試合後、勝者と敗者が思った事は
これから、試合後のインタビューに向かう為、地下1階にある一室に特設のインタビュー会場が設けられていた。
部屋に入ると、目の前に黒い椅子と机。
机の上には多くのマイクが設置されていて、椅子とは対面になるように取材陣がカメラを取り、インタビューを心待ちにしていた。
俺は指示に従って、インタビュー席に座った。
「皆様、お待たせいたしました。JBOミドル級日本タイトルマッチ、7ラウンドノックアウトで勝利しました住坂雅玖選手にお話しを伺います」
「まず、代表の私からご質問させていただきます。今日の結果を受けまして、住坂選手の今のお気持ちをお願いします」
取材陣の代表者が俺に回答を促す。
俺は息を一度吐いて、目の前の取材陣を見る。
「本日は沢山の応援を頂き、ありがとうございます。本当に今日まで関係者の方、そうでない方も本当に色々と助言頂いた事で、何とか勝利する事が出来ました」
再び、取材陣の代表者が試合の総評を促す。
「今日の試合、常にお互いの手を潰しながら、全く展開の分からない状況で、何を思われながら試合を進めて行ったのか、回答をお願いいたします」
俺は自身の感覚で察知した事などを答える。
「そうですね、序盤に動作のタイミングをずらして来たパンチに思わず、スリップしてしまった事ですね。ダウンを取られなくて良かったと思います」
ここからは取材陣が質問し、俺が回答する流れとなる。
「ここから住坂選手はチャンピオンから攻撃を受けつつ、有効打を打ち込んでいるように見えましたが、2ラウンド目の1分過ぎ。住坂選手が目を見開いたように見えましたが、あれは何を見たのでしょうか、回答お願いいたします」
「あれはチャンピオンが、軌道の良く分からないパンチを出してきて、対処に困りました。仕方なくガードを選びましたが、やはり別方向に力をかけたパンチでして、後ろに押されたような変わったパンチでした」
「それでも、住坂選手はチャンピオンに何らかのカウンターをやっていたように見えましたが、4ラウンド目の1分40秒過ぎ。住坂選手の右ボディーからの相手に打たせて、左ジャブ。そこから畳みかける事も出来たように見えましたが、住坂選手にはどう見えたのか回答お願いいたします」
「確かにチャンピオンからも攻撃は常に受けていましたが、何とか苦し紛れのカウンターを何度も狙って、運良く有効な手になっていたように思います。しかし、あの場面で安易に踏み込むと一発でKOされる可能性が捨て切れない為、深追いはしない選択をしました」
取材陣からは違ったように見えたのだろう。
一瞬だけ驚きの声が上がり、再び質問に戻る。
「次に同ラウンド終了間際に右、左のジャブから打ち合いとなりますが、チャンピオンの左手に当てて瞬発力を意図的に奪ったように見えますが、その時の心境をお願いします」
「有効打のようなパンチは入ってましたが、本当に有効打が入っているようにはとても見えませんでした。私はとにかく、チャンピオンの攻撃手段を封じるのに必死で、体の反応重視で攻撃手段の軽減させる事を狙いました。あの時の作戦自体は成功したようには見えました」
「直後の5ラウンド開始直後、チャンピオンの右ストレートにフックで返したようですが、ここからボディーを打たれて、初めてダメージが顔に出たように見えます。さらに30秒過ぎてから、チャンピオンからの攻撃にカウンターで返す時に腕を目いっぱい伸ばして、これがチャンピオンの1回目のダウンとなりました。この時の心境をお願いいたします」
「4ラウンドの終了間際のパンチが生きて、右からの攻撃が来ました。その時はしめたと思い、右フックをしましたが、これは罠でした。急に軌道を変えた攻撃をまともに受けて、ダメージが入ってしまいました。それからまた、右からの攻撃が来たので、作戦自体は成功を意味していました。この時に私はリーチを最大限に生かす為に、精いっぱい伸ばしてどうにか当てた結果、ダウンをさせる事に成功したと思います」
取材陣は一瞬、静かになり、代表者がある事を聞いてきた。
「失礼ですが、住坂選手のリーチはどれくらいでしょうか?」
「私のリーチは195cm、対してチャンピオンのリーチは185cmで、決してリーチ差があるとは言えませんが、スピードを度外視すれば、私の攻撃が先に入る事が保証されてるので、私はリーチの長さにかけて、ここからはリーチ重視の作戦に変更しました」
取材陣からは「おお」と再び、驚きの声が漏れ、質問に戻る。
