長年の脅威が去り、世の中は大騒ぎになっていた
(それから、俺は……ん?)
どうやら、かなり昔の事が夢の中へと出たらしい。
時刻は午前6時。いつもの起床時間。
昨日、早めに寝たはずだが、今まで長い夢の中をひたすら歩いていたようだ。
俺の左の布団にはアカが寝息を立てて、眠ったままである。
(そう言えば、朝練はしばらくなしか。とりあえず、朝食を摂るか)
俺はなるべく音を立てないように室内を歩き、ドアを開けて、居間の椅子へと腰をかける。
台所には既に朝食の準備をしていたお袋が居た。
俺はみんなを起こさないように小声で、鶏肉とオレンジジュースを頼み、静かに食べ終えた。
お袋に食器類を渡して、今度はゆっくりと2階の自室へと行く。
二階の自室のドアをなるべく、音を立てずに入ると、中山が俺のベッドで2人に挟まれるように眠っていた。
寝ている3人を確認する。
桃山が少しだけ目を開き、2人に聞こえないように、
「おはよう、ガック」
また目を閉じる。どうやら、半分寝ているように見える。
再度、目を開いて、
「ごめん、起きる時間言ってなかったね。私達が起きるのは朝7時だから、片付けが終わるのは7時30分になると思う。だから、7時30分になってからまた来てね。じゃあ、おやすみ」
桃山は改めて目をつむり、中山の腕を根本からギュッと握りしめた。
その瞬間、中山が全身をビクッとさせて、また眠った。
「ああ、邪魔して悪かったな」
どうやら、まだまだ一緒に寝たいらしい。
俺はそっと、自室のドアを閉じて、音を立てずに1階の親父の部屋に戻った。
俺が戻った時にはアカは既に目を覚ましており、俺の分まで布団を片付けてくれていた。
「おはよう、その様子だと、双冶君たちはまだ起きてないみたいだね」
「ああ、半分寝ぼけていた。昨日の内に起床時間を確認しなかった俺が悪いんだが、確認したら7時30分にくれば目覚めているから、その時に来てくれと言ってたぞ。アカ、それよりも俺の分まで布団を片付けてくれてありがとう」
いつの間にか部屋を抜けていたにも関わらず、片づけてくれた事にお礼を言った。
「アカ、朝食はもう用意してるみたいだから食べてくればいい」
「分かった。今から食べてくるから、その間待っててくれると嬉しいよ」
アカは食卓で、お袋から朝食をもらい、おそらくは二人で食べてるのだろう。
食事の間、俺はやる事がない。
(宿題と言ってもな、現状やれる事がな……ん?)
親父の部屋を確認すると、俺が先ほどまで寝ていた辺りの壁際にある本が出てきた。
本のタイトルは『必見!股割りの極意』とある。
(そう言えば、このまま何もしないと言うのもマズいよな。しかし、これはどこでやればいいんだ?)
家の中でやるには丁度いいとは思うが、適当な場所が思いつかない。
俺はその場で、脚と両手は左右に伸ばせる範囲までゆっくりと伸ばして、きつそうなら止めて、体勢をキープする事にした。
10分後、アカが戻ってきた。
「おまたせ、体を柔らかくしてるんだね。リーチを伸ばす為には有効だと思うけど、食事もそろそろ見直したほうがいいと思う」
食事改善の提案をしてきた。
「ん、ウェイトは問題ないと思うんだが」
「ガク君の場合は最低限の食事が多いから、今の食事に追加する方法になると思う。今は確か3食だよね?」
アカは俺の食生活を聞いてくるので、正直に答える事にした。
「そうだな、基本的には3食で済ませてるな。今の優先順位はウェイトに重きを置いてから、徹底管理してるな」
「それだったら、将来的にヘビー級まで階級を上げる予定なら、1日5、6食にして、煮干しと牛乳を追加した分の食事に入れるとかどうかな?」
アカの食事回数の増加の提案に関心しつつも、問題は解決しているとは言えない。
「1日6食まで増やすと言うのは分かるし、追加する食事でリーチを伸ばし安くすると言うのも分かる。追加した分の時間はどうするんだ?」
アカは俺の質問に時間配分を考えてみるが、特に名案もなく、
「現時点では良く分からないよ。今から、おじさんに聞いてみるけど、いいかな?」
ジムの責任者に直接、スマホで聞いてみるらしい。
「あ、ああ。俺も良く分からないから、アカが今の話を親父にしてくれ」
「分かった、早速、ジムに電話かけてみるよ」
アカは右手にスマホを取り、スピーカー機能をONにして、ジムに連絡を入れる。
数秒後、ジムと連絡が取れる。
