海外初戦の前日計量。それと自動翻訳セット
あれから俺は何時間寝たのか全く分からないが、目を覚ました。
時刻は午前6時。
(時差がすごいはずなのに、どうして現地時間基準で普段通りの時間なんだろうか)
意識がはっきりしても理由は全く分からないが、とにかく、いつも通りの起床時間だった。
部屋を見渡すと、もう一つ隣にベッドがあり、隣に寝ていたのは、
「よおガク、時差ボケしてるはずなのに、時間通りに目が覚めたな」
ベッドの逆方向に顔を向けると、展数さんが普段着で立っていた。
「練習と食事は?」
本当に何も考えられなかった為、最低限の情報を聞く事にした。
「食事をするのも、トレーニングルームも1階にあるから、まずはシャワー浴びて汗を落とせ。着替えはそこの引き出しに入れてるから、まずは替えの普段着に着替えるといい」
展数さんの指差した場所にはホテルの備え付けの木製の衣服用引き出しそこにはあった。確認した展数さんは一度部屋を出た。
俺はとにかく、引き出しからバスタオルと下着、普段着を用意して、シャワーを浴びた。
シャワーを浴びて、ベッドのそばに戻ると、展数さんが部屋に戻ってきた。
「汗は流したな、今こちらに係の者が来てるから、このランドリーバッグに入れて、脱いだ物を渡す。洗濯物は今日のチェックインの時にフロントで受け取るといい」
洗濯物の受け取りまでの手順を説明した。
1分もしない内にホテル関係者がやってきて、脱いだ物を入れたランドリーバッグを受け取り、部屋の通路から姿を消した。
「よし、まずは朝食を摂る。1階にあるから俺についてくればいい。と、忘れてた」
俺にイヤホンと顎サポーターの顎部分のみを組み合わせたような物が渡された。
「これは?」
良く分からない何かに当然の質問をする。
「これは翻訳機機能付きの補助器になる。イヤホンで日本語に自動翻訳して、顎に取り付けて、ガクの言った言葉を自動的に相手に英語として伝える代物だ」
展数さんは俺に手にしている機器を耳と顎に取り付けた。
「これは試合の入場直前までは付けていたほうがいい。既に試合会場の関係者には技術提供として、許可を頂いているから英語圏の人以外はみんな付けているはずだ」
(音羽の取引していた物って、これの事なのでは?)
ほとんどが家に帰れないほど忙しいので、色々と動いてくれている事を考えると、その内の一つと推測してもいいと思う。
とにかく、お腹が空いていた為、俺達は部屋を出る。
今居た部屋は3階だったらしく、エレベーターで1階に降りると、どうやらここが食事をする場であったようだ。
食事はビュッフェ方式で、近くに皿が積まれていた為、皿を取り、食べられそうな物を探す。
(野菜とオレンジジュース、後はバナナだな)
他はボクシングの体づくりにはあまり向かない食べ物ばかりで、食べれる量を取って、適当なテーブルについた。
椅子に座り、周りを見ると奇異の目で見られてしまう。
(どう考えてもホテルで食べる物じゃないな)
だが、この程度で気にしても仕方が無い為、無心でそれらを食べ尽くし、30分後に食事を終える。
俺の食べていた野菜は全て無くなっていて、周りから改めて変な目で見られてしまう。
ここでさりげなく、皿の処理をしている人や関わっている人にチップを渡して、一旦、3階の部屋に戻った。
俺はトレーニングウェアに着替え、再び1階に移動する。
今度は正面入り口とは逆方向に歩き、右手のドアに入って、トレーニングルームを利用する。
既に展数さんが手配していた事もあり、俺は展数さんの監視の元で、ランニングマシーンで各種走り込みを行ったり、筋トレを行ったりした。
時間を忘れてトレーニングを続けていると、
「ガク、もう時間だから着替えてから会場に行くぞ」
俺は時間を確認すると、午前10時になっていた。
部屋に戻って、外出着に着替え、1階フロントで展数さんがチェックアウトして、ホテルの外に出た。
外には黒塗りの車があり、近くで俺達に手を振っていた。
川名さんである。
今まで色々な手配を行っていたらしい。
俺達は手配した車に乗り、ホテルを後にする。
車が動き、ホテル正面から突き当りを右折。
