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前日計量に臨む2人

翌朝。

時間は午前6時30分。いつもより30分も寝過ごした。


俺は大急ぎでトレーニングウェアに着替え、いつもの朝練をこなした。


ジムに戻り、シャワーを浴びてから、親父の車で、試合会場へと行った。


着いた時間は午前11時。どうにか余裕のある時刻に到着し、安堵する。


会場に入ると、親父主導で前面のロビーで受付処理をする。

俺の登録階級はウェルター級になる。


今日の目的は計量となるのだが、ロビーから右側に進めば前日計量の場となる。

控室に案内される。その間、メディカルチェックがされ、予備計量をこの場で実施される。


時刻が12時になる。ここからが本計量の時間となり、俺も前日計量に臨む。


示した体重は63.6kg。

「下限ギリギリだな」


「まあ、問題は無いですが、控室で何か食べてからもう一度測りますか?何もメリットはありませんが」


普通、体重超過さえしてなければ、世界戦やタイトルに絡んでいる場合以外は帰っていい流れになるのだが、

「控室でステーキとスポーツドリングを摂ってきます」


俺が係員に言った瞬間。参加するであろう全選手がこちらを見て、

「なんなんだ、お前は」

「ウェイトオーバーしてないなら、さっさと帰れ」

「なめてんのか、てめえ」


それぞれに気の荒い言葉が返ってくる。

「実は昨日の夜食と今日の朝食をまだ食べていなくて」

俺が言葉を付け加えると、係員は苦笑する。


「プロデビューですからきちんとしたいんですね」

オーバーしてる状態でもない為、控室に戻っていいとの事だった。


控室に戻り、300gのステーキと200mℓのスポーツドリンクを飲み食いし、再び計量会場で先ほどの係員に伝えて、再計量する。


示す体重は64.0kg。

「おかしいな、全部で500gほど体に入れたはずだが」

「きっと新陳代謝が極端に良いのでしょう、改めてパスです。本日はもう退場して頂いて結構です」


係員が言うと、周りの選手からは

「おい、あいつヤバいな本当」

「どうなってんだ、あいつの体」

「ああ、体重減りやすい体羨ましいな」


様々な感想だが、基本的に羨むものばかりである。


ちなみに体重超過があった場合、サウナに行ったり、汗をかく。

人によっては下剤などで無理矢理体重を減らすなど人もいる。


とにかく、猶予時間内に規定体重以内に収まらなければ、基本は試合中止。


良くてパスした側が勝利したのみ公式記録として認定。


あとは、階級変更や無差別級試合として採用など、団体によって処分が違う。

当然、体重超過した者は一定期間のライセンス停止が下される。


俺は親父の車で、ジムまで戻る。示す時刻は午後3時。


親父は試合会場に連絡を入れている。理由は俺と同日に試合をするメンバーが体重超過で猶予時間を使っていたからである。


■■■ 別視点


俺の名前は佐藤(さとう) 波木なみき


ガクさんと同日にフライ級ランカーの試合を組まれているが、俺も早速、前日計量に臨んだ。


ウェイトは51.1kg。


「はぁ、また痩せないとダメか」

1回目の本計量で体重超過となる。


毎回のように係員とやりとりをしている為、度重なる体重超過を耳にした数人の係員がため息をつく。そして、ウェイトオーバー分はいつもと同じ、超過割合が3%未満の為、恒例行事の2時間の猶予時間が与えられる。


