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問題も解決し、2学期が始まる

朝6時。


久しぶりに一人きりの部屋で目覚める。

「おはよう」

「ああ、おはよう。昨日はよく寝れたか?」


俺は音羽の問いかけに目をこすってから、

「よく寝れました。と言っても、予定時間の起床ですが」

次の予定を考えつつ、音羽に音声越しで言葉を返した。


「姿は見えずとも、感情の起伏が感じ取りやすいな」

例の鏡の飾りような物は、現在、音声のみモードになっている。

俺が言うのも何だが、力が抜けていると分かるのだろう。


「これから朝練に行くのだろう?……もし、ボクシングをやれない体になっていたら、私が責任を取って、雅玖を引き取ってやるから安心しろ」


音羽が何を心配しているのかと言うと、俺は今まで、七見家への憎しみに満ちた感情で、あり得ないほどの強さを得ていた分がある。それが昨日なくなったから動力源を切れたと言える状態だ。


「ふう、そうだな。今から朝のメニューこなしてくる」

「ああ、体を動かしている内にどうでも良くなるだろうから、気楽に構えるといい」

俺は籠城前の日常をこなす事にした。


まず、トレーニングウェアに着替えて、外に出る。


始めはランニング。9月に入った事により、日が出てない可能性も考えたが、

(日がもう、出ているな)

今日は景色を見ながら、少し緩めに走る。以前では考えられなかった事である。


そう言えば、外での走り込みってどうやっていたのか分からないな。


考えてみると、雨でも同じメニューをこなしていたはずだが、当時の記憶が全くなく、ただひたすら無心で走り抜いていた。外での体力づくりは自動的に天候が分かる物だが、昨日までは気にする余裕すらなかった事が容易に想像できる。


この後はインターバル走と30秒ダッシュをこなして、自宅に戻り、朝食を摂るのだが、

「お袋。量が少なくないか?」

料理の入っている食器を見ると、いつもの半分しか無いのが分かる。


「ああそれね。実は昨日、お父さんと相談したら、今日から1日6食にしたいから、まずは1日3食の1食分の量を半分ずつに分けるところから始めたいと言ってたから、今はその1食目がこれになるわね」


1週間ほど前にアカの食事改善が今日から開始したらしい。


「でも、後5食分はどうするんだ?」

「それも、学校には許可は取り付けているから、時間が来たら少ない量を摂ると言う事になるわね」


そう言って、お袋は1枚の紙を俺に渡す。


紙に記された題名は『住坂雅玖の1日食事スケジュール』とあった。

内容を確認する。


「AM8:00 鶏肉、オレンジジュース」

「AM10:00 煮干し、牛乳」

「AM12:00 鶏肉、オレンジジュース」

「PM2:00 煮干し、牛乳」

「PM4:30 魚料理、ワカメなどの海藻類、各種ナッツ、グレープフルーツジュース」

「PM7:00 煮干し、牛乳」


メモの内容は以上となり、お袋はさらに補足をする。


「この簡易的な食事メニューはもう、学校にも渡したから、午前10時と午後2時の休憩時間に昼食スペースのカウンターに行けば、ガク専用の食事が渡される

事になってるわ」


(あの学校、本当にすごいな)

去年の夏休みの宿題免除もそうだったが、今回は昼食以外にも食事管理体制の整備。


根玄野高校の学校方針と言えばそれまでなのだが、それにしても、ここまでやってくれるのは他校ではあり得ない措置である。


俺はあっという間に朝食を摂り終え、自室で制服に着替えてから家を出る。


時刻は8時10分。


(遅くなっていると思ったが、そんな事はなかったな)

不思議な事である。朝起きてから今まですごく長い時間を過ごした感覚しかなかったからだ。


今までと違うのは、

「よ。今日から一緒に行こうぜ」

「おはよう、ガック。学校まで一緒に歩こうよ」

「おはようガク。今日からよろしく」


中山、桃山、鳰入の3人だ。夏休みの期間中にジムの右側にある倉庫兼家屋に引っ越してきたので、今はお隣さんと言う事になる。


俺達はひとかたまりとなり、学校まで歩く事になった。


俺は道中、アカの事が気になっていると、

「アカちゃんは7時頃に学校に行ってたよ。今回の件で、丸岩弁護士への要請が色々あるから、その関係で行くんだって言ってね」


桃山の顔を見ると、以前よりかは笑顔が出るようになっていた。

他の2人も以前よりも顔の血色が良さそうではある。


今回の件は、世間としても、大々的に報道されていて、8月25日から日に日に騒動が増すばかりだった。


俺達は命を狙われる危険があったので、外部との通信を極力制限していた。

その為、昨日ジムに行って、話を聞くまでは全く事の大きさを理解していなかったのである。


通学中、マスコミと思わしき人物が多数、道路端で待機していたが、なぜか接触しようとしない。


(多分、音羽が全て制圧してるんだろうな)

日本の有力どころを一網打尽にするほどだ。

マスコミは取るに足らない存在だろう。


俺たちは周囲の様子を見る間に学校に着いた。


校内に入り、俺たちは別れを告げ、2年2組の教室に入る。


教室には既に登校していたアカが席に座っていた。

「おはよう、ガク君。遅くなると思ってたけど、いつも通りだったね」

教室の時計を確認。時刻は8時20分。


「そうだな、俺も遅刻しそうな感覚しかなかったが、いつも通りだな」


俺は普段の感覚との違いが気になり、周囲を見渡す。


特段、変化はなく、日常の風景であった。

俺に対しても特に気を遣う様子も見られない。


無事に8時30分を迎え、教室には担任が入ってきて、ホームルームが始まる。


ここからはいつもどおりの流れで放課後まで何事もなかったが、大変だったと思う事は、

(10分間の休憩で食事するのはきついな、さすがに)


