第9話 政府会議⑦ ──水面下の影像
「では、休憩の間に集まった情報を共有しておく」
議長が画面に映された項目を指示棒で示しながら読み上げる。
・海底でのコンクリート敷設は、条件付きで可能
・音・振動・電磁ノイズを発生させる装置を沈めたところ、電磁ノイズ発生装置が最初に破壊されたこと
・メガロドンと思われる生物の撮影に成功
・近海にいるのは、おそらく1個体であること
簡潔な説明のあと、新たに2名が紹介された。
・響──ドローン競技者(囮ドローン操縦)
・富士──海洋土木会社現場監督(コンクリート敷設の関連会社取りまとめ)
モニターが映像を映し出す。
「まずはこれを見てくれ」
空撮された水面の映像。
水面下に、巨大な影がうっすらと浮かんで来る。直後、稲垣の叫び声が聞こえ、ヘリは急上昇する。
ヘリの音で良く聞こえないが、多少の会話をした後、3つの機材が、少しずつ方向をズラして同時に投げ落とされる。
機材が着水すると巨大な影が、着水の音に反応したように動き出した。
別の映像に切り替わり、3つの信号が表示され、それが一つずつ信号をロストしていく状況が映し出された。
全ての信号をロストした所で、映像のチャプターが戻され、ヘリ上昇後、水面下に巨大な影の全体が見えた映像で固定される。
「比較物がないので伝わりにくいが、推定20m超。"黒影"の体長と合致する。ヘリが海底ケーブル断線箇所に到着し、機材投下の準備をしている最中に現れたらしい。この付近を縄張りにした、というのが稲垣君の見解だ」
ボサボサ髪の海洋生物学者──稲垣が、背もたれに体を預けたまま手をひらひらさせる。
「縄張りに変な奴が近づいたから出てきたんでしょうが、反応が過敏すぎますね。機械っていう“知らない物”への警戒か、こいつの性格かは分かりません。ただ、大きなホホジロザメだと思って近づいたら、痛い目に遭うでしょう。
それと……ヘリが近づいただけで姿を現すくらいナイーブなくせに、水面近くでホバリングしてたヘリには攻撃してこなかった。ジャンプすれば届く距離にいたのに、です。
水面下に姿が見えた瞬間に上に逃げましたが、本来“黒影”がその気だったら、姿を見た時点で俺たちは沈められているはずだった。…ホホジロザメがジャンプをする時は、30m以上下から助走をつけるんですよ。それなのにやつは、見に来ただけだった。
その割に、水中に落とした機材は全部壊された。……黄泉の国ってのは、水面がないのかもしれません。“ジャンプ”の概念がないのか、水のない場所が初めてで怖いのか……とにかく、体型はホホジロザメでも、中身は別物ってのが収穫です」
会議室の空気が一気にざわめき、数名が思わず休憩後に配られた資料を見返した。
議長が静かに口を開く。
「皆の動揺も分かる。想像以上に攻撃的だ。通常のホホジロザメのように、生き物以外は襲わないだろうと思い込んでいた。だが“黒影”は船もヘリも知らん。加えてサイズが桁違いだ。船の上にいれば安全、という話ではない。
……稲垣君は、より大きな船を使う案も出してくれたな?」
稲垣は頭を掻きながら答える。
「可能性の話ですよ? “黒影”が社会性を持っていて、自分よりもデカい奴らがいた可能性があるなら、例えば貨物船なんかは絶対に手を出せない、圧倒的な『上位存在』だ。……でもやつは今、水面までパトロールしてます。上位個体がいなくなったからかもしれませんが。
水族館の水槽みたいな環境でサメってのは、上の方にデカい個体が来る事が多い。
“黒影”が水面下まで来たのは、自分よりも上位の存在がいなくなって調子に乗ってるのか、そもそも奴が一番上の層にいた『強者』なのか。
後者なら、貨物船すら攻撃の対象になり得るかもしれない…。
……そもそも社会性も、小さいってのも全部推測です。推測の上に推測を重ねても、それが正しいかなんて……食われてみるまで答え合わせなんて出来ませんよ」
議長が苦い顔をする。
「だが、それしか方法が見つからんのだ。囮はともかく、コンクリは現地の海上に機材を運ぶ必要がある」
