高校2年の誕生日。乗り気ではないデート、からの偶然の再会
今日は俺の誕生日。
通常とは異なり、ささやかなお祝いをしてくれるらしい。
朝起きてから、朝の外行きメニューまでをこなして、自宅に戻らずにジムへと入る。
「よし、今日はガクの誕生日だ。食べる物はいつもどおりになるが、お祝いだけはさせてくれ」
今、場を仕切っているのはフェザー級の元世界チャンピオンである長平 鷹斗さんだ。既に現役を引退していて、トレーナーをやってくれている。
「プロデビュー戦、華々しく飾るためにも、元気にお祝いしよう」
次に発言したのは女子フライ級チャンピオンの与野 映奈さん。
そして、なぜか朝からジョッキに入ったビールを持って乾杯しようとする二人に親父が文句を言う。
「今から練習時間だと言うのに、何を二人で盛り上がってんだ!周りも飲みたくなったら収拾付かないだろうが」
すると、他のメンバー達は作り笑顔で首を横に振り、
「あの二人は放っておけば大丈夫です。私達は静かに祝いますので」
今言った人達は試合日が迫っているので、スルーしながら俺を祝ってくれるとの事だ。
他の人達も近くに置いてあったジョッキに好きな味のジュースを注いで、乾杯の準備をする。
「それじゃあ、ガクのプロデビューと今後の発展を願って、かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
長平さんの乾杯の合図にみんなも合わせて、乾杯をする。
特設のテーブルの上には鉄板皿に乗った200gのステーキが中央に置かれていた。
「今日はこれを朝食として食べろ、飲み物はその辺のやつから貰っていいから」
俺をテーブルの椅子に座らせ、ステーキを食べるように促す。
俺は椅子に座り、ステーキを豪快に丸ごと口にする。
「うん、おいしい」
20秒ほどでステーキを食べ終え、近くの人からオレンジジュースを入れてもらう。
俺はオレンジジュースを一気に飲み干し、
「ありがとう、明後日に始まる試合も頑張るから、今後ともよろしくお願いします」
色々な方向に向き、スタッフ達にお辞儀を何回もした。
それから、他の人達が俺の近くで、いつも通りの食事をして、テーブルや皿などを片付け、みんなでストレッチからの練習メニューをこなした。
今日は3セット目までをこなして、午後4時30分からは自由時間となった。
これは翌日の前日計量を迎える為に早めに切り上げようと言う事である。
普通はギリギリまで絞るのだが、俺の場合はその必要も無い為、明日は朝のメニューをこなして、計量に臨む事になる。
午後5時。来ていた場所はと言うと、映画館である。
そして左横に立っているのは、
「今日は一緒に来てくれてありがとう」
望である。
映画の題名は『昼から夜へ』。なぜかアカが映画の内容を知っていて、大体は確認済みである。
内容として、昼にとっていた態度から夜になって、甘いものとなり、そのまま二人は一緒に部屋で……と言う典型的な不倫ものと呼ばれる作品だ。
「これ、アカでも良かったんじゃないか?」
ため息混じりに望に話しかける。
「アカだとなめられてしまうから、魔よけになるガクが良かったのですよ」
望の返答に再度、ため息をつく。
その間も、続々と人に映画館に入って行く。
カップルと思わしき男女ばかりである。
俺は仕方なく、望と一緒に映画館内に入り、隣同士に席へと座る。
「少し座席を倒すのが、この映画のマナーだよ」
望が言う謎のマナーに従って、ほとんど寝たような角度まで下して、顔だけスクリーンを見る形にする。
俺はふと、左右を確認する為に顔を向けると、
「あ」
左に三席のところに座っていた知り合いを確認した。
「よ。なんでこんなところに来てるんだよ」
彼が俺とさらに右側の席を確認する。
「あー、望か。お前も大変だな」
彼の言葉を聞いて、望がムッとして、
「人を存在が浮気みたいな感じで言うのをやめてくれないかな?」
この二人はあまり仲が良くない。と言うのも、望自身が常に思わせぶりな態度で異性に接している事が気に食わないからである。
「ま、ガク。強く生きろよ」
望に対して、なるべく嫌味に聞こえるような事を言い、俺の左肩に軽く手を置く。
「人を何だと思ってるんだろう」
望はスクリーンに向き直り、顔は膨れたままである。