「次は6ラウンド開始直後、チャンピオンを吹き飛ばす攻撃が入り、これはスリップとして扱われ、7ラウンドの開始直後に2つ目のダウンを奪いました。しかし、ダウン直後から相手の攻撃に対して、後ろに回避してチャンピオンが踏み込んでパンチをし、これはスリップに見えましたが、ダウンとして扱われたみたいですが、これについてはどう考えたのか回答お願いいたします」
「6ラウンド目が始まって、チャンピオンの攻撃を真似てみましたが、ここではチャンピオンを後ろに押しただけで成功しませんでした。次のラウンドも同じく攻撃を真似てみたら上手く行き、ここはまともに入り、2つ目のダウンが奪えました。しかし、左手が上手く使えないと思っていたら、痛めた手を体全体を使って、私に突っ込んで来ました。これは回避しようと後ろに下がったら、さらに踏み込まれてパンチをもらいました。ダメージ自体はほとんど無かったのですが、今日の試合では、明らかな反省点です」
俺のコメントに予想外だと思ったのか、取材の人達は隣同士で思わず、顔を見合わせた。
「そして、ダウン直後の最後の足掛かりとなる右ジャブからの打ち合いですが、リーチを生かす作戦を捨てた、あのロシアンフック。あれはどう言った考えの基で繰り出したフィニッシュなのか、回答をお願いいたします」
「ダウンを取られた事自体は気にしていませんでしたが、ここから逆転KO負けするイメージが沸いた為、すぐに顔面右をがら空きと見せかけるようなワンツーを出しました。チャンピオンは誘いに乗ってくれて左ストレートを打ってくれました。ここから、私自身の手では勝てないと判断し、佐藤さんの得意としているロシアンフックをボディーを斜め上に捻り上げるイメージで、素早く相手の顔面全体に打ち込みました。これが見事に決まって、勝利する事ができましたが、普段から佐藤さんの練習を見ていなければ、今回の王者獲得はありませんでした」
俺から意外に人物の名前があげられ、取材陣一同は驚きの声をあげて、数秒ほど静寂に包まれる。
代表者から再び、質問が始まる。
「試合の振り返りは以上とさせて頂きます。住坂選手はこれでミドル級の日本チャンピオンとなるのですが、今後の展望について、どう考えてるのか回答をお願いいたします」
「これからはヘビー級の世界チャンピオンを目指す為に、まずは日本王者の返上と同時に階級を上げる事を考えています。そこから1階級ずつ上げながら、世界チャンピオンになる事の繰り返しになると思います」
ヘビー級の世界チャンピオンと言うワードを聞いて、取材陣は驚きだったり、歓声だったりで様々な声がインタビュー会場の外まで漏れるほどに響いた。
代表者は気を取り直して、質問を続ける。
「ヘビー級、と言う事ですが、団体によってウェイトが違います。この辺はどうお考えでしょうか?」
「さすがにWGBの100kgを超えるウェイトは無理な増量になるので、ICBOの定めている90.72kg越えの比較的に可能な増量で臨める団体へ挑戦する事になります」
取材陣はここで、一斉にシャッターを切る。
「ありがとうございます。それでは、本日の新チャンピオンのインタビューを終了します。本当にありがとうございました」
ここで質問が終了し、最後の挨拶となる。
「ありがとうございました」
俺も取材陣に一礼して、最後の挨拶をして、インタビュー会場を出て行った。
■■■ 試合後のインタビュー及び引退会見(グエッサー浜崎視点)
ガクより少し早く、試合会場を出て、同じ別室の特設会場へと行った。
前の試合までは近くの会場でやっていた為、取材陣にも限りがあったが、本来なら最低でも世界戦を行う舞台の為、取材陣が狭そうな感じで詰め込まれていた。
俺は用意されていた黒い椅子に座り、対面の取材陣に一礼をする。
数秒後、取材陣が静まり、インタビューが始まる。
「皆様、お待たせいたしました。本日のJBOミドル級日本タイトルマッチを最後に引退表明したグエッサー浜崎選手にお話しを伺います」
取材陣の代表者は初老で、俺がデビューの頃から面識のある人だった。
「まずは代表の私から。今日の結果と、引退後の展望などを可能な限り、お答え頂きたいと存じます」
代表者は俺に一礼して、こちらも礼を返した。
「今日はこのような最高の舞台を用意してくださり、本当にありがとうございます」
俺は再び、一礼すると、取材陣の代表者から質問が始まる。
「まずは率直に、今日の試合は楽しめたでしょうか?」
「楽しみ、とは違いますが、終始慌てた様子の挑戦者を見れて、試合をやれた事は良かったと思います」
