ヘビー級世界タイトルマッチ、試合開始
ゴングが2回鳴り、1ラウンドが始まった。
早速、相手が左ジャブを打つと見せかけた右ボディージャブを繰り出す。
俺はガードしながら肘の先端で直撃を回避する。
お返しに右アッパーと見せかけて、左ジャブを放つ。
相手は当然、肘の先端でガードする。
さらに俺は右ジャブ、左ジャブからの時間差で右ボディージャブを繰り出した。
しかし、これもひじの先端でガードされる。
すると、相手は左ジャブ、右ジャブ、左フックに時間差で右ボディーブローを放った。
俺も攻撃をすべてガードし、何事も無く、ガードの位置を戻した。
ここからしばらく、似たような攻撃の応酬となり、時間が過ぎていく。
1分36秒。俺は左にサイドステップする見せかけて右足を踏ん張るだけにして、左足を浮かせたまま右ボディーフックを繰り出す。
相手は右ストレートを放ち、直撃するが俺の攻撃のほうが早かった為、威力が軽減した。
すぐに左ストレートで誘いながら、右を上や下へフェイクしようとしていると、相手はクリンチをしてきた。
膠着状態となり、レフェリーが「Break」と言って中断し、「Box」で試合が再開する。
(さすがに分かりやすかったか)
何かを察知したのだろう。俺は気を取り直して、構えたグローブに力を入れた瞬間。相手から左ジャブをもらう。
俺はサウスポーだった為、手が残されておらず、バックステップで距離を取った。
(何だか、音も風も感じない攻撃だったが)
おそらく、これがジョシュの代名詞。
『サイレントヒッター』の由来となっている攻撃だろう。
力を入れた瞬間を腕をしまったと同様の判断をして、攻撃を繰り出す。
と言う俺もやりそうな事に警戒をしたほうがいい。
(よし、もう一度両手に力を入れよう)
意を決して、俺はもう一度力を入れると、今度は左ジャブが出る。
俺は若干、右に捻りながらのフロントステップで相手に飛び込み、両足が浮きながらの右アッパーを放った。
相手の顎を捕らえるが、威力はほとんどない為、これで倒れる事は無い。
しかし、何かを察知し、バックステップをした。
(今回は策が功を奏したが先がない)
位置のかく乱をする攻撃としては十分だが、直撃は出来そうに無い。
ここからまた、ジャブの打ち合いとなり、1ラウンドは終了する。
インターバル中。実況席の後ろ、つまり最前列の真ん中に座っている音羽と目が合い、俺はもう一度、気を入れ直した。
(しかし、次の手が思いつかない。どうしようか)
さらなる手がないのも事実。いや、ひょっとして……あれが有効かもしれない。
ここでゴングが鳴り、2ラウンドが始まる。
先ほどと同様のジャブの打ち合いでしばらく時間がかかる。
その間にサウスポーに構えられるように準備をした。
動きがあったのは2分。相手が右ストレート打ってきた為、俺は右にピボットして右フックをする。と言うのはフェイクで、フックする動きを見せつつ、右腕のみを強く引き締めたガードをした。
相手は左腕を後方に伸ばしてから強烈な左フックをする。
(予想通りのファントムフックだ)
俺は正確に右手の正面で受けつつ、脇を完全に外した渾身の左ストレートを放った。
相手の顔面を強打し、たまらず後ろに下がってからダウンした。
レフェリーがカウントを取っていく。
(今までの相手の動きが怪しかったので、もしかしたらと思ったが上手くいった)
右手が少し痛かったが、壱会のファントムフックのダメージにすれば、まったく大した事は無い。
相手がこれでKOされる事も考えらず、当然、立ち上がって、試合再開となる。
相手の表情は眉間に皺を寄せていて、険しい物となる。
ここからは相手のジャブがストレート、フックと大振りで素早い攻撃に変わり、打ち合ったり、回避するので精いっぱいだった。
2ラウンドはこのまま終了し、インターバルに入る。
すると、相手は音羽の居る席に顔を向けて、なぜか怯えていた。
(試合前の固い表情は音羽が原因か?だとしても理由が不明だが)
気にしても仕方がない為、次のラウンドに備える。
3ラウンドが始まり、場が少しだけ落ち着いたようだ。
