宿題の続き、昔の事を(断片的に)思い出す
今日も朝目覚め、鶏肉とオレンジジュースを摂ってから、宿題を片づける事にした。
俺が残りやれそうなのは『現代文』くらいである。
『現代文』とは言っても、小説引用だったり、誰かの自叙伝のような何かに対する意見や検証などをノートに書いて行く作業だ。
俺は書きやすそうな題名の物を探していると、
(ん?長平さん、こんな物を出してるのか)
小説に並ぶタイトルの一つにあったのは、
『戦いと教養』
(そう言えば、現役時代に取材されながら書いたって言ってたな)
俺は書籍自体を見た事は無いが、こうやって教科書に載る事実を突きつけられ、
「教養ってところが、長平さんらしいところだよな」
俺がまだ小学1年の時も、練習して本を読んでを繰り返していたのが懐かしい。
今は引退して、トレーナーになったので本は読んでない。
いや、読む必要がなくなった。が正しいか。
現役時代に読んでいた本と言うのが、主に戦術系の物がほとんどで、次に経営学の本も読んでいたような気がする。
(うん?何で、経営本を読んでるのに、今もトレーナーやってるんだ?)
振り返っている内に新たな疑問が沸いてしまった。
(ま、まずは現代文だな。長平さんの書いた物を対象にしよう)
俺は早速、長平さんの著書をひと通り読み終え、予備にあった別の30枚のノートを一冊取り出して、俺の幼少期から見ている長平さんに対しての評価を時系列順に文章のように30枚全てに収まるように書いていった。
無心の内に書き終わり、同時にアカが部屋に入ってくる。
「あはよ、ガク君。今日は現代文をやっていたみたいだね。それで、えっと」
先ほど書き終えたノートに目を通していた。
しかし、アカが開いていたノートを閉じると、
「ガク君、これじゃあ全然ダメだと思う」
「え、なんで?」
アカの指摘に、俺は思わず声を大きく上げてしまう。
「これ、飽くまでも書いた事に対する考え方なり、意見なりだったりするから、これだとただのノンフィクション」
「ん、ノンフィクション?」
アカは少し考えてから、言い直す。
「悪い言い方をすると、レポートだから、この宿題の要件は全く満たしてないからやり直し」
(これ、30ページ分が全て無駄になるのか)
ただ、ノートを書いただけのレポートと称された物を見て落ち込んだ。
突然。部屋のドアが勢い良く開く。
そこには普通の服を着た桃山が立っていた。
「急に変な声が部屋まで聞こえたから、おばさんに行ってからやったきたんだけど、どうしたの?」
アカは唐突な彼女の登場に苦笑して、
「えっと、長平さんの著書について書いたみたいなんだけど、ただのレポートだった」
桃山に先ほどのノートを渡す。
桃山はノートの内容を細かく確認し、
「これじゃあ確かにダメだよね……じゃあ、私にちょうだい?」
唐突に俺に要求してきた。
「え、なんで。こんな宿題にならない物、本当に欲しいか?」
訳が分からないので、桃山に聞いてみた。
「私が個人的に欲しいから、ダメかな?」
再度、おねだりしてきた。俺は特に理由も無い為、そのまま桃山にあげる。
「ガック、ありがとう。一生の宝にするよ」
桃山が明らかに声色を変え、機嫌も良くなる。
(変な物でも食べたか?)
俺は一時的におかしくなったと思う事にした。
アカは何か知っているらしく、意外な答えが返してきた。
「桃山さん、こう見えて長平さんのファンだからね。昨日も、双冶君が休んでいる間にジムに来て、練習相手になってる姿を見てたよ」
俺が顔を強張らせていると、アカは続けて、
「実は桃山さんが小さい頃に住坂ジムに何回か親と一緒に顔を出していたりするんだよ、僕も近くで見てたけど」
(ん、アカも居た?いや、俺は……俺は居なかったのか?)
俺は幼少の頃を思い出そうと考えていたら、
「と、言う事でこのノートは長平選手の貴重な実録本として、とても価値があるんだよね。まあ、結婚してからファン居なくなったけど」
桃山は言い終えると同時に声のトーンが下がる。
「何が問題なんだ?」
俺はなるべく無機質に質問した。
「当時小学3年だったんだけどね。長平選手の相手が性悪だったんだよね、本当に」
先ほどから言葉に切れの悪い桃山に、俺は違和感が強くなっていた。
「ああ、あの女か。そう言えば、あの人ともう何年も会ってないな」
俺は桃山の言葉も気になったが、長平さんの妻の事を思い出す。
■■■ 8年前(小学生3年)の記憶
それはまだ、長平さんが現役でフェザー級王座を3回防衛した時の頃だ。
俺が小学1年の頃からボクシングを始めていて、趣味でキックボクシングにも手を出し始めていた。
当時の俺はと言うと、控えめに言って弱い。
同じ小学生同士の対戦でも1回も勝った事がないほどに弱い。
それでも、会長である親父にずっと励まされて続けていた。一時期、キックボクシングに変更しようと思った時もあったが、それは去年に奇跡的に同年代の小学生ファイターに勝ったおかげである。
中学に入ってから、偶然その人に会った時、俺がかわいそうだからかなり手加減してくれていたとの事だった。相手のジムの会長も許可して上での事だったらしい。
とにかく、あの時はまだ弱くて練習してるだけだった俺に優しくしてくれたジムの人達。その時、佐藤さんはボクシングを始めたばかりだが、3戦3勝で既に、ボクサーとしての頭角は現していた。
その為、周囲からも期待されていて、人気はあった。性格も今のような後輩然とした雰囲気ではなく、普通に明るい小学6年生と言った感じだ。