(後、6分か。2ラウンド分練習出来るんだけどな)
なるべく別の事を考えてやり過ごす事にした。
3分後。俺たちは変わらず、映画の開始時間を待っていると、
「どうして君がここにいるのだ?」
左側から声がしたので、顔を向けてみる。
そこに神社で助けてもらった彼女が、こちらに体を向けて立っていた。
「こんばんは、神社の件はありがとうございます」
座席から体を起こして、お辞儀だけする。
「いや、礼には及ばない。それより、隣に座ってもいいか?」
俺が確認すると、座席は空きになっていた。
その左側から連れの女の子、彼、連れの女の子と両手に花のような形になっていた。
この映画館は一列が偶数となっている為、二人一組で座れば、空きが無いのだが、彼がたまたま両隣に女の子を席を座らせていたので、俺の左隣が空いていたのである。
「どうぞ、私は構いません。と言うより、助かりました」
俺が彼女に対して返答すると、右隣の望がまたムッとした顔で、
「助かりましたって、ひどいんじゃない?」
「計量前日にこのような場所に誘っている君のほうが酷いと思うが?」
彼女はあしらって、俺の左隣の席へ座る。
望は何も言えず、またスクリーンへと顔を向き直した。
「それと、住坂雅玖。この場で会話するのは好ましくないから、これを付けてくれ」
彼女は左胸ポケットから丸いレンズの無い物を取り出した。
「放映中、君は退屈だろうから、これで話さないか?」
取り出したのはモノクルであるが、付け方が分からないので、彼女に付けてもらい、頭で念じて円状の先を見ればいいとの事だ。
俺は試しに彼女に対して気になった事を頭に思い浮かべ、モノクルの先を見る。
「あの時は聞きそびれましたが、あなたの名前を聞かせてもらってもいいですか?」
視界の前に顔の大きさほどの文面が突如、出現した。
彼女もモノクルを付け、「それで使い方は合っている」と言い、彼女も同じように語り掛ける。
「そうだな、放映時間を使って色々話そうか」
と、俺の念じた言葉の下に彼女の言葉が出てくる。
念のため、左の席に座っている彼にも確認を取るが、
「ん、俺には何も見えてないぞ?」
どうやら、このモノクルを付けている人にしか見えない画面であった。
「確認、ありがとう」
俺は彼に短く、お礼を言い、彼女とモノクル上で会話する事にした。
放映時間となり、スクリーンには映像が浮かんでいる。
「まず、私の名前からだな。私は知念 音羽だ、知念は『ちねん』ではなく『ともね』だ。間違えないでくれるとありがたい」
俺は再び、無言のまま、音羽さんと無言で会話する。
「知念 音羽さんですか、かわいい名前ですね」
音羽は少しだけ顔を赤くした後、座席を俺と同じ角度まで下してから、無言で会話をする。
「かわいいと言われたのは初めてだな。なるほど、年上の女性に人気があるのも納得できる」
「それで、先ほど名前で呼ばれましたが、どうして俺の名前を知っているんですか?」
「私から見れば、初対面ではないからな。以前の話をすると、君のジュニア時代の大会で準優勝した姿を2回見ている」
「そうでしたか。子供だった私を見てくれるのはありがたいですが、負け方は情けなかったと思います」
「そうだな、ダウンする瞬間。幽霊でも見たかのような顔をして驚いていたからな」
「お恥ずかしい限りです。自分では分かってるんですが、どうにもならなくて。克服する方法があれば解決できるのですが」
「要は霊感を感じる事なく、対策出来ればいいと言う事だろう?方法自体は二つある。一つは恐怖の物を絶つ。もう一つは霊感自体を感じなくさせる。と言う方法になる」
「恐怖の元と言えば、俺が神社を出た後、急に得体の知れない反応が消えたのですが、何かやりましたか?」
「ああ、狛犬が悪さをしていたので、二体とも左耳を千切って、霊力を使えない状態にしてやった」
「やはり、音羽さんがやってくれていたんですね。改めて、ありがとうございます」
「いや、それはいい。だが、それでは根本的な解決にはなってないだろう?」
「ええ、俺の今まで負けたパターンは全て、死角からの強烈な一撃を食らって倒されています」
「分かっていたか。君の場合、その弱点を克服しない限りは世界ランク辺りでくすぶる事になるだろうな」