再び、ジャブの打ち合いが始まり、両者ともに次の一打を隙をうかがっている状況だ。
俺は次の準備をする為、グローブに力を入れようとすると、再び左ジャブを放ってきた。
しかし、これは予想済み。
俺はすかさず、サウスポーの状態から右足を少しだけ後ろに下げて、踏み込みながらの左ストレートで応戦した。
相手はまたも顔面を直撃し、ダウンする。
レフェリーはカウントを取るが、7のタイミングで立ち上がり、ファイティングポーズを取って、試合再開となる。
相手はすぐさま、大振りの右ストレートをやってきた為、俺は右にピボットしながら右フックを軽く打った。
相手は右にふらつくが、それでも左ストレートを強引に叩き込んできた。
しかし、俺も敢えて軽く打った為、左ストレートを右腕を斜めにしてガードしながら、脇を強く締めた左ボディーブローで応戦する。
すると、相手はこれに対応出来ず、その場に崩れた。
レフェリーはカウントを取ろうとするが、ボディーへのダメージによって、立ち上がれる様子もなく戦意喪失していた。
試合は続行不能と判断され、そのまま試合は終了した。
これで、俺は念願のヘビー級世界チャンピオンになり、試合後のインタビューを受けたが、なぜか試合内容のみの言及となり、対戦相手のインタビューまで終える。
次はスタッフの指示で上に黒のTシャツを着て、自動翻訳セットを付けてから、前日計量を実施した場所での試合後インタビューが改めて、再開した。
アメリカだからなのか、日本の時よりも仰々しい気がする。
誰も質問内容を確認する事なく、取材陣の代表が質問を始める。
「まずは改めて、おめでとう。通常なら、リング上でインタビューをしたいのだが、リングの外で色々と変化が起こり過ぎた。それは後から聞くが始めは試合について、結局、3ラウンドKO勝利となり、念願のヘビー級の世界チャンピオンとなったのだが、途中まではどうだったのかを教えてほしい」
「1ラウンドは初めはフェイントを交えつつ、ジャブの打ち合いになり、1分半過ぎに相打ち覚悟の右ボディーフックを打ちました。顔へのダメージは軽減できた為、さらにフェイクを交えながら、追撃を加えようとしたらクリンチをされました」
「その時の心境は?」
「私は今日の試合で初めて、クリンチと言う物が有効だと体感する事が出来ました」
「なるほど、ここからガクの虚ろを突いたジャブをくらう事になるのだが、この時の心境を教えてほしい」
「あの瞬間、グローブに力を入れただけでしたので、一瞬、何が起こったのか分かりませんでした」
「しかし、ここから立て直して2ラウンド。相手がファントムフックらしき物を繰り出してきたが、それを片腕だけで正確にガードしながらの逆の手からのストレートでダウンし、3ラウンドになっても大振りのパンチに対して、片腕で受けながらのダウンを奪う攻撃。まるで曲芸を見てるような感じだったよ」
「ファントムフックと思える攻撃を正確にガードした事によって、私に勝機が出てきたのは確かですね」
「そして、最後の斜めにガードしながらの左ボディーブロー。ジョシュは立ち上がる事が出来ずに試合終了。これでヘビー級の世界チャンピオンになったと言う事だが……」
代表が言葉をためると同時に他の取材陣がすべて、俺に改めて詰め寄るような形となる。
「これがガクをわざわざ、リング以外の場所まで移動させた理由だが、もしかして、これで引退するつもりか、答えてほしい」
取材陣が一斉にこちらを見続ける。
俺は一度、息を吸ってから吐き、気を入れてから答える。
「プロボクサーとしての最大の目標はヘビー級の世界チャンピオンになる事ですし、WGBヘビー級への挑戦する予定もありません。正式な手続きは後日と言う事になりますが、今日の試合で引退すると受け取ってもらって構いません」
俺の答えに、取材陣が驚きの声を上げながら、一斉にカメラを向けたり、シャッターを切ったりで辺り全体が眩しくなっていた。
「何だか非常に勿体ない気はするが、元々決めていた事なんだろう。それに今日は君の婚約者が観戦に来てた。仕事しかしない彼女がだ。それで急きょ、この場をインタビューエリアとして設置したんだ。まったくお騒がせな選手だよ、君は」