長平さんはジムの中でも、俺に一番優しくしてくれた人である。今も練習に毎日付き合ってくれるが、毎日付き合うのは俺と佐藤さんだけで、それ以外の人達は与野さんが各練習の指導をしていたりもする。
夏のある日。俺たちはいつもどおり、練習を行っていると、突然。場に似つかわしくない人がジム内へと入ってきた。
サングラスをしていた女性は、上は水色の胸元が大きく開いたブラウス。下は黒のスリット入りのロングスカートに黒の厚底ハイヒール。
「ここが鷹斗のジムね。貧乏くさいところだねえ」
いきなり失礼な発言。当然、周囲も女性へと視線が向けられる。
「鷹斗、あんた私に逆らったらここに居る奴ら全部、地獄に突き落とすからね」
俺達は長平さんへと向き、訴えるような目をして、
「長平さん、この人。誰なんですか?」
なるべく、彼女を刺激しない言葉を選びつつ聞いた。
「すまん、俺が本を出したが為にヤバい奴引き寄せてしまって」
長平さんは落としつつも極力、情報を出さないように答えを返した。
「ヤバい奴ね、ふふっ。こんな私をヤバい奴?まあ、そんな態度ならもう、こんなジム潰してもいいわね」
彼女は手さげバッグからスマホを取り出す。
「ああ、私。かおりだけど、そっちから手を出してきたのに、私何もしてないのにひどいから、極悪ジムとして世間に公表してもらえないかしら?」
どうやら、彼女の執事に連絡を取っているようである。
「かしこまりました。それでは仕方ないですなあ。重信様に正当な処理をしてもらうしかありませんなあ」
「それにしてもひどいわ。いきなりホテルに連れて乱暴するなんて」
彼女はその場にうずくまり、大袈裟に泣き始めた。周囲の人は誰も真に受け取っていないが、長平さんが大きなトラブルに巻き込まれた事は容易に想像できた。
10秒後。彼女はケロッとした顔で、
「まあ、あんな事するあなたが悪いのだから、責任ぐらい取ってよね?そうじゃなきゃ、この人達、全部地獄に堕とすかも、まあ、別にどうでもいいけど、少しはマシな態度で接してくれるとありがたいわ」
どうしても、ジムとそこに居る人達を潰したいらしい、理由は全く不明だが。
そんな中、一人の女の子が泣き出した。
「うわーん、お兄ちゃんが取られちゃったー、ぐすっ、ぐすっ」
女の子の言葉に彼女はギロリと睨む。次の瞬間、女の子に左手で思い切り頬をはたいた。
「うるさいのよ、このクソガキが!あ、そうそう。訴えてもダメよ、私の家って、権力すごいし事実なんていくらでも捻じ曲げきれるから」
女の子は睨みながらも、ただ黙る事しかできなかった。
彼女は俺達をあざ笑うようにとんでもない発言をする。
「まあいいか、どうせ何も出来ないだろうし、今日はこれで失礼するわ。あ、鷹斗、婚姻届に判を押さないとどうなるか、分かってるよね?旦那様」
彼女はほくそ笑みながら、ジムを後にした。
後日、長平さんから話を聞くと、ホテルに連れ込んだ事もあの女に対しても口説いた事もないらしい。
ある事と言えば、彼女と話した事はあったが、それをどう言う技術を使ったのか、勝手にホテルに連れ込んで強姦したと言う事になっていたのである。この時点で分かると思うが、証拠を捏造した冤罪である。
さらに数日間、調べた結果。
この女の家は、父が閣僚入りして大臣をやっていると言う事で、当時の総理大臣も操り人形と化していると言う事であった。要するに今回と同じような手法で、常に脅しているのだろう。
さらに調べると、この家に逆らった人は問答無用で、適当な罪で逮捕、裁判で無期懲役。もしくはいつの間にか行方不明。従わなければ、どうなるかと言うのは聞かずとも分かる結果であるから、誰も逆らえない。
長平さんの言っていた本がどうこうと言う話はおそらく、あの女が長平さんの価値観を粉々に砕いて、勝手に自分の所有物にしたいと考え、寄ってくる女どもを全て蹴散らして悦に浸ると言うのが人生の楽しみでやっていたと言うのが後から分かった。
現にあの時の女の子は、家族ともどもさらなる冤罪で逮捕され、あの家の献身的な擁護の為に執行猶予付きの刑を与えられたと言う何とも腹立たしい結末になっていたからである。
長平さんはあの出来事から1ヶ月後に突然の引退を発表し、主に俺のトレーナーとして働く事になった。
それから、あの女の子は当時弱かった俺とも時々話していて、初恋の相手と言う訳ではないが、一緒に居てるだけで楽しかった思い出がある。
(名前は確か、透子)
透明な子と覚えていて、そんな感じで今も覚えているが、今はどうも経済的に苦しく、生活するのがやっとらしい。
周りの人達のほとんどは長平さんが無実だと言う事は分かっていたが、冤罪をかけられ、人生を無茶苦茶にされるのを恐れた為。ほとんどの人は住坂ジムから離れて距離を置く事を選んだ。当然、親父も離れた人達をとやかく言う事もない。
こんなどこの馬の骨とも分からない相手に辛い人生を送る必要はないと思っている為だ。そんな中でもここに残ったのは巻き込まれた長平さん、佐藤さんだけとなった。
与野さんはこの事件の後に加入した人となり、この件も調査して何となくは知っているが、またあの家から冤罪をかけられる可能性が十分に考えられた為、口にする事は一切ない。
この先から今まで、少しずつ加入する人が増え、小規模のジムとして少しはやっていけるようになった。
この(断片的に)と言う部分は、後からのエピソードでわずかに紹介します。
彼自身の記憶と傍から見た情報は少し違った物になります。