午前10時と午後2時の休憩中に指定の食事を摂る為、校舎1階の中央奥にある昼食スペースと教室を往復しないといけなかった事である。


これがもし、体育の時間が絡むと思うと、ちょっとした運動まがいをしている状態となるので、考えてみるとなかなかきつい物だ。


(でも、俺の為だけに食事を用意してくれてるんだよな、弱音は吐いていられないな)

学校関係者の支援の事を考えると、今は目標に向かって、淡々とこなして行くしかない。


放課後になり、中山たち3人はまた、どこかにデートへ行く事になっていた。


後々に聞いた話では、各種勉強の為の資料探しだったり、校内の『進路総合指導室』へ一緒に行って、進路先の大学や音羽が社長をしている『TrulyOwns』の資料を集めていたりと、デートとは到底言えない内容だったと言う事である。


この3人の異変に最も驚いたのは細野と言う学年1番の成績を誇っている生徒で、終始開いた口が塞がらない様子だったと、周囲に居合わせていた生徒から俺に報告していた。


学校から家に戻ると、お袋が食事を用意していた。


食卓に上がっていたのは海藻とサーモンのサラダ、ピーナツやカシューナッツなどの盛り合わせ、グループフルーツジュースである。


グレープフルーツジュースは数年前には飲んでいたが、オレンジジュースのほうがお手軽だった為、久しぶりに摂る飲み物となる。


俺は手早く、食卓にあった物を全て食べ終え、お袋にごちそうさまと言って、自室で着替えてから、住坂ジムへと行った。


ジムに入ると、佐藤さんが待ち構えていた。


「ガクさん、お久しぶりです。体が少し鈍っているでしょうから、事前準備は慎重にやってください」

俺に必要な事を伝えると、一礼して、リング上へと戻って行く。


俺もメニューをこなす為、始めにストレッチから始める。


いつもと特には変化は感じない。シャドーとサンドバッグもこなして行く。


ここまでで、以前との違いは特には感じなかった。


午後6時になり、ミット打ちをやる為、長平さんを相手にミットに対して最初の一撃を打ち込む。


パァーン!と乾いた音がジム全体に響いた。


長平さんはそこで、俺に対する違和感を感じ、体重を計るように指示された。体重計に乗る。


示した重量は65.0kg。

「威力が格段に増したわりには、ウェイトはそれほど上がってないな」

何かを考える長平さん。1分ほど考えて、何か思いついたらしい。


「佐藤。悪いがグローブから俺の付けているミットに変えて、ガクのパンチを一発だけ受けてくれないか?」

「はい、別にいいですが、何かあったんですか?」


佐藤さんは訳も分からないまま、長平さんに聞いてみる。


「一発受けてさえくれれば、おそらく何か分かるはずだ」

長平さんはミットを外し、次に佐藤さんのグローブを外してから、ミットに付けかえる。


佐藤さんはリングの中央に移動して、ミットを前面に構えた。

「よし、ガク。佐藤が構えているミットのど真ん中に集中力を研ぎ澄ました一撃を与えてくれ」


俺もリングに上がり、佐藤さんの構えるミットに左のストレートを脇を締めながら、振りぬいた。


次の瞬間。先ほどと同じような乾いた音が響き、佐藤さんはリングのロープへ飛ばされた。勢い良くロープに飛ばされた影響で、元居たリングの中央まで跳ね返ってきた。


「ガク、お前は今。長年のストレスによる弱体化で戦い続けていた事が分かった。今のパンチがおそらく、ガクの本来の実力と言ったほうがいい」


「今までが弱かったって、弱い状態なのにあんなに強いんですか?それにこれよりも強くなるって、次の相手、大丈夫ですか?」


長平さんの出した結論に、佐藤さんはただお互いの実力差を嘆くとともに、対戦相手が気の毒にも思えてきた。


「これはそろそろ、優秀なトレーナーを呼ばないとダメかもな」

長平さんは小声でつぶやいた。


「まあ、しばらくは現在の体制で練習を続けるから、ガクはひたすら強くなる為、練習に励み続けてほしい」


今度は俺に分かるようにはっきりと言って、佐藤さんをリングから下して、再びミットを外させて、グローブを付け直し、ミットを付けてから左右のミットを両側から2回挟めるように叩き、リングへ上がる。


「じゃあ、ミット打ちを続ける。思うように打ち込んで来い」


ここからはいつもと同じメニューとなり、スパーリングまで終了する。


この後は、6食目を摂り、後は縄跳び、アフターシャドー、筋トレをこなしていく。


以上の練習メニューをこなして時間を見ると午後8時となっていた。


(意外にもいつもどおりの時間だな)

俺の感覚ではかなり、時間経過しているように感じたが、久しぶりの練習と言う事もあるのだろう。


今日はここで、今日の練習を終了し、みんなに挨拶してから自宅に戻る。


今日も風呂に入って疲れを取り、いつも通りベッドに寝る事にした。


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