やる事は簡単。そこら辺をひたすら走って、水分を落としてくるか、サウナにこもり、無理やり水分を落とす。要するに水抜きと呼ばれる行為。


周りの選手達も俺を見て笑い、

「なあ、あいつまた水抜きするらしいぜ」

「もう階級上げたほうがいいんじゃねえの?」

「お前んとこの新人の子がよっぽど優秀じゃねえか」


散々な言われようである。そして、新人と言うのはガクさんの事だ。


「本当にガクさんが羨ましい。俺もあんな体質になりたい」

本心から出る言葉に対しても周りの選手は、

「だったらさっさと痩せよう、な?」


これである。言ってる事自体は正しいが、なんだかムカついてくる。


ただムカついてもしょうがない。

早速、会場近くをひたすら走り回る事にした。


10分後。既に少し疲れが出ている。


20分後。そもそも計量前から足掻き苦しんだので、少しふらつく。


30分後。大量の発汗が自分でも確認出来た。これなら大丈夫だろ。


俺は再び、計量会場に戻り、再計量する。50.9kg。


「あと、100g足りない」

息を切らしながらつぶやく。


「はい、あと100g落として来いよ」

「100g足りない、じゃないんだよ。100g余分な肉が付いてるんだよ」

「もう、この人は失格でいいんじゃないの?」


周りの選手からの声に係員は

「3%未満ですから、猶予時間を与える事は何も問題ありません。あまり、ルールに逸脱した発言しますと場合によっては謹慎処分も辞しませんよ」


さすがにそこは係員である。最低限の人権は守ってくれる。

「俺、もう一度。外を走り回ってきます」


また、外をひたすら走り回った。


10分後。汗もほとんど出なくなった。


20分後。さっきから汗が全く出ない代わりに全身に熱を感じている。

(大丈夫か、これ)

最悪、熱中症もあり得る為、別の意味で不安になる。


とにかく、もう一度。計量会場に戻り、再々計量をする。


示した体重は、50.7kg。

「やっとクリアした」

ウェイトオーバーを回避して、その場に仰向けになった。


それを見た係員がすかさず、

「パスしたのは構いませんが、メディカルチェックで引っかかった場合は試合に出場出来ませんので、注意してください」


もう一つの不安。それはメディカルチェックである。


仮に熱中症の認定をされると、計量失敗になってしまう。

不安を抱いたまま、控室に戻り、メディカルチェックを受ける。


「何とか問題ない。と言ったところです。もう少し、安全に減量する事は出来ないですか?」

これで正式に計量パスだが、医師の嫌味付きである。


「ありがとうございます。今後、気を付けます」

事務的なお礼を言ってやり過ごす。

(機嫌を損ねたら失格になりそうだし、しょうがないか)


