4m程度のジャンプを行う事がある
・縄張り意識は弱く広範囲を回遊する
・音・振動・電磁ノイズへの反応は限定的
・体長6m前後が最大級で、20m級は存在しない
「以上が現在までの“黒影”周りの情報だ。ここから黒影に襲われないための手段を高い精度で導く必要がある。それができなければ、この作戦に成功はない。まずは実際に“黒影”を見てきた海洋生物学者の意見を聞こう」
議長が、机に突っ伏すような姿勢の稲垣に話を振る。
稲垣は少しだけ体を起こし、PCの前にいる女性秘書に視線を送った後、気怠げにモニターを指差す。
「仮説のとこを推測に格上げして欲しいんですが……“黒影”は目ぇ使ってない可能性が高いです」
稲垣は仮説の項目を差していた指を推測の方へ滑らせた。
「機材を投げた時、あいつ、着水するまで反応しなかったんですよ。どこまで飛べるか分からないから、かなり高いとこまで逃げてから投げたんですが……あいつは着水するまで反応していなかった。
……つまり、視覚はほぼ死んでる。となると、相当ロレンチーニ器官に頼ってるって事になる。電磁ノイズを出す機械は、“黒影”にとって相当不快でしょうね」
椅子に背を預け、稲垣が軽く伸びをする。
「まあ、音や匂いも相当敏感になってるんでしょうけど」
「さすがだ。これで一気に方向性が定まってきたな……」
議長が少し上擦った声で返すと、稲垣が手のひらを突き出した。
「いや、まだ事実じゃないですからね。俺らが食われないためにも、囮には音も振動も出させて確実性を上げた方がいい。電磁ノイズの調整は、現場で俺がやります」
議長は海洋工学の知多へ視線を向ける。
「だそうだが、知多君。対応できるかね?」
知多は小さく頷き、控えめに口を開く。
「……可能です。というより、ドローンは音も振動も、どうしても出ます。それに加えて新しく電磁ノイズ発生器を載せるのは厳しいので、元々出てるノイズを“増幅”する形で対応します。で、これなんですが──」
そう言って机にペンギンのおもちゃのような機体を置く。知多の言葉は段々と熱を帯びて早口になっていく。
「響くんが来るのを待つ間に取ってきました。スピード特化の形状で、電波の代わりに“音波通信”を使ってるタイプです。だから水中でも無線で操縦できます。……その分、操作にラグは出ますけど──」
議長が軽く手を上げて制した。
「知多君、説明は後でまとめてくれ。今確認したいのは一点だ。そのペンギンは“黒影”から逃げ続けられるのか?」
知多は少し誇らしげに答える。
「……市販のROVは8ノットが限界ですが、これは特注で9ノットまで出ます」
議長は少し困ったように鳥井教授へ視線を送る。
「教授、メガロドンはどのくらいで泳ぐのだね」
教授は肩をすくめる。
「通常時で1ノット程度。最高速度で11ノットほどと言われている」
稲垣が付け足す。
「ホホジロザメも普段は大して変わりませんが、瞬間的には20ノット出ます。さすがに“黒影”のデカさじゃ無理でしょうけど」
知多が目に見えて落ち込み、隣の響が肩を叩いて慰める。
議長が問いかける。
「実際、“黒影”はどれくらいの速度が出そうなんだね」
教授が答える。
「流体力学は専門外だが、撮影された影の形状も、推定されている体型に近いようだ。ならば専門家の計算したメガロドンの推定値から大きく離れてはいないだろう。
“深海適応で鮫肌と筋力アップ”を果たした所で、上乗せして10数%……せいぜい13ノットが限界だろう」
稲垣も頷く。
議長は静かに言う。
「だが、ホホジロザメ並みの速度が出せると仮定してくれ。相手は太古の怪物だ。慎重すぎるくらいでいい。知多君と響君は改造に移ってくれ。電磁ノイズの増幅は、遠隔で調整できるようにしてほしい」
その時、山崎が遠慮がちに手を挙げたのを見て、議長の目に期待の色が混じる。
「なんだね」
山崎は戸惑いながらも、はっきりと言った。
「……今までの話って、工事中ずっと逃げ回る前提ですよね? 短期的になら、消費電力を気にせず電圧を上げられませんか?」
山崎が知多の方へ視線を送ると、うつむいていた知多が、少しだけ顔を上げる。
「……できます。短時間なら」
山崎は議長へ向き直る。
「囮で亀裂の中に“黒影”を誘い込めませんか? 短期決戦でドローンの速度も上がるし、封印後の“黒影”の対処もなくなって……一石二鳥だと思います」
会議室が一気に色めき立つ。
議長が周囲を見渡すと、目の合った全員が力強く頷いた。
「その方向で進めよう。知多君、響君、頼んだぞ」
席を立つ知多を鳥井教授が制止する。
「知多くん。よかったら山崎くんも連れていってくれないか? こう見えて、海洋学部の優等生だ。きっと役に立つ」
知多は山崎の前へ行くと右手を服の裾で拭い、山崎へ差し出した。
「……よろしくです」
山崎もその手を握り返す。
「よろしくお願いします」