代表は皮肉を言いながらも、どこか笑顔になっていた。俺も笑顔で返答する。
「今日、この場に居ると言う事実を噛みしめながら思い起こすと、本来は今頃、日本チャンピオンになっていたかどうかも怪しいと思います」
すると、代表は疑問に思い、質問をする。
「日本チャンピオンにもならない?こんなに強いのにか?」
「ええ、日本タイトルマッチも世界タイトルマッチも周囲の力添えがなければ、何一つ成就できる物では無かったと今、改めて思いました」
俺は住坂ジムの面々、浜崎ジム、音羽達の事を振り返りながら、しみじみと質問に答える。
「なるほど、ガクがどこまでも謙虚だったからこそ、次々とビッグマッチが舞い込んできたと言う事かもしれない。これで引退になるが、問題はこれからだ。ガクはまだ若い。本来なら4年生の大学を卒業する年齢だ。これからも、その謙虚な精神を忘れずに人生を謳歌してほしい」
代表のこれからの声援に俺は一礼をする。
「ありがとうございます。これからは大学に行く為に受験をする事になりますが、こちらのほうがよほど大変で難儀だと思うので、頑張っていきます」
俺の答えに取材陣は一斉に笑いの声が聞こえて、場が和んだようである。
「今日はガク・スミサカ選手の未来に声援を送りつつ、インタビューを終了します。本当にありがとうございました」
取材陣が一斉に拍手をして、俺を労う。
「引退会見の場を設けて頂き、本当にありがとうございました」
俺も取材陣に礼をしてから、椅子から立ち上がり、入場口へと戻っていった。
俺はロッカールームで外出着に着替え、部屋を出ようとすると、
「まさか、こんなに若くして引退するとは思わなかったよ」
対戦相手のジョシュ・ブルックスだった。
すでにボディーへのダメージは回復したようで今は元気な様子である。
「再戦したいとは思いますが、防衛自体は元々考えもしてなかったので勘弁してください」
俺の言葉にジョシュはお腹を抱えながら笑った。
「いや、今日の試合で勝負付けをすでに終わったよ。防衛なんてされたら、それこそ私の恥が増えるだけだったら助かった」
「そのように言って頂けると幸いです。落ち着いてから、また会う事があれば、今度は普通の食事をしましょう」
俺の再会の約束を聞くと、再び笑って言った。
「正直、ガクの普通の食事と言うのが、最も想像がつかないよ。本当に食事制限をしてない君の食べる物を見てみたいものだ」
ジョシュは真顔に戻って、
「私は初対面だが、これで選手としての別れとなると寂しいものだよ。ただ、これだけは言わせてもらう。本当にお疲れ様」
俺に深々と礼をしてきた。
「ありがとうございます。そして、ジョシュさん。これからもプロボクサーとして頑張ってください」
俺も礼をして、声援を送った。
「話は色々ありますが、これで失礼します」
俺が話を終わりにすると、ジョシュも首を縦に振って、言葉を返す。
「ああ、大学に行って結婚しても上手くやっていけよ」
そして、お互いに礼をしてから、俺は会場を出て行った。
会場を出ると、音羽が車の前ですでに待機していた。
「ようやく終わったようだな。関係者にはすべて、挨拶を終えている。後はチャーター機に乗って帰国するだけだ」
突然の音羽の言葉に疑問が沸いたので、聞いてみる。
「どうして、こんなにスムーズなんだろうか?」
俺の疑問に音羽は顔色を変えずに答える。
「ああ、一般人の扱いではなく、公の扱いだからな。私達は」
なんだか、とんでもない事を口にしているが、平静を装う事にした。
「分かりました。それでは車に乗りましょう」
音羽と一緒に車に乗る。
車内に入り、隣同士になった瞬間。腕を強く絡めてきた。
「今はこのままで居させてほしい」
若干、家の中での音羽の態度だが、さすがに運転手は引き笑いをしていた。
車を走らせてから空港までは何も異変は無く、空港に着いた。
ここで初めて、メモ帳に書いていたエピソードの題名をそのまま載せる事になりました。
他は基本的に日付を記入していて、こちらに転記する時にエピソード名を考える。と言う流れになっています。