「ある程度、ランクが上がると徹底的に対策してくるので、どうにか今からでも対策を取れるようにしたいんですが」
「そうだな、具体的な手順となると……私の会社の第一秘書に稽古をつけてもらったほうがいいな」
「音羽さんって、やっぱりすごい会社の令嬢なんですね」
「令嬢か、確かに2年前まで令嬢だったが、今は祖父からグループ会社全体を統べる立場にあるがな」
「その服装を見て、立場がすごく上と言うのは何となく分かっていました」
「そうか、だが君はそんな私を見ても物怖じしないな」
「それについては、音羽さんが立場に関係無く、胸襟を開いてくれているのに他人行儀で話すのは、失礼だと思っているからです」
「そうか、どうやら私は君に気に入られているのだな。嬉しい限りだ」
「そうだ、話を戻そう。手順の話だが、稽古をつけてもらうようにする前に、君のジムに許可を取り付けないといけないな」
「ひょっとして、映画が終わったら、家に来ると言う事ですか?」
「そうだな、そこに居る不機嫌な彼女を家まで送ってから、君の家に行くが、構わないか?」
俺は右隣に居る望を確認すると、拗ねていた。
見なかった事にして、スクリーン側へと顔を向き直す。
「俺はそれでいいですが、望は嫌がるんじゃないですか?」
「彼女も子供ではないのだから、その辺りは弁えていると思うぞ」
「だといいんですが、後から機嫌を取るのが大変そうですね」
「私からも機嫌を取るから、それも気にする必要は無い。そうだ、このモノクル上の画面の会話だが、私の秘書達に見られているぞ」
「え、何ですかその羞恥プレイは」
「気にするな。元々、このやり取り自体がわが社の商品の動作テストも兼ねているのだ」
「それで、筒抜けになっている個人的な会話の意味はなんでしょうか?」
俺はさすがに左隣の席の音羽さんに顔を向けた。
「これ自体も無意味ではない。君が私の敵では無いと言う証拠にもなるし、何より君に危害を加える輩がいれば優先的に守ってほしいと言う意思表示にもなる」
「随分と俺に肩入れしてくれるんですね」
「もしかすると、私の将来の伴侶になるかもしれないのでな。これまで千人以上、私に求婚してくる輩が居たが、どれも話にならなかったからな」
俺は再び、音羽さんに顔を向けた。
彼女は俺の顔を見て、ただ微笑んでいるだけである。
「まあ、君のご両親にはあまり好ましくは思われていないが、そこは粘り強く話して、納得してもらうしかない」
ここで左側にいる彼が、俺を見てにやにやした表情をしてきた。
俺の表情を見て、何かを察したようだ。
「俺、やっぱり分かりやすいんでしょうね。試合ではこんな事ないんですけどね」
「気にするな。敵であれば、細心の注意を払わねばならないが、どう考えても、彼は味方に近い何かだ」
「ふむ、どうやら上映時間はこれで終わりのようだな」
俺がスクリーンを確認すると、エンドロールになっていた。
「もっと色々話したい事がありましたが、これで終わりですね」
「そうだな、今日のところはこれで終わりだな。そろそろ、モノクルを回収させてもらうぞ」
音羽さんは俺が付けていたモノクルを手に取り、自身の装着していた分も取り外した。
そこから数分間で、ほとんどの観客が退場したところで、左側の入り口からスーツ姿の白髪の老人がやってきた。
「知念社長、本日は当館にご来館下さりありがとうございました。それで、どうでしょう。映画の内容は?」
どうやら、映画館の館長らしい。
しかし、館長の質問に音羽さんは率直な感想を述べる。
「ああ、すまない。映画の内容は全く入っていない。だが、周囲を確認した限り、カップルで見るような作品と言う事は分かる」
返ってきた言葉に館長は苦笑して、
「あなたには退屈な物だったかもしれません。それで、当館の観客数はどうでしょうか?」
どうやら利益に関して気にしているようだった。
「私が見た限り、満席になっていたし、特に問題行動を起こす者は確認していない」
音羽さんは俺と会話をしながら、しっかりと館内全体の様子を観察していたようだ。
「それは安心しました。それで、社長の目的と言うのは、達成されましたか?」
俺と会った事は偶然だったのだろう。本来はここに用事があったと言う事である。
