高校卒業と同時に住居も変わりました
俺は先月、高校を卒業した。
本格的にボクシングの練習をやるのだが、環境もかなり変化する事となる。
これまでは住坂ボクシングジムで、実質的な自宅の場所だった物が、音羽の取り仕切っている会社『TrulyOwns』の大きなオフィスの2階の住居へと引っ越しした。
みんなと別れる際にはお互いに抱き合ったりして、再開を約束しての惜別の別れ。
とはならず、オフィスの右隣の建物となる『住坂ボクシングジム』のTrulyOwns支部として経営する事が決まっていたからだ。
経営自体は第一秘書である川名さんが所属する秘書室の人達が運用する事になっており、今後はボクシングに集中出来るようになる。
もっとも、俺の為に準備をしてくれたジムになるので、費用や収入諸々は元居た親父達のジムに行く事になった。
昨日、音羽が直接来た事には驚いたが、事務手続きなどは前もってやっていたと言う事で、俺にだけ黙って進めていたらしい。
突然の新生活になる為、ボクシングに必要な道具や各用途に応じての衣類など、最低限の物だけ引っ越し先に持参するのが精いっぱいだった。
現在の時刻は午後1時。
昼食を摂り終え、練習を再開する時間である。
練習メニュー自体は元のジムと変わりなく、相変わらず川名さんには左右上下に翻弄されている。
都内の試合会場近くに引っ越ししたが、新しいジムは元々あった物を倒産するからと言われ、費用各種を全て受け継ぐ形でボクシングジムとして、使える状態にしたとの事であった。
ジムの中は以前よりは狭いのだが、基本的な設備は大体同じである。違いと言えばサンドバッグがキックボクシング用の高さ185cm、幅が60mmの大型の自立型タイプと言う事である。
これは音羽と川名さんが使う為の物であり、俺も使用はできるのだが、現時点では手に余る代物ではあった。
それでも、元々180cmを超える身長の俺には大して問題もなく、練習に使うだけなら使える物になるが、それだけとしか言いようがない。
スパーリングまで終わると、縄跳び、アフターシャドー、筋トレとこなして、食事をする。までが1セットとなっている。
食事を終えたら、ミット打ちから再開し、筋トレまでこなし、また食事をする。
1日6食を頭に入れるとなると、ここまでで一区切りとしたほうが何かと都合が良いのである。
練習を何セットもこなす内に時間は午後9時30分。
俺は練習を終え、川名さんとともに新住居へと戻った。
場所は先ほども説明したようにTrulyOwnsのオフィスビルとなり、この内の2階フロア全体が一軒の家のようになっている。
1階のコンビニスペースの中央入り口と同じ位置に当たる場所が、新住居の玄関口となっている。
入って、そのまま奥に行くと、風呂場となっていて、入り口のドアは少し右側に配置されている。
汗をかいていて為、まず川名さんを先に風呂へ行かせて、出てきたら俺が入ると言う流れになった。
去年の9月初め辺りに七見一族について、事件は粗方解決はしたのだが、それがなくても仕事は山ほどあり、音羽は今日は帰れないとの連絡が先ほどあった。
余計な事をやっている暇は無い為、俺達は早々に寝る事にした。ベッドの場所は玄関を入って風呂場との中間辺りが左側のドア無しの入り口となる為、入ってすぐそばが川名さんのベッド、さらに左端に入った場所が俺のベッドとなる。
傍から見ると、俺達が二人で同棲してるようにしか見えないが、音羽の指示で二人は近くの場所で固めておきたいとの事だった。
俺は明日の練習に備えて、改めて眠りにつく。
■■■ 当然、突然の引っ越し劇は話題となる。
今日は住坂雅玖が転居する事になり、いつもとは違う雰囲気でコメントが来る事になった。
スレタイトル『住坂雅玖、知念社長に囲い込まれる』
「おい、タイトルどういうことだ?」
「昨日の夜から試合会場近くに引っ越してきたぞ、何なら目撃したまである」
「で、今日は社長と住坂でしっぽりとって感じか?」
「いや、今日は戻れないみたいだから、引っ越し先には川名と住坂が二人で寝てるって感じだな」
「普通に不倫じゃね?」
「いや、それが知念社長の命令で、お互いの身を守る為に近くへ居るように言われてるらしい」
「まあ、社長命令なら仕方ないな」
「それよりも、これってもう、外堀とっくに埋まってるんじゃないのか?」
「言うて高校2年の時点で外堀が半分埋まってた模様」
「ああ、そもそも会長が手を貸してる時点で、今の結果は決定していた気がするが」
「それにしても、あの冷血サイボーグと呼ばれた社長がこんな暴挙に出るって予想するかよ普通」
「今回の件は、知念社長の周辺情報をどれだけ知っていたかによって、反応が二分するんだろうな」
