2 東国の姫君たち
オディルは宮殿の中に入り、いつものようにサクラとモモにあてがわれている部屋へと向かう。
途中で宮殿に仕える騎士やメイドたちとも挨拶を交わしながら、二人の部屋の前にやって来た。
オディルがその扉をノックするより前に、
「オディル!」
勢いよく内側から扉が開けられ、小さな二人の女の子が姿を見せた。
海の向こうの東国からエスペリア公国に保護された、華神族の姫君、サクラとモモである。
キモノと呼ばれる、オディルには馴染みがなかったドレスに身を包み、サクラはそのほのかに灰色がかった桃色の髪を一つに結い、モモは明るい桃色の髪を二つに結っている。
「おはようございます、サクラちゃん、モモちゃん」
「待っていたぞ!」
「今日はどこにお出掛けできるのか、楽しみです」
サクラとモモは口々に言い、その表情を輝かせる。
「お二人は、オディルさんとのお出掛けを本当に楽しみにされているのですよ」
二人の専属メイドであるメリザンドが、しっとりとした笑みをオディルに向けた。
「ふふ、うれしいです。あ、その前に――はい、マノンさんからの今日のお花です」
オディルはマノンから預かっていたブーケを、しゃがんで二人に手渡す。
「おお、マノンの花束はいつも美しい」
「これは何というお花ですか?」
サクラとモモは嬉しそうにそれを受け取り、興味深そうに眺めた。
「メインはローテとマリガンですね。この季節によく出回る花で、とても人気があります。特にローテはたくさんの品種と色があるんですよ。マノンさんが使っているこれは、原種に近いものかな。マリガンはこの黄色が一番よく出回ります。白もあるみたいですけどね」
オディルの口からはすらすらと説明が流れる。彼女は花が好きなのだ。
「妾たちの故郷にはない花だ」
「ええ、こちらの公国ならではのお花でしょうか?」
二人の問いに、オディルとメリザンドが頷いた。
「公国で独自の進化を遂げるお花も多いのです。サクラさま、モモさま」
「わたくしたちはいにしえより続く花の神の血を引きますが……知らないお花がまだこんなにあるなんて」
モモはうっとりとメリザンドを見上げ、それからオディルにも視線を向けた。
双子であるサクラとモモの容姿は六歳そこそこだが、華神族の年齢の重ね方には独自の流れがあるという。純粋な人間とはまた時間の感覚が異なるらしい。
「オディル、マノンに礼を伝えてくれ。妾はこのローテが気に入った」
「わたくしは、この小さな白い花が気に入りました」
モモが示したのは、ローテとマリガンを引き立てるように配置されているクレリスという花だった。白い小さな花をぽんぽんと咲かせ、この季節のブーケには多用される名脇役である。
「モモちゃん、これはクレリスというお花です。確か花言葉は『可憐』だったかな」
「クレリスにぴったりです」
「ふむ、なるほどな。オディル、ローテの花言葉は何だ?」
サクラも興味津々の様子でオディルに視線を送る。
「このローテはピンクだから……『敬愛』だったはずですよ」
「なるほど……うむ。良き花だ。メリザンド、早速これを飾ってくれ」
「かしこまりました」
メリザンドはサクラから恭しくブーケを受け取り、花器の用意に向かう。
「ふふ、マノンはよく判っている」
「はい、お姉さま。モモもそう思います」
「愛いな」
「ええ、愛いです」
サクラとモモはひそひそとやり取りを交わすと、満足そうに息を吐いた。
「……さて、サクラちゃん、モモちゃん、今日はどういった場所をご案内しましょうか?」
オディルが本日の務めを果たすため、二人の希望を伺うと、姫君たちはしばし考え込んだ。
「……ふむ。公国独自の進化を遂げる花があると言ったな、メリザンド?」
「はい」
花器に花を生け終え、テーブルの中央にそれを置いたところだったメリザンドは、サクラにそう答えた。
「この季節、そういうお花は野にも咲きますか?」
モモの問いに、今度はオディルが頷く。
「今の時期はちょうど、ソルスペスというお花が盛りを迎える頃ですよ。それなら――今日は休息の野をご案内しましょうか」
ソルスペスの群生地である野原の名を出すと、姫君たちはぱっと顔を輝かせた。
「うむ!」
「はい!」
「ソルスペスは、クローディーヌ公女殿下もお好きなお花ですし、ちょうど良いですね」
メリザンドも微笑む。
「クローディーヌ公女も好んでいるのか! ならばますます楽しみだ」
「ですわね、お姉さま」
「ソルスペスの花冠は、この時期のお楽しみですしね。メリザンドさん、いいですかね?」
オディルが確認すると、メリザンドははい、と頷いた。
「休息の野の真ん中ほどまでなら、問題ないかと思います。その先は――」
「――ええ、魔深の森には、決して近付かないようにしましょう、もちろん」
休息の野を抜けると、全てを惑わすと噂される魔深の森に繋がる。森の向こうに、隣国との国境がある。
結界が機能している森の入り口はまだ安全とされており、そこで一休みする者も多いが――森の奥は魔境だ。魔物の目撃情報も定期的に上がる。
「はい。では支度を調えます」
メリザンドは、既に用意されていた軽食などをバスケットに詰め始めた。
「……そのキモノドレスは、野原で遊ぶとちょっと汚れてしまうかもしれませんけど……」
オディルの心配を、サクラとモモは笑って受け流す。
「ならば戻ってから着替えれば良い」
「ご心配には及びません」
キモノドレスはオディルの目には動きづらそうにも映ったが、二人はそれをものともしていないようだった。東洋の神秘という言葉があったことを、オディルは思い出す。
やがてメリザンドが支度を終え、バスケットを提げてオディルたちの元へやって来た。
「じゃあ、行きましょうか」
こうして一行は、休息の野へと出発した。




