転生
2話の続き
意識が、浮かび上がる。
暗闇の底から、水面へ引き上げられるように。
ゆっくりと目を開ける。
そこには、何もなかった。
空もない。
大地もない。
果てすら存在しない白の世界。
まるで雲の上に立っているような、不思議な感覚だけがある。
「……ここは……?」
声が、やけに遠く響いた。
レクスはゆっくりと身体を起こす。
傷はない。
痛みもない。
だが。
「僕は……死んだはずじゃ……」
その通りだ。
「――ッ!?」
声。レクスは即座に周囲を見渡す。
だが、誰の姿も見えない。
声だけが、直接脳へ響いてくる。
「誰だ!」
すると返答が返ってくる。
私は、この世の理。
均衡。
秩序。
世界を循環させるもの。
その言葉を聞いた瞬間、レクスは理解した。
人ではない。生物ですらない。
これは世界そのものだ。
「……そうか」
静かに目を伏せる。
「僕は、死んだんだな」
否定は返ってこなかった。
「それで、僕はこれからどうなるんだ!」
そう問いかけると…
喜べ。
貴様に、チャンスを与えよう。
「チャンス……?」
次の瞬間。
「これを見よ」
景色が変わった。
光。
眩しいほどの陽射し。
青空。市場を歩く人々。
子供たちの笑い声。平和な世界だった。
戦火のない街。泣いている者もいない。
誰かが笑い、誰かが今日を生きている。
その光景を見た瞬間。
レクスの胸に、微かな熱が灯る。
「あぁ……」
少しだけ救われたような気がした。
自分の戦いは無駄ではなかったのだと。
仲間たちの死にも意味があったのだと。
そう、思えた。その瞬間だった。
世界が、燃えた。
「……え?」
轟音。
突如として街の奥で爆炎が上がる。
火は一瞬で広がった。
人々の笑顔が凍りつく。
悲鳴。絶叫。
崩れ落ちる建物。
赤黒い炎が空を覆い尽くしていく。
「やめ……」
言葉が出ない。
視界の先。
巨大な魔物が人を踏み潰していた。
剣を持った兵士が喉を裂かれる。
子供を抱いた母親が炎に呑まれる。
逃げ惑う人々。
血。
血。
血。
千年前と同じだった。
いや。
それ以上だった。
「……ぁ……」
心臓が嫌な音を立てる。
視界が揺れる。
助けなければ。
戦わなければ。
なのに。
身体が動かない。
当然だった。
もう、自分は死んでいるのだから。
手を伸ばしても届かない。
叫んでも誰にも聞こえない。
ただ、一方的に地獄を見せつけられる。
「やめろ……」
炎の中で、人が死ぬ。
また。
また守れない。
また間に合わない。
「やめろぉぉぉぉッ!!」
レクスは叫んでいた。
膝から崩れ落ちる。
視界の中ではなおも虐殺が続いている。
その地獄を眺めながら、声は淡々と告げた。
貴様が死して千年。
復活した魔王による侵略。
それが、千年後の未来だ。
「……ッ!!」
レクスは歯を食いしばる。
嫌だった。
もう見たくなかった。
なのに。何もできない。
自分の知らぬ場所で、また誰かが死ぬ。
死人ではどうすることもできない。
「……嫌だ……」
震える声が漏れる。
そんなレクスに、世界は告げる。
だが。この未来は変えられる。
「……え?」
貴様に、転生の権利を与えよう。
レクスの瞳が揺れる。
「転生……?」
そうだ。
再び生を受け、魔王の侵略を阻止せよ。
それは。レクスがかつて否定したものだった。
秩序。
均衡。
世界の理。
魔王もそれを壊そうとした。
なのに今、その理そのものから「従え」と告げられている。
皮肉だった。あまりにも。
「……」
レクスは俯く。
拳を握る。
分かっていた。
この世界は変わっていない。
結局、自分はまた同じ戦いへ戻されようとしている。
だが。脳裏に焼き付いて離れない。
炎に呑まれていく人々。
泣き叫ぶ子供。血に染まった世界。
そして。守れなかった仲間たち。
「……僕は」
震える声。
「僕は、あの光景を見て……黙っていられない」
ゆっくりと顔を上げる。瞳に、再び光が宿る。
「やるよ」
「今度こそ――誰も死なせない」
「僕が、この手で守り切る」
しばしの沈黙。
やがて、そは世界静かに告げた。
良かろう。
レクス・ゼレクシア。
貴様に、新たな命を授けよう。
光が溢れる。意識が沈む。
世界が遠ざかる。
そして
温かい。
最初に感じたのは、それだった。
柔らかい布の感触。誰かの声。
ゆっくりと目を開ける。
知らない天井だった。
木造の、小さな部屋。
「――あっ!」
すぐ近くで、嬉しそうな声が響く。
「あなた!目を覚ましたわ!」
女性だった。
茶色の髪をした、優しそうな女性。
その隣では、大柄な男が泣きそうな顔をしている。
「おぉぉ……!アタルぅぅ……!」
「あなた声大きい!」
「だ、だってよぉ……!」
男は目を潤ませながら、恐る恐る指を差し出してくる。
小さな赤ん坊の手が、その指を握った。
「……っ!!」
男の顔が一瞬で崩壊した。
「握った!!今握ったぞ!!」
「もう、当たり前でしょ」
「いや違うんだ!絶対俺のこと好きだって!!」
「まだ赤ちゃんよ?」
「天才かもしれん!!」
女性は呆れたように笑いながら、そっとアタルを抱き上げる。
「ふふっ、お母さんでちゅよー」
「あっ!ずるい!お父さんだぞー!」
二人は、本当に嬉しそうだった。
その光景を見つめながら。
アタル――かつてレクスだった少年は、静かに目を開ける。
温かかった。
失ってしまったものとは違う。
そして彼は理解する。
自分は、本当に生まれ変わったのだと。
もう一度。
この世界で、生き直すために。