議長が視線を向けたのは、作業服姿の恰幅のいい男──海洋土木工事会社の現場監督・富士。
「海底へコンクリを送るには、水圧に逆らうだけのパワーが必要です。通常は100m程度を想定したポンプですが、今回は200m近いと聞きました。さらに横方向に距離を伸ばせば、負荷はもっと増えます。深度の時点でギリギリなので、余計な負荷はかけられません」
議長が頷く。
「では、機材を積める大型艦船が用意できるかだが……」
海自の担当者が手を挙げる。
「脅威ではあっても、相手が武力を持つわけではないので、防衛出動は不可能です。武力を使用出来ない治安出動なら可能性はありますが、許可と移動に時間がかかります。それに……秘密作戦に大型戦艦は目立ちすぎます」
「それもそうだな……」
議長が悩む中、山崎が恐る恐る右手を半ばまで挙げた。
「山崎君……だったかな」
「……静岡の海にいても目立たない大きな船なら……駿河湾フェリーは使えませんか?」
会議室がざわつく。
「……確かに。大きさも違和感のなさも申し分ない。むしろ地元民にとって当たり前の光景だろう。電力を多く使う作戦という点でも、おそらく要件を満たしている。……富士君、機材は積めるか?」
「問題ないでしょう。許可さえ早めに取っていただければ、朝までには準備させます」
穏やかな声だが、不思議な力強さがあった。それを聞いた議長は左手で男性秘書に合図し、秘書は頷いて退出した。
「船の方はなんとかしよう。では富士君、コンクリによる封印方法の説明を頼む」
富士がモニター前に移動し、簡易図を示す。船上のポンプから深海へパイプが伸びている。
「技術的な話をしても仕方ないので簡単に説明します。船の上からパイプを通して高出力ポンプでコンクリを送ります。現場では布製の高強度バルーンに流し込み、その中で固めることで、水中でも広がらずに打設できます」
参加者の表情を確認し、富士は続ける。
「ただし今回は、従来の方法ではバルーンが設置できません。この深度ではダイバーが作業できないためです。そこで──そちらの知多さんが小型潜水艦を操縦できるとのことで、そこからバルーンの誘導と設置をしていただきたい」
視線が一斉に知多へ向く。知多はビクッと肩を震わせ、視線を落としたまま口を開く。
「……操縦はできます。作業も……海底探索で指示された物を拾うくらいなら……できます。……でも、工事は初めてです」
議長が少し考え、静かに言う。
「だが、今回の作戦を知る人間をむやみに増やしたくはない。1人入れるために会社に話を通すのは避けたい。……君の負担が増えるが、頼む」
「……分かりました」
富士が挙手して口を開く。
「潜水艦には、うちの潜水士も乗らせましょう。
潜水艦の操作は無理でも、海洋工事の技術に精通した真面目な男です。必ず知多さんのお役に立ちます」
「そうして貰えると助かる」
そう言うと、議長が全体を見渡す。
「次の話に移ろう。先ほど稲垣君から指摘があったが、判断の誤りが判明するのが事後では、誰も助からん。──次に、安全確保と囮の誘導について詰めよう」
シルエットではありますが、“黒影”が初登場です。
近年の研究では、メガロドンは従来のイメージよりもスリムで高速移動に適したフォルムだったという説が有力になっています。
しかし本作では、スリムで高速移動するメガロドンよりも、遅くても、絶望を感じる圧倒的質量感のあるホホジロザメのフォルムを採用します。
遊泳速度なども、最新説の数値ではなく、従来の「巨大ホホジロザメ」として計算されていた頃のデータをベースに採用していく予定です。
そして今回登場した“黒影”のシルエットですが、
25mプールで言えば、胸ビレの張り出しまで含めて「約4.5レーン分」の幅があります。
稲垣の目に映ったのは、プールの半分以上を影で埋め尽くす、圧倒的な質量感です。
ホホジロザメのフォルムが好きだという、完全に作者の好みの問題ではありますが、この「重厚な絶望」を楽しんでいただければ幸いです。