「ああ、私の目的は思わぬ形で達成した。君達も特に話し声が聞こえてはいないよな?」
音羽さんは前後左右に居た人達に確認した。
周囲の人達は一切、話し声は聞こえて居なかったと揃って返答した。
「それは良かったです。もし、商品化する事があれば、是非とも当館でも利用したいと存じておりますが」
館長が商品を希望すると、横で聞いていた彼が、
「俺もそのモノクル使ってみたいです。それ、3人以上で使う事はできないですか?」
「3人か……2人での使用しか考えてなかったな。川名に聞いてみよう」
音羽さんはモノクルをもう一度、胸ポケットから1つ取り出して、右目にかける。
「川名。すまないが、モノクル型の会話機が3人以上で使用できるか確認してくれないか?」
すると、先ほどまでは無音で会話していたはずのモノクルから声が出てきた。
「かしこまりました。少々お待ちください」
30秒後。相手から回答が来る。
「担当にお聞きしましたが、2人での会話のみの対応と言う事でした」
「ふむ、やはりか。3人以上の会話に対応可能な物が出来るか日数を聞いてくれ」
さらに30秒後。
「最低3日、出来れば5日頂けないか、との事でした」
「1週間後でいいか、ありがとう。用件は以上だ」
音羽さんはモノクルを外して、再び左胸ポケットにしまう。
「と言うわけだ。1週間後に君の部屋に同様の性能を持った試作品を送るから名前を教えてくれ」
彼に体を向け、話を進める。
「ええ、あ、私は中山 双冶と言います。左に居るのは桃山 透乃で、右に居るのが鳰入 雫です」
「どうも」
「よろしく」
双冶に続いて、二人も軽く挨拶をする。
音羽さんは左の鎖骨を右人差し指で3回押した。
「これで、使用者は登録した。確認だが、三人とも根玄野高校2年3組で所属は合っているな?」
名前しか伝えてないのに、驚く3人。気になった双冶は質問をする。
「今の内容だけでどうして分かるんですか?」
「ああ、簡単だ。たった今登録と同時に個人情報を検索して、居住地を調べただけだ」
一瞬の対応に3人が驚いたままでいたが、俺もさすがに驚いて、
「初めて会った時も思いましたが、音羽さんは人に尽くすタイプなんですね」
無意識に思ったとおりの事を言うと、音羽さんは若干顔を赤くして、
「いや、これは、その……そうだ、可能な限りで効率的に事を進めているだけだぞ」
少しは落ち着きを取り戻す。そんな様子を見た双冶がつぶやいた。
「これでガクの玉砕記録は打ち止めかなあ」
「住坂君の心を射止める人はこれぐらい只者じゃないと無理だったんだねー」
「玉砕製造機の彼もまんざらじゃないところが面白いよねー」
二人もここぞとばかりにからかい混じりに同調する。
二人の言葉に、俺は少しムッとした顔をして、
「玉砕製造機って、まるで俺が悪いみたいじゃないか」
抗議をして、答えを待つ事にする。
「勘違いしないでよ、嫌がってるガックに肉食獣の目で告白してるのが悪いだけ」
俺はガックと言う呼び方にからかいの意図を感じつつも、悪気は無い意思も分かる為、黙って聞く事にした。
「まあ、なんだ。君達は早く家に帰るといい。私はこれから雅玖と彼女を家に送ってやらなくてはならぬのでな」
音羽さんは咳ばらいをして、この場を去れるように上手く仕向ける。
「そうですね、私も二人と部屋で仲良くしたいですし、いいですよね?」
双冶はなぜか、音羽さんに確認をするように言う。すると何かを察して、
「不純異性交遊がどうこうと言う話か」
音羽さんはまず、両隣に居る二人を見て、そこから双冶の顔を見た。二人が双冶の顔を見ると、
「同意の上だろ?なら、私からとやかく言うべきではないな。言える事があるなら、ほどほどに。と言うくらいだな」
3人はほっと胸を撫で下ろして、
「話の分かる大人で助かります。それでは、私達はそろそろ出て行きますので、幸運を祈ってます」
双冶は両隣の二人を引き連れて、映画館を去って行く。
館内を出るタイミングで右手をあげて、親指を立てていた。
双冶達が去り、音羽さんは俺たちに、
「それでは、私も彼女を送ってから、雅玖を家まで送る事にしよう」
俺たちも映画館を出る事にした。
映画館の屋外駐車場には黒い高級車が停まっていた。
望は相変わらず拗ねた顔だが、俺と一緒に乗る事にした。