次に前方に円状の道が見えるので、手前の十字路を右折。
次はカーブへの突き当りを右折し、直後の大きな道も右折すると、左側にとても大きなドーム型の会場が見えた。
ここから次に大きな道との中間ほどの距離を左折して、右側の駐車場に停めた。
俺達は車を降りると、会場のスタッフがやってくるので、川名さんがここからは荷物検査など様々な対応をしていた。
(これは翻訳出来たくらいでやれる手続きじゃないな)
日本と違い、膨大な各手続きの様子を見てると、そう思わずには居られなかった。
しばらくして、手続きが終わり、ようやくスタッフの案内の元に会場への入場を果たす。
「これはすごいな」
広がる光景に思わず、感嘆の声が出てしまった。
左右に広がる色々な店や、奥に広がるボクシングの試合会場。
富裕層が使うようなVIPルームらしき空間。
俺の目線を見て、周囲のスタッフは笑いつつも、俺達の道案内を続ける。
左に曲がって、少しずつ奥に入って行き、やがて案内を止める。
右側に閉まったドアがあり、俺達はそこに案内された。
ドアを開いて入ると、そこは試合に関わるスタッフ、出場選手の関係者や選手自身など、様々な人であふれかえっていた。
一番手前の部屋はロッカールームになっており、そこでユニフォームに着替えたりする。
俺は川名さんと展数さんに荷物を受け取り、さっそくロッカールームでの自身の割り振られている場所に荷物を置いて着替える。
すると、周囲の選手から握手をされて、
「今日、初めてくる日本人か?」
翻訳機越しに尋ねられる。
「海外にくる事自体が生まれて初めてなので、今日と明日、よろしくお願いします」
俺は失礼のないように挨拶をする。
「まずは、前日計量をクリアしろよ」
それだけ言って、ロッカールームを出て行った。
俺も着替えて、部屋を出ると、2人が出場選手達や関係者達と話している。
俺が近づくと、関係者が話しかけてきた。
「あなたが日本からやってきた選手ですか、お二人が育てるほどの選手が明日、どのような試合をするか楽しみにしていますよ」
上機嫌で、俺達に挨拶をしてから、別の人のところへ移動して言った。
続けざまにひと際体の大きな選手がやってきて、まずは2人に挨拶する。
「これはbeautiful Ninjaにlegendary strongest Japaneseじゃないですか。お会い出来て、光栄です」
深々と礼をしてきた。
(川名さんと展数さん。改めて、すごい選手だったんだな)
日本でしか見ていなかった為、異国の地での知名度を知る事は今まで無かったのである。
続いて、俺に挨拶をしてくる。
「そして、ご両人が育てたであろう初来日の選手が君ですか。まずは軽く、計量をパスする事だな。明日、お手並み拝見させて頂くので、くれぐれも無様な試合はしないでくれよ。他にも挨拶しないといけないから、これで失礼する」
俺にプレッシャーを与えてから、選手は近くの関係者のところへと移動する。
次に挨拶に来たのが、俺達の付けている翻訳機を付けていない選手らしき人がやってきた。
彼も二人に挨拶をしてから俺に話しかけてくる。
体格は俺よりかは若干、背丈が低い。
「明日のお前の対戦相手、ニック・エッジだ」
握手を求めて、来たので俺も握手で返した。
「もう少ししたら、計量が始まるから、お前がトップで計る事になる。これくらいはパスしてくれよ」
すっかり忘れていた。今日は試合ではなく、前日計量だ。
彼の言葉に川名さんの顔を見て、アイコンタクトで伝えると、
「ああ、今は11時50分。色々手続きしていたから、こんな時間になってしまったね」
俺は改めて、川名さんに頭が上がらない思いである。
「どうやら初の海外旅行で時間も場所も分からないってところか?まあ、明日も頑張れよ、じゃあな」
それだけ言って、ニックは自陣営のスタッフのほうへ歩いて行った。
俺は思わず、苦笑していると、
「今から前日計量を実施します。始めは住坂選手になるので、準備お願いします」
係員から声がかかり、道案内の元、会場前まで歩いていく。
俺は2人に手を振って、公開計量場まで歩いて行った。