「この番号からして、丸岩のぼっちゃんか。急にどうした?」
相手は親父だった。
「実は今、ガク君のこれからの食事の摂り方を提案しまして、将来のウェイト上げを考えると1日6食にしたほうがいいと言う提案をしたのですが」
「ほお、ガクにぴったりな食事メニューと言うのは何なんだ?」
アカは俺に先ほど提案した内容と同じ事を説明した。
「なるほどな、時間配分に関してはこれから、与野や長平と相談して決めるとして、中々やるじゃねえか」
親父はアカの提案に上機嫌になり、手放しに褒める。
「食事の追加の仕方も成長期に合わせた自然なリーチの伸ばし方だ。ある程度は理にかなっている。まあ、どちらにしろ。今月までは現状維持だな。次の試合でウェイトオーバーはあまり良くない」
どうやら、今後の食事増加について、少なからず困っていたようだ。
「いえ、おじさんの助けになれば幸いです」
「いや、俺としても助かった。丸岩弁護士にも今度、お礼の品を渡しておかないといけないな」
よほど嬉しかったのだろう。丸岩家へのプレゼントを渡すまで言ってきた。
「ありがとうございます。お母さんもきっと喜びます」
「そうか、それは良かった。用件が終わりならもう切るが、ガク。ちゃんと夏休みの宿題、終わらせておけよ、じゃあな」
俺に対して、チクリと言ってから通話を切った。
「俺、そんなに信用ないか?」
「まあ、勉強するイメージはあまりないからしょうがないと思う」
俺がボクシングしかしないイメージから離れきれない、と言う事自体は解せないが仕方ない。
俺はまた、先ほどと同じく脚と両手を伸ばす動きを始めた。アカも同じような体勢で、俺の柔軟運動に付き合うが、こちらは少し不完全だった。
(アカはスポーツ選手でも何でもないから、しょうがないか)
結局、7時30分を過ぎても同じ体勢のまま、動いていなかったので、3人が居間で食事を終えてから、俺たちを呼び出す事になった。
これで全員、起床となり、時刻は朝8時。
ここからはひたすら俺の宿題を中心にして、集中的に各々の勉強時間となった。
これ以降は特筆するべき点もなく、昼食と夕食に1階の居間に降りて、みんなで食事をして、それぞれの部屋で寝て起きるの繰り返しの日々となった。
■■■
あれから特に変化もなく、夏休み最後の日となった。
俺たちは相変わらず、朝食を摂り、俺の宿題はお昼まででようやく、全て終える事ができた。
午後からは相変わらず各々の勉強をする流れだったが、ある時、突然の変化が起こる。
時刻は午後4時。
今まで、連絡を取っていなかった音羽が、映像越しに姿を見せた。
「久しぶりだな。今日は君たちに報告がある。ようやく、七見家の関連事件について終息した。何が起きていたかはジムで待機している者に聞けば分かる。これで君達の外出制限も解除だ、ご苦労だった」
ようやく、俺達にとっては長年の悩みが解消した。
しかし、みんなに笑顔が出ている訳ではなく、安堵の表情と言うのが正直なところだった。それだけ、長平さんが巻き込まれた騒動と言うのは、色々な意味で深刻さを極めた物だったからだ。
俺たちは全員、スマホについても極力連絡しないようにした為、世の中がどうなっているのか分からない。
早速、全員で住坂ジムへと移動した。
ジムに入り、始めに声をかけたのは与野さんだった。
「本当にみんな、今日までお疲れ様。本当に大変だったね。知念社長からは関係者全員、命を狙われてるって言ってたから本当に気が抜けなかったのよ」
与野さんに関しては、直接関わりがある訳ではない為、俺は少し、申し訳ない気持ちになった。
長平さんは終始謝ってばかりで、こちらも気が気ではなかったのだろう。
会長である親父からようやく、自宅に籠城してから今までの経緯を知る事ができた。
■■■ 報道としての一連の流れ
今日までの流れとして、テレビで報道されたのは『七見法務大臣の逮捕』と言う事である。
どうやら、25歳で衆議院議員になってから親のコネを使いつつ、あらゆる手を尽くして、28年間。ひたすら映像付きの冤罪を常に着せる形であらゆる悪事を働いていたようである。
どうも、親の代にあたる戦後から今までの間。あの手この手で状況証拠と言う形で弱みを握っていたと言う事らしい。
勿論、ほとんどが無実の人間を陥れると言う手法になるのだが、海外でディープフェイクと言う手法が開発されるようになってからは、確固たる証拠として冤罪を積み上げる悪事をやってのける事になるが、これすら全くの冤罪を凶悪犯罪をしたかのようにでっち上げる始末であった。