代表者は質問は続ける。
「今日の試合、結局は7ラウンドのKO負けとなりましたが、私の目には余裕があるように見えました、なぜでしょうか?」
一見、毒を吐いたような質問に、周囲の取材陣は代表者に視線を注ぎ、様子を見守る構図になっている。
「結局は7ラウンドでKOされましたが、挑戦者は勝利の瞬間まで、苦心しながら戦っていたように見えました」
敗者とは言えないような発言に一瞬、驚きの声が上がり、静寂に包まれる。
代表者は改めて、質問をする。
「試合について一つだけ。4ラウンド終了間際の挑戦者の攻撃で、隙を突いた左ボディーをカウンターで合わされ、左手首を痛めたみたいですが、その時の心境はどうでしたか?」
「あの時点ではまだ、私に分がありました。ですが元々、私自身が平凡なボクサーでしかない為、考える反撃も直線的だったのでしょう。その上を重ねるような攻撃には対応出来ませんでした。そこからは右メインで試合を進めて行くしかなく、結局は7ラウンドで敗北すると言う流れになった次第です」
今度は平凡なボクサーと言う単語が引っ掛かり、またも驚きの声が上がっていた。
代表者は咳払いをして、無理やり取材陣を黙らせ、質問を続ける。
「試合の総括に関しては以上です。次に質問したい事は引退後の去就を可能な限り、お答え願います」
俺は少し考えこんでから、少しずつ答えていく。
「年齢が30を過ぎているので、ボクサーとしては一線を退く事は確定しています。今後については既に、会長と関係者の間で話はついており、数日の内に分かると思いますので、今この場では黙秘させてください」
代表者も少し考え込んでから、質問を続ける。
「なるほど……質問の仕方を変えます。本日、日本王者になった住坂雅玖選手についてですが、今後はヘビー級の世界王者への挑戦が巷で噂されています。浜崎選手には何か情報は来てはいないでしょうか?」
俺は質問に思わず、笑みがこぼれてしまった。
取材陣は俺の表情に動揺を隠せないようだが、答えを返す。
「住坂選手は子供の頃から昨日まで、ボクシングのチャンピオンになった事は一度もありませんが、より確実なチャンピオンの道として、住坂会長がヘビー級の世界王者をいつの日か提案したのが始まりのようです。時期については、住坂ジムの関係者にしか分からないと思います」
「ありがとうございます。さらに質問ですが、浜崎選手の目から見て、住坂選手は今後、ヘビー級の世界王者になる見込みはありますか?」
「強さだけであれば、十分に可能性があります。問題は私と同様ですが、ウェイトを上げる事には毎回苦労しているようです。今は少しずつ食事の量も増やしながら1日6食を守っているようですが、私に勝てるのなら、強さは問題ありません。断言出来ます」
俺の発言に取材陣が全て歓声を上げ、場が熱くなる。
代表者は冷静に次の質問をする。
「そうですか、一つ気になったのですが、通常、ウェイトを上げる理由は各階級の上限に抑えられない為にやる事のはずですが、どうしてウェイトを上げるのに苦労する選手がわざわざやるのでしょう?」
「これは彼のみの特徴ですが、軽量級の選手になればなるほど、国内で事故的な負けを喫する選手が何人か存在します。そう言った事故的な負けの要素を無くす為には、重量級で世界に挑戦したほうが勝率が上がる為です」
代表者は少し、考えてからさらに質問する。
「これはあくまで噂なのですが、プロではないボクサーにジュニア時代、2戦2敗している選手が居るのは事実ですか?」
「それは事実です。対象者は現在、60kg未満なので、ウェルター級ですら無いのですが、今対戦したとしても、おそらくは負けるでしょう」
俺の衝撃の回答に、取材陣一同は驚愕と言った感じで、罵声を浴びせる者も居た。
代表者は「お静かに」と大声で黙らせてから、質問を続ける。
「以上の事を整理すると、浜崎選手は住坂選手に泥を塗りたくない。と言う事になりますが、間違い無いですか?」
「そう取って頂いて結構です。不要な敗戦ほど無様な物はありませんから」
俺は自嘲気味に答えた。代表者もこれ以上は質問する事をやめる。
「ありがとうございます。何かありましたら後日、改めて取材をさせて頂きますが、本日のインタビューはこれにして、終了とさせて頂きます。本当にありがとうございました」
代表者が一礼するので、俺も一礼で返した。
「ありがとうございました」
俺は席を立ち、インタビュー会場を後にした。