車中では、望が何かを言いたそうにしていたが、音羽さんも返答を用意していて、何を察知したのかは不明だが、家に送られる間は無言のまま、送られたと言う流れになった。
望が車から降りて、車が再び動き出すと、音羽さんが沈黙を破った。
「住坂雅玖。今後、私の事は音羽と呼び捨てで呼んでくれ。そのほうが私も話しやすいからな」
俺は彼女を呼び捨てで呼ぶのは恐れ多いと否定しようとしたが、無言の圧を感じた為、素直に従う事にした。
「分かりました。それじゃあ、音羽。私の事は今後は雅玖と言ってくれるとありがたいんですが、どうでしょうか?」
音羽はため息をついて、
「まだ他人行儀だな。仕方ないか、敬語も極力やめてほしいが、徐々にお互い慣れて行くしかないな」
俺は映画館でのモノクルでの会話のやり取りで、将来の伴侶と言う単語を思い出し、音羽の顔を見て意識しつつも冷静を装い、
「俺があなたに釣り合いの取れる人になるか分かりませんが、よろしくおねがいします」
音羽も俺の表情の微妙な変化に気づいて、
「さすがに無理か、今はそのくらいでいい。私と会話をするのは今日で2日目だからな、少しずつ打ち解けてくれればいい」
自身は表情を崩す様子が無いまま、言葉を返す。
数分後。俺のジムが左前方に見え、裏にある自宅の付近で車を停止し、俺たちは車から降りた。
ジムの前に行き、俺が音羽を先行する形でジムへと入った。
「ただいま戻りました」
自宅ではないので、他人行儀の感じで帰宅の報告をする。
奥で待機していた親父がこちらに来て、
「おお、今戻ったかガク。と、お前は、知念の現社長か……」
明らかに嫌悪の表情を見せた。
俺は親父の態度にため息をつき、
「親父、俺はこの人に家まで送ってもらっただけなんだが」
あえて、音羽の名前を言わずに状況を伝える。
後ろに居た音羽もため息をつき、
「言っただろ?ご両親に好ましく思われてないと」
視線を左に反らす。
さらに奥で筋トレをしていた長平さんがやってきて、
「帰ってきたな、ガク。それと知念社長、ん?」
「私に何か用か?」
音羽は自身への視線を見て、事務的に尋ねる。
長平さんは慌てて、
「いやいや、何でもありません。少し気になった事があったのでつい……悪い意味では無いので、気にしないでください」
「そうか。私はこれで失礼する。先ほどの件だが、君のお父上が機嫌を損ねているので、後日する話をする事にしよう。ではな」
音羽は右手をあげ、俺たちに別れを言い、そのまま外へと出て行った。
少しして、車のエンジン音が遠のいて行き、やがては音がしなくなる。
「会長、ダメですよ。知念社長、私たちに話があったんじゃないですか?」
「特には何もないだろう。大体、こんな個人経営のジムに何の用があるんだか」
長平さんは手のひらを上に向け、大げさに上げて主張する。
左奥でシャドーをやっていた与野さんもやってきて
「ダメじゃないですか。せっかくガクの為にここまで来てくれてるのに」
親父は右眉を引くつかせて、
「ここまで喧嘩を売りに来てるのにか?」
与野さんはため息をついてから改めて、
「会長、いいですか?前の社長と違って、あの人は無駄な行動を極端に嫌がるタイプなんですよ。そんな人がわざわざここまで来ると言う事は、ガクの為にお願いに来たと思うのが自然じゃないですか、それを会長は……」
まだまだ、言いたそうな与野さんに耐えかねて、
「あー、分かった分かった。今度、来た時はなるべく平静を装って話してやろうじゃないか」
親父は与野さんの説得に折れたのである。
俺はため息をつき、
「今度はいつ会えるだろうか。色々話し足りなかったからな」
与野さんも同調するように、
「そうねえ、会長のせいで色々と予定崩れたんだと思うのよね」
俺の右肩に手を置いた。
長平さんは会長の態度に呆れたように、
「今度、知念社長が来た際は、俺が用件を聞きます」
「それがいいかもね」
どうやら、今後の音羽への対応は長平さん達がする事になったようだ。
ここまでで、時計の時間は午後10時を示していた。
「あ、明日計量ですから、もう帰ります」
「じゃあな、朝練さぼるなよ」
「じゃあね、早く寝なさいよ」
俺は二人に挨拶し、自宅へと帰った。
自宅に戻り、急いでシャワーを浴びて、ベッドで眠りについた。




