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今日から新体制です

試合から数日後。

俺はいつものように朝6時に目が覚める。


ここから走り込みを1時間行う。


急に話は変わるが、ミドル級の日本チャンピオンになってからの流れ。


返上する事自体は容易だった。


JBOの指定した書類に必要事項を記入し、後はTrulyOwnsや住坂ジムの関係者達が不足している部分がないかを確認し、JBOに提出する。理由はスーパーミドル級への階級変更。


俺がプロデビューする前から親父が関係者に言い続けていた事もあり、現在のJBO運営関係者も間接的に関わりながら、各種手続きを助けてくれた。


手続きだけなら容易だが、あくまでヘビー級の世界チャンピオンになる為の足掛かりとして、世界タイトルマッチを組む為、数年単位での対戦スケジュールを立ててくれているようである。


通常はあり得ないが、浜崎ジムが関係者として動いてくれている事もあり、次の目標はスーパーミドル級の世界タイトルマッチ。


ただ、現在は世界ランキングには当然載っていない為、ファイトマネーの割合を多めに相手側の分配したり、相手の現地国の人達の人気を得たり。


スーパーミドル級については現在、日本人が運良く上位ランキングに居たので、初戦はその人と戦う事になるだろうと言われた。


これ以降は任せてくれと周囲から念押しされた為、俺のやれる事はとにかく練習を重ねつつ増量する。


(ウェイトを上げるのが一番難しいな)

普通の選手であれば、そこまで気にする問題ではないが、どの階級でも前日計量で下限ギリギリのウェイトしか出していない俺にとっては、死活問題である。


ここから、デビュー時の1日3食だった1食分の量を6食全てで摂取すると言う、食事ノルマが課された。


しかし、問題は他にある。練習相手。


現状、川名さんが緊急的にスパーリングなどをやってくれているが、本来は秘書業務をやらないといけなく、昨日までは相談役の橋詰さんが代理で秘書室の人達に仕事を割り振って、どうにかしていると言う事だった。


俺は走り込みを終え、2階の玄関を開けて、川名さんを呼ぶ。

そして今日は何故かスーツに着替えてから、一緒にジムへ移動した。


ジムの鍵を開け、3階に行く。

食事をしていると、1階玄関から人が入る映像が映し出された。


顔が良く見えなかったが、川名さんは「今日、ここに呼んだから問題ないよ」と予定の来客だと言う事。


俺は引き続き、食事をしていると、部屋のドアが開いた。

「川名日見様、本日はお招きいただきありがとうございます」

一礼したのは浜崎展数さんである。


突然の再会とぎこちない敬語に、俺は顔をこわばらせた。

「物凄く変ですし、かえってガク君を困らせるだけだからやめてください」

川名さんは容赦なく、展数さんの社交辞令な挨拶を一蹴した。


「ああ、ごめん。実は今日からミット打ちやスパーリングなどは彼に任せる事になったの。今は2人しか居ないから鍵も今日から浜崎さんが管理する事になるから、練習終わりは彼と退出する事。私は今日から第一秘書としての業務に戻るから、何かあったら、9階の社長室に連絡入れてね」