ここで、控室に入ってくる人が伝える。

「佐藤波木様。所属ジムの会長からお電話入っています」

職員が連絡用子機を渡してくる。


俺は子機を受け取り、応対する。

「今やっと、計量パスしました」

「本当にお前は体重減らすのが、下手だなあ」


これもいつものやり取り。時刻は午後1時35分。

以前よりかは早い時間。最初は午後1時55分とかなりギリギリの時間でパスしていた事を思い出す。


これから、水抜きした分をリカバリーする。


最初に摂る物。それは経口補水液。


水分を極限まで抜いているので、これが無いと話にならない。

まずは一袋を吐かないペースで飲み切る。


次に糖質特化型飲料を飲む、これもペースを抑えながら飲む事になる。


最後に水分を摂りつつ、食物繊維を多く含む物をある程度食べる。

これは適当な食べ物をドカ食いしてもお腹を壊す為である。


俺の場合は、モヤシ炒めと酸味を抑えた紅白なます。

今まで、同じ食事で乗り切っているので、食べるべき量は大体分かっている。


効果としては主に、胃の違和感を解消する為。

空腹感を感じてしまうと、どうしても力が発揮できないのである。

俺はこれらを良く噛んでゆっくりと食べ切る。


3分後。控室にジムの会長がやってきた。

「佐藤、いつもよりかは早いじゃないか。リカバリーはもう終わったか?」

「つい先ほど、食べ終わりました」


ここまでで、時刻は午後4時10分。


会長はいつもどおりの笑顔で俺を労い、職員達に挨拶して、俺を連れて車を出す。


車内では簡素な会話をしていた。

「お疲れさん、もう寝ていいから。着いたら、いつもどおり事務室内に寝せておくからな」

「いつもありがとうございます。ジムに泊まらせてもらって」


会長は俺の左肩を3回叩いて、

「いいって事よ。これぐらいが可愛げがあっていいと言うもんだ」

子供であるガクさんとは違う意味で可愛がられている。


これもいつものやり取りで、この後寝たままジムに戻り、会長が眠ったままの俺を出入口左側のカウンター奥にある、事務室エリアまで運ぶ。


そこから、備え付けの布団を用意して俺を改めて、寝させてもらい、翌朝8時、会長が起こしに来てくれる。

試合当日は朝練は無く、そのまま試合会場に入る。


ここからが調整する時間となり、色々とフォームの確認をしてから、試合に臨む。


ここまでが試合開始までの流れになるが、試合結果は後ほど。


あ、試合時間はタイトル戦でもない限りは、俺の試合が最後になる事が多い。

これでも日本ランカーだからな。


■■■ ガク視点に戻る


ジムに帰ってきた俺はストレッチからメニューをこなす事にした。


いつもとは違う時間での練習の為、リズムは狂い気味になるのだが、その辺りは時間を逆算しながらやる事にした。

ミット打ちからは大体、長平さんが待機しているので、通常通りの流れで練習ができる。


スパーリングはやっていると、

「そう言えば、ガクは計量だったと言うのにいつも通りだな」

長平さんは俺の攻撃を受け流しながら、話しかけてきた。


「ひと通りの練習やっていないと、どうしても不安なんですよ」

「その意気や良し、と言うところだな。あ、佐藤は大丈夫か?」


「そう言えば、また体重超過で絞っているようですね」

「あー、あいつは本当に減量下手だからな」

ジム内でも、『3%未満の常習犯』と言われるほど、減量が下手なのである。


「ま、でも大丈夫だろ。いつもの事だからな」

長平さんは佐藤の事で、特に気に留めてない様子だ。


「俺がスパーリングしているところを佐藤さんが見たら、どう思うんでしょうね」

「泡吹いて倒れるんじゃないか?まあ、いつも寝たまま運ばれて来るから確認しようがないがな」


俺は前日計量のいつもの光景を思い出して、

「そうですね、翌日に会場に入ってから、やっと調整始めるくらいですから」

苦笑して、長平さんと話を続ける。


スパーリングの最後のラウンドに入り、

「よし、前日の最終調整と行こうか」

「はい、俺も一つギアを上げます」


俺たちは少しだけ本気でパンチを打ち込みあった。


スパーリングの時間を終えると、

「しかし、ガクも強くなったな。この調子だと、いつまで練習に付き合えるんだか」

長平さんはそろそろ、自身では手が負えない事を俺に伝える。


俺はいい機会だと思い、昨夜の話の続きを試みる。

「実は音羽社長から第一秘書をこちらに派遣して、練習相手にしてはどうか提案されてるんですよ」


長平さんは話を聞いた途端。神妙な面持ちをした。


「ほお、音羽ねえ……ガク、会って間もないあの『冷血社長』に名前呼びを許可されるって、どんな魔法使ったんだ?」

長平さんの問いかけに俺は「あっ」と思わず声が出てしまった。音羽社長でも誤魔化せなかったのだ。


俺の様子を見て、長平さんを何かを察して、

「分かった。とりあえず、知念社長と今どんな関係なのか簡単に説明してくれないか?」


最早、取り調べである。俺は観念して、

「実は昨日、偶然会ったので2回目で、本当は音羽から呼び捨てでいいと許可されています」

俺の言葉を聞いて、長平さんはその場で固まってしまった。


かと思うと、俺の左肩に右手を乗せる。


「よし、分かった。一応、ガクに言っておくが、知念社長が名前呼びを許してるのは、祖父である会長と第一秘書だけだ。まあ、それはいい。とにかく、事が事だけにある程度、形になってからみんなには話にしような」


長平さんは念を押して、俺には余計な事を言わないように諭した。


俺も特に反論する理由も無い為、黙ってうなずいた。


とにかく、スパーリングまで終わったので、縄跳び、アフターシャドー、筋トレをこなして行った。


ここで時刻は6時30分となっていた。


俺が30分の休憩時間をとっていると、途中でジムの出入り口のドアが開いた。


「今、帰ったぞ」

親父である。


そして、いつも通り眠ったままの佐藤さんが、事務室エリアへと運ばれて行った。

長平さんも途中から手伝い、即席で佐藤さんの寝場所が確保される。これもいつもの事である。


俺は午後7時までに、鶏肉とオレンジジュースと言う簡易な食事だけをして、筋トレを重点的に1時間だけ行った。


ここまでで午後8時となり、明日に備えて、自宅で寝る事にした。

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