そこからは進行役の司会の元に計量に臨み、示したウェイトは161ポンド。
またもや下限近くの体重になってしまった。
数秒後になぜか、取材陣の感嘆の声が響き渡っていた。
次にニックと向きあって、写真撮影となり、俺の対戦分は終了する。
この後は次々と対戦試合順に計量を終えて行き、最後のメインとなる、チャンピオン同士の顔合わせ、記者からのインタビューまで終えて、前日計量のイベントは終了した。
この時点で、時刻は午後3時30分となっていた。
俺達は再び、川名さんの手配した車に乗って、昨日と同じホテルに泊まる。
ホテルに入り、フロントに今日のチェックインをして、再び3階の1室を借り、川名さんは別室の1人部屋を借りる。
俺達は早速、部屋に入って荷物を置いた。
この時点で、時刻は午後4時。
「明日、試合だから先にシャワーを浴びてくるといい。後、夕食の前に簡単なトレーニングをしよう」
展数さんが俺にシャワーを浴びるように指示する。
荷物の中から、俺のトレーニングウェアと下着を出したので受け取り、足早にシャワールームへと入った。
俺はシャワーで汗を流し、服を着替えて展数さんに伝える。
荷物の整理が終わった様子で、
「今からシャワーを浴びるから、少し待っていてくれ」
展数さんは俺に代わって、シャワールームに入る。
10分後、シャワールームから出てきて、
「よし、それじゃあ今からトレーニングをする。場所は朝と同じだから、そこでランニングマシンで走り込みをひたすら続ける」
俺達は今朝、体を動かしていたトレーニングルームでひたすら、走り込みを行い、体力低下を防ぐ事を重視して体作りを行った。
午後7時。
トレーニングルームに川名さんが黒いスーツ姿で入って来て、
「これから食事をするから、部屋に戻って着替えてきてね」
用件だけを伝えて、再び部屋を出て行った。
俺達はトレーニングルームを出て、自室に戻り、普段着に着替えてから1階のバーへと行った。
場所としては1階出入口から右側のすぐそばになるのだが、ドア自体は右側に行って突き当りを右に行き、入ってすぐ右側のドアを入らないと目的の場所へ行けない為、決して近くにあるわけではない。
朝食を摂った場所と同じ為、迷う事なくバーまで来た。
バーに入るとカウンターから離れたテーブルの席の1つには既に川名さんが座っていて、
「この辺りで今日は食べましょう」
俺達を呼んだ為、夕食は3人並んで食べる事になった。
川名さんは注文をすると、すぐに店員がやって来た為、俺以外は適当なメニューを注文して、料理を待つ。
15分後、注文の品がテーブルに乗せられた。
川名さんは「ありがとうございます」と手を触りつつ、傍から分からないようにチップを渡した。
「じゃあ、食べましょうか」
俺達は両手を静かに合わせて、心の中でいただきますと言った。
二人のメニューは肉や野菜、ピザやデザートにワインと様々な料理が並んでいた。
俺はと言うと、食事制限の為に、野菜とチキン料理、オレンジジュースに今日はグレープフルーツジュースもあった。
これでも、俺にとっては豪勢な食事なので、美味しく食べる事ができた。
食事中、周囲から奇異の目で見られるが、どう考えても普通とは言えない食事の為、仕方がないと思う。
食事を終え、川名さんはカウンター奥に居る店員に感謝を伝え、ここでもさりげなくチップを渡して、俺達はバーを出る。
3階の部屋の前まで行くと、
「明日は試合だから、ガク君は明日の為に寝ようね」
川名さんは念を押して、俺に伝える。
別部屋の川名さんとひとまず分かれて、俺達は部屋に入る。
今日は何も無いので、俺はそのまま眠りについた。
海外は基本的に簡単な単語すらも聞き取る事が難しい為、普通のスポーツ選手が外国語を話すと言うのはまず無理があります。
本当に海外で何らかの活動をする気があるなら、まずは日本に居る英語圏育ちの英語がメインの人から色々リスニングするのが妥当だと思います。
リスニングの前にある程度の文法(英語の授業をきちんと聞いている人限定)は知っているはずなので、それ以降は色々と上手く行くはずです。




