6戦目は映す価値無しでした
今日は8回戦に上がって、初戦の前日計量となる。
俺は今回、ミドル級に階級を上げ、さらにウェイトを上げた。
これで展数さんと同じ階級になり、日本ランキングに入りさえすれば、挑戦権を得る事が出来る。
とは言っても、ランキング1位以外はチャンピオン側から直接指名されないと、タイトル戦は出来ないが、浜崎会長の話では心配する必要は無いと言われた。
明日の試合まで、この会場でやると言う事であった。
次は付近にあるもっと大きな施設で行うと言う事である。
勝てればと言う大前提の話だが、こればかりは相手との交渉に関わってくるので、とにかく勝つしか無い。
当然、今回もリング前の公開計量場に来ていて、俺は展数さんの前の試合をやる事になった。
早速、本計量に臨む。示した体重は69.9kg。
(どうしても、下限ギリギリな事が多いんだが)
周りの係員達も俺の体重を見て、少し笑っているようだ。
例のごとく、出場選手達からは警戒の目で見られるのは恒例行事とも言える。
次は対戦相手となる天川 星夜選手。示した体重は72.5kg。
今度はミドル級の上限ギリギリのウェイトだ。
「もう、ノンタイトル戦にしてもいいぐらいのウェイト差だよな」
またも周囲の選手から小声が聞こえる。
相手選手は諦めた様子でため息をついた。
次は展数さんの対戦相手、こちらも上限に近いウェイトだった。
最後に展数さんの番となり、本計量に臨む。示す体重は69.9kg。
同時に「おお」と称賛の声が聞こえ、
「今からグエッサー対住坂戦にしても問題ないのでは?」
今度は対戦相手2人に聞こえる音量で周囲から聞こえた。
「「帰りたい」」
対戦相手2人から、泣きそうな様子で同時に声を漏らした。
さすがにこの本音に俺は苦笑するしかなかった。
この日も全員の計量パスを確認し、イベントが終了してから浜崎会長と展数さんに会ってから軽く会話した後、帰宅する事にした。
今の会場からは徒歩で15分歩けば着くような場所にあり、隣接する大規模な会場から徒歩で行ける範囲なので助かる。
だが、防犯上の視点を考えると、知名度が上がった時に同じ移動方法が使えるとも思えない。
(いや、先の事はその時になって聞いたほうがいいな)
移動方法の是非について、現時点でそこまで考える事でない。
とにかく、今回は徒歩で行き来している。
住居に着いたのが、午後2時30分。
2階の玄関に入り、川名さんに伝えてから、2人で隣の建物となるジムへ行く。
ジムの3階に行き、軽い食事を摂ってから、2階の練習場にて、ストレッチから始める。
午後3時から5時30分まで1セットを終え、30分以内で食事をする。
午後6時から8時30分まで2セット目を終え、それぞれ更衣室奥にあるシャワーを浴びて軽く汗を流してから、2階住居へと戻る。
玄関を開けて、自室まで歩くと、右側のリビングのソファーに音羽が半分寝るような体勢で腰をかけていた。
音羽の現在の服装は瑠璃色のナイトブラ付きワンピースタイプのルームウェアだった。
「帰ってきたか、2人とも」
風呂上がりなのだろう。体からは湯気も少し出ていて、顔のメイクも完全に落としている為、すっぴんの状態である。
「久しぶりです」
「他人行儀は寂しいぞ」
俺はとっさに無難な挨拶をしたが、音羽は顔をうつむけてしまった。
「あはは……音羽、ダメだよ?仮にも年上の女性から、いきなり距離感バグった言葉づかいは緊張させるだけだよ」
川名さんは笑いながら、音羽にやんわりと諭している。
「うん、分かった。雅玖に抱き着くのも結婚するまでは我慢する」
普段の音羽とは全く違う言葉づかいに、俺は少し戸惑った。
いきなり性格の変わった様子を見せた音羽。川名さんは改めて、
「私も最初はギャップにビックリしたんだけどね。会長から話を聞いた限りでは、これが本来の性格みたい」
俺に目を背けながら言った。
(これはこれでありだな)
普段の堂々とした立ち振る舞いは俺に安心感を与えてくれるが、今の音羽も意外性があって、かわいいと思ってしまった。
「でも、結婚するまでは我慢しようね」
無意識の内に音羽を見入っていた俺に、川名さんが釘を刺してきた。
「まるで心の声まで読み切っているような注意しないでください」
俺は少しだけ、悲しそうな感情を含めて、川名さんに言葉を返した。
「あ、川名さん。風呂、先に入ってください」
「そうだね、先に入らせてもらうよ」
川名さんは自室に荷物を置いてから、風呂場に入って行った。
俺も荷物を自室に置いてから、音羽の隣のソファーに座り、音羽に話しかける。
「今日の前日計量のスケジュールは凄く楽でした。前回までは夜中に帰っていたので、凄く助かります」
現在の時刻は午後9時となり、前回までの午前0時帰宅とは大違いの負担軽減に感謝を述べた。
音羽は普段の口調に戻して、会話を続ける。
「喜んでくれたのなら幸いだ。試合の後に練習出来ないのは忍びないのでな」
「事前に色々と準備してくれたみたいで、本当にありがとうございます」
俺は改めて、お礼を言う。
「拠点を変えて、試合が出来ないでは話にならないからな。とにかく、明日の試合は最低でも勝つ事だ」
「最善を尽くした結果を出せるように頑張ります。あ、そうだ。今聞いておこう」
俺は日本チャンピオンになった後の事を音羽がいる内に聞く事にした。
「もし、展数さんとの対戦で、徒歩で会場に行くのはリスクがあると思うから、移動方法を聞いておきたい」
音羽は少し考えてから、
「その心配は無用だ。自社ビルの左側建物も知念家が管理している駐車場だから、移動手段としては特に問題ないぞ」
既に対策済みと言った感じで答えた。
「今出たよ。次はガク君が入ってね」
風呂場から出てきた川名さんが俺に伝えてきた。
「分かりました。今から入ります」
俺は川名さんに返事をする。
「何となく、今感じ取った事だが、明日はまた帰ってこれないのか?」
今度は音羽に瞬時に感じた事を言ってみた。
「ああ、すまない。明日からまた、仕事ずくめだ。もう少し雅玖とも話したいが、今日ここに来るのがやっとだった」
「そうですか、また今度会える日を心待ちにしています」
俺は心惜しい感じを音羽に伝えたが、近くで見ていた川名さんが冷やかしてきた。
「まあ、婚約からまだ遠いのに、まるで別れを惜しむ夫婦みたいですねえ」
この言葉を聞いて、音羽は一瞬静かになり、表情を見せないまま言葉を返す。
「川名……せっかくのムードを破壊すると言う事は分かってるだろうな?お前には今後しばらく、倍の仕事を与える事にしよう」
川名さんは顔色を青ざめて、
「それはやめてくださいよ、邪魔したのは悪かったから仕事は倍にしないで」
少し泣きそうな顔になっていた。
(あ、これって過去にやられた事のある反応だな)
音羽の言葉がただの脅しではない事に顔が引きつってしまった。
ここで音羽は真顔に戻り、
「要らぬ事を言ってる場合ではないな。そろそろ、私は寝させてもらう事にする」
ソファーから立ち上がり、そのまま奥から右側手前への部屋へと歩いた。
俺は改めて、風呂場に行く。
15分ほどで風呂から出てきて、俺と川名さんはそれぞれのベッドに寝る事にした。