これが日本だけでやった事ならまだ、隠し通せたかもしれないが、愚かな事に冤罪をでっち上げる手法を海外の富裕層や権力者にもやっていたらしい。
音羽や祖父にあたる現会長はここを突破口にして、日本で処罰するのではなく、海外の法律を活用する形で、一族ごと処刑、実際は行方不明扱いにしてもらい、双方で痛み分けと言う形で処理してもらう事になったとの事だった。
相手国からは日本で起こした事件に関して、技術的な取引をする羽目となり、知念グループ側からの提案として、水道技術全般の提供をする事で後々の問題を回避した。
これも今から何年か経って判明した事なのだが、今までの8日間だけで10人もの閣僚関係者が逮捕された。
いずれも外交中に不正行為を行って、逮捕される形だが、その後、いつの間にか行方不明になって、日本からは一切、存在が確認される事はなくなったと言う流れである。
さらに七見一族の息のかかった人たちが、相手国に対して異を唱えるものなら、すぐに映像付きの証拠を日時座標などを含めて、小出しで海外の政府などにばらまき、日本が国としての信用を大きく下げる措置を取らせると言う日本にヘイトの集まるような流れに持って行ってくれたのが大きい。
七見一族が根絶するのに3ヶ月。息のかかった者たちを根絶するのに1年。半年が過ぎた頃には事の重大さをようやく認識して、なるべく逆らわないように大人しくするしか生きる道が残されないようになった。
時系列で説明するなら、8月25日に七見法務大臣が逮捕。同月27日に娘である七見かおりが何百人レベルで殺人及び証拠隠滅で逮捕。
30日までに閣僚が全て、謎の失踪が発生。翌月末までに副大臣や各省庁のほとんどが謎の行方不明。ここまでが政府関係者となる。
次に七見家の血縁関係となる膨大な一族が何らかの殺人及び冤罪によって、一人残らず海外で行方不明になるのが同年11月末までに完了。
次は七見家の息がかかった者についてだが、桃山と鳰入の町が両親以外全て、七見家の味方となっていた為、こちらも捕まえやすそうな軽犯罪の疑いで逮捕してからの海外で、重罪による相手国への引き渡しからの行方不明。
ここまでを9月末までに完了。後は俺達には関係ないところで、各々の悪事を働いていた者を全て軽犯罪で逮捕からの海外へ引き渡し、そのまま行方不明。ここまでやって翌年の8月末までに完了する。
以上の海外で人の処分された人数は合計で約13万人。
これによってゴーストタウンと化した小規模の町は8つ。
当然、海外にこの数を船などで渡す事は到底不可能な為、引き渡し先の国に依頼して、大規模な引き渡し劇が何度もニュースで報道された。
その過程で、大量の『正義の人』が発生するが、音羽の会社の技術を駆使した結果、何らかの犯罪に手を染めている事が判明し、先述と同じ流れで、同じく行方不明。その人数は約4万人。
こちらに関しては、2千人を超えた辺りで、同様の人たちが震え上がり、それ以降は本当の意味で鎮静化していた。ただ、平等な処分をしておく必要があるので、震えあがった者も海外で1人残らず処分した。
ここまで、人の処分をしてしまうと当然。各自治体における人数のバランスが大きく偏る為、偏った者同士で一方の町に人数を集めて、実質的な併合として、新たに自治体をやってもらう流れとなった。
今から80年後、この一連の騒動は『腐敗的日本人浄化計画的政変』として、歴史に名を残す事になった。
ただ、この頃には俺たちは全員、この世には居ない為、この事件の名称を知る者は居ない。
■■■ 現在に戻る
話が完全に逸れた。
とにかく、俺を含めた多くの人たちが長年苦しんでいた問題はほとんど解決した。
俺たちはジムの関係者内で大勢集まって、この日だけは後先考えずの食事会となって、2時間後にお開きとなった。
ところで長平さんを長年苦しめていた旧姓、七見かおりについてだが、先ほど説明した殺人の件に関しては、全て自身の快楽を満たす為の物だった事が今日までに判明している。
どうやら、取引している国のスパイを多数送り込んでいたとの事で、逃げ道はわずかもないと言う事だった。自殺すらも阻止できるレベルである。
お開きとなって、俺たちは久しぶりに各々の部屋や家へと帰り、今は英気を養い、明日からの2学期へ備えた。