川名さんが用件だけを伝えると、展数さんが難しい顔をして、

「社長室?あなたのメイン業務の場所は8階の秘書室なのでは?」

もっともらしい事を聞いている。


「展数さん、これでも私、社長代理でもあるんですよ?多分、今後数年は社長の代理として業務をこなす事になりますし」


川名さんの俺との練習を犠牲にしていた業務を口にし、少し申し訳ない気持ちになってしまう。


「展数さん。今から一発だけ蹴らせてくれない?」

突然の暴力宣言。蹴られる側は当然、文句を言う。


「勝手に呼んでおいて、突然暴力で訴えるのは、社長代理としてふさわしくないと思いますが?」


一歩だけ素早く後退した。


川名さんはこめかみに青筋を浮かべながら、

「昨日言いましたよね?ガク君が安心して、練習に励めるように面倒見てくれと、その為に浜崎ジムの会長よりも10倍の給料を出すからと」


何だかとんでもない話になっていて、俺は思わず、後ずさってしまった。


川名さんは俺も見て笑顔に変わり、

「ごめんね、音羽社長とタイトル前から水面下で協議した結果がこれで。そうだ、交渉決裂の可能性を会長に連絡しないと」


左手の薬指を手首近辺まで伸ばし、何かの機器を操作していた。


そして、展数さんのスマホに突然、呼び出し音が鳴る。


展数さんは発信相手の名前を見て、特に怯えながら出ると、

「展数。せっかく色々と交渉まとまって20年先までの運営の手助けまで取り付けたと言うのに、交渉決裂の連絡が来たのはどういう事だ?」


相手は浜崎会長のようである。

どうやら、怒る寸前の嵐の前の静けさ、と言ったところ。


「はい、ごめんなさい。取引先の機嫌を損ねないように頑張りますので、どうか見捨てないでください」


普段からは想像出来ない平謝りをする展数さん。

「とりあえず、ガクに代われ」


浜崎会長は通話を俺に代わるように言われたので、俺は展数さんのスマホを耳に当てた。


「よお、今日から展数が専属トレーナーになるから、お前もしっかりと世界を取れるように鍛えるんだぞ?」

会長から短くも激励の言葉を頂いた。


「ありがとうございます。今後に不安を持っていましたので、会長のお気遣いを精いっぱい、活用させて頂きます」

「おう、頑張れよ。対戦相手の手配は住坂と知念社長で綿密にやっていくから、ガクはウェイトの管理だけはどうにか頑張ってくれ」


俺はウェイトと言う単語を聞いて、反射的に苦笑してしまった。その様子は会長にも伝わる。


「まあ、ウェイトに関しては、食事の時間を変えたり、練習時間を少し減らしたりして、増量しやすい方法を取ればいい」

簡潔も的確なアドバイスを頂いた。


「増量してから、練習量を増やしても問題無い。お前は展数に似て練習バカだから何も心配してないから、しっかりと練習しろよ。俺はこれで電話を切る、これからはもっと頑張れよ、じゃあな」


俺との会話を終え、そのままスマホの通話が終了した。


展数さんに通話の切れたスマホを渡す。


次に言葉を発したのは川名さん。


「浜崎会長からの激励も頂いたみたいだし、今日から気を入れ直して頑張ってね、ガク君」

川名さんがそう言って、近くにあった物を数秒で食べ終え、3階の入り口のドアを開ける。


「では、浜崎トレーナー。改めてよろしくお願いいたします」

3階のドアを閉め、階段を降りてジムを出て行った。


俺と展数さんはお互いの顔を見る。


展数さんはテーブルに並んでいる食べ物を見て、

「ガク、お前の好物を食べなくなって、どれくらいになるんだ?」

突然の質問。俺は正直に答える。


「あの騒動以降、自分勝手な食事をした事は無いですね。強くなって、世界一になる事しか考えていませんでしたから」


俺の答えに展数さんは大きくため息をついた後、

「まあ、なんだ。過ぎた悲劇を取り返せないが、ヘビー級の世界チャンピオンになって、今まで死んで行った人達に錦を飾れるように頑張ろう」


俺の過去を案じながら、激励の言葉をかける。


「そうですね、ここで満足する訳には行かないので、最低限の目標まで達成してから、後を考えます」

「よし、その意気だ。まずは食事をしてから、ストレッチやるぞ」


まずは食事を摂ってから、最初のメニューをこなすと言う流れをやる。


ここからはいつものメニューを何セットもこなすのだが、ミット打ちに入ると、

「おら、どした?そんなんじゃ世界は取れないぞ」

先月のタイトルマッチとは段違いに動きが速い。


展数さんはミットを上手く動かしながら、

「あの丸い表示、現役引退したから今は完全解禁してる。これは当然の結果だ、これからはお前を徹底的に鍛えてやるから覚悟しろ」


何だか、前時代の熱血教師みたいな事を口にしてきた。


(とにかく今は強くなる事だけ考えよう)

俺は無心で、展数さんの動きについていき、1セット2時間の感覚でメニューをこなし、インターバル代わりとして食事を行う事を繰り返した。


これを基本的に5セットこなす。

食事の時間は1回30分以内になった。


最後の1セットは軽く水分補給をして、そのまま6セット目に入る。


6セット目はミット打ちからスパーリングと縄跳びを行い、終了時間は午後9時20分となった。


これが今後の基本メニューとなる。

1日の練習が終わり、展数さんと一緒にジムを出る。


「俺は今日から、近くのアパートに住む事になったから、何かあれば遠慮なく連絡してくれ」

展数さんが住むところを指で指した。


指していた先はTrulyOwnsから左側の駐車場から、さらに左の建物を示していた。

(確か、あの住居って月30万ぐらいするはずなんだが)

おそらく、知念一族が全面的に工面するのだろう。改めて、音羽の凄さが分かる。


「はい、ではまた明日」

「じゃあな」

俺達は別れの挨拶をし、2階の住居へと戻る。


玄関を開け、自室に歩くと、

「おかえり、食事は用意してるから風呂に入ってから食べてね」

川名さんがすでに6食目を用意してくれていた。


俺は自室に荷物を置き、風呂に入ってから、リビングで食事を摂り、ベッドで眠りについた。

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