「それはそうと、今の関心事は次の日本ランキング1位との対戦だな」
「来月の対戦見て、激辛飲料噴き出したわ」
「えっ、あの唐辛子とサイダーを混ぜた甘口辛口を飲んだの?」
「なんだその飲み物」
「商品名、甘口か辛口かはっきりしろ」
「いや、そんな事はどうでもいいんだよ」
「本当にどうでもいいのが笑える、笑えない?」
「スレ違いが極まって、話にならないな」
「それよりも対戦がおかしい、王者対2位はまだいい。8回戦上がり対1位ってどういう事?」
「いつかは起きると思っていたが、有象無象どもが満を持してやりやがった」
「満を持しての使い方が間違ってるのに、間違ってない可能性が考えられるのがもうね」
「住坂が勝てば、おそらくは挑戦権だけは得られるが、そんな簡単に行くか?」
「普通なら無理。だけどみんな、グエッサーとの対戦をなすり付け合いが横行してるから、普通に挑戦者になると思う」
「全試合1ラウンドKOと戦いたくはないのよ」
「住坂の話か。普通に考えれば、あれ?グエッサーもだな、良く考えれば」
「どうだろうな、1ラウンドで決まりもするし、10ラウンドまで持つ事だって考えられもする」
「住坂にとってはタイトル戦が勝負がかりだろうな、1位の天川は踏み台、いや自ら踏み台になったのか」
「まあ、天川には感謝しつつ、この話題もどうでもいい」
「かわいそうと言いたいところだが、なすり付け合いするようじゃ、どうでもいいって言われてもしょうがないな」
「そういえば、住坂ってプロデビューから1発もくらってないよな?」
「試合ではな。練習では川名の攻撃は結構くらっている。なんならボディー直撃でノックアウトする事もある」
「やっぱり、攻撃強いから打たれ弱いのか?」
「の訳がねえだろ。普通に川名が強すぎるだけ」
「あ、ノックアウトで思い出したんだが、壱会必太って本当に何者だ?」
「あれから気になって調べたら、知念社長のいとこだった」
「なお、社長は知り合いの1人レベルとしか思ってない模様」
「聞いた事がある。会長の子供が誰も後継ぎにならないから、孫の音羽になったとか。必太も興味ないみたいだし」
「必太は単純に無理だろ、動画見た感じだと、知性があるようには見えない。つまりは凡人」
「住坂に2戦2勝(2KO)の凡人か……凡人って何?」
「そんな感じだから、現状で知念一族の後継やってくれるのは社長と住坂しか居ないらしい」
「でも住坂って、頭良さそうには見えないけど」
「現役引退してから大学行かせたり、色々勉強させたりするらしい」
「まあ、その辺の事情は良く分からないからスルーしておく事にするよ」
「また、話題からそれた。それてない?まあいいや」
「それたかどうかを考える事こそが無駄の極み」
「で、天川はどうでもいいけど、グエッサー戦の対策は出来てるの?」
「今のところは名案は無いらしい。だが、川名が常にタイミングをずらした攻撃ばかりで練習相手になってるから体の反応速度だけは凄くいいらしい」
「反応速度上がってるって、何で分かるんだよ」
「ああ、俺一応TrulyOwnsビルの近所に住んでて、ジムの事も耳にする事もあるから少しは知ってるんだわ」
「しれっと言ってるが、間違いなく金持ちだからな、お前」
「あ、話は元に戻るけど、社長もそこに住んでるのか?」
「いや、社長の家自体は会長も一緒に住んでるから、本社ビルはあくまで下宿先だぞ」
「1階分を丸ごと家として使うのが、いかにもお嬢様っぽいけどな」
「まあ、メインの仕事は社長室でやって、秘書室に諸々の指示を送るだけだからな」
「だから何でそんな事知ってんだよ」
「ああ、俺はさっきのお金持ちとは別人だけど、あのビル全フロアの清掃任されてるから、それなりには分かる。あの会社は防犯重視だから、下宿先と社長室の階はエレベーターと非常階段からでは通行出来ない」
「え、非常階段からも行けないのか?」
「非常階段からはフロア内から非常階段への一方通行。エレベーターは解除方法見た事がないけど、特殊キーを使ってる感じだと思う」
「あの会社なら何やってもおかしくないから、特殊キーの形すら分からないのは何もおかしくないな」
「とにかく、グエッサー戦までに住坂に攻略法を教えないと、また醜い争いが始まるんだろうな」
「本当にショボい絵面でしかないから、終止符打つしかないな本当に」
「まあ、俺達はグエッサーの研究を続けるしかない事だけは分かった。今日はもうこんなところだな」
「そうだな、俺たちはもう寝るからじゃあな、おやすみ」
これ以降は、雑談を続けるだけの意味を持たないコメントで埋め尽くされた。




