第6話 全員火あぶりの刑に処してやりたい……!!
香水をヴァルターに返してから一週間が経った。
特にこれといって彼から反応はなかったので安心した。媚薬の効果が切れたのであろう。
ギーゼラはリーゼロッテに依頼され、王妃に贈り物を届けていた。王妃の縁者が出産したことによるものだったが、早い話が王妃の機嫌を取ったのだ。
王妃の部屋へ赴くため、磨き上げられて塵一つ落ちていない廊下を歩いた。
自然と緊張する。いつも以上に姿勢を正す。厳格な王妃に目をつけられないよう胸を張って歩く。
王妃の女官たちが廊下にずらりと並んでいる。壮観だった。
彼女たちのひそひそ声が聞こえてくる。
──お聞きになりまして? 王太子妃の女官のギーゼラ・デーマルング嬢。わたくしたちのヴァルター様にひどくお冷たいのよ。
(……え?)
ギーゼラは聞き耳を立てた。
──なんでも、ヴァルター様が話しかけてもつれなくしたり……。
──まあ! ヴァルター様に話しかけられるなんて川で砂金を取るよりも貴重で素晴らしい機会なのに!
──ヴァルター様がせっかくお贈りになられた香水瓶をこともあろうに執務室の前に捨てたのですって!
──まあ! 陛下のご側近中のご側近ともいうべきヴァルター様にそんなことを? 無礼ではないのかしら。
ギーゼラにわざと聞こえるように声高く話している。
王妃の女官たちは揃いも揃って未だ独身のヴァルターの寵愛を得てモルゲンロート公妃になろうと考えていた。故にお互いを牽制し合っている。しかしこの度、ヴァルターがなにやらある女性に対して懸想しているらしいと判明してから、女官たちは一致してその女をどう潰そうかと考えていた。
恐ろしい女たちである。
更に話し声は高くなる。
──デーマルング家の人間はこれだから……。ヴァルター様が心配……。
ぴくり、とギーゼラの片眉が動いた。
──やはり王太子妃も心配だわ。デーマルング家の人間なのでしょう? 姉の影響を受けて乱暴なお嬢様だったら困りますわ。まあ、あの方、少し華やかすぎるところがありますけれども。やはりモルゲンロート家の側妃を迎えるべきでは……?
びくり、と身体が震えかけた。
(そ……そんな。私の失態のせいでリーゼロッテ様にご迷惑が!)
もう少し上手くやるべきだった、とギーゼラは激しく後悔した。愛想よく上手にいなせる方法があったはずだ。
実際のところギーゼラは単に当たり屋めいた猛禽類を相手にしているので何をやっても無駄なのだが、自責してしまうところが彼女の良いところでも悪いところでもある。
嘲笑混じりの囁きを聞き流すために静かに俯いた。
金属の音がして、王妃の部屋の扉が開く。中から出て来たのは当のヴァルターだった。
ギーゼラを見ると晴れやかに微笑んでくる。
(くっそ! このモルゲンロート公爵め! 私が変な噂を流されているのに何だその端麗な顔は! 腹が立つ!)
殺意マシマシで彼を見つめていると、ヴァルターが寄ってきた。
「ギーゼラ殿。お仕事か?」
「……はい。王妃殿下に贈り物を」
「姉に代わり感謝する。一週間程対外交渉の為に国境近くの城へと赴いていたのだが、旅装も解かずに陛下と王妃殿下にご報告に上がって来たところで」
(はいはい! 涼し気な顔立ちをしながら自分語りお疲れさまですねえ! この野郎!!)
いますぐ王妃の部屋へ入ろうと思ったが、ふと思い直す。
(あー、隣国はうちの内部事情をよく利用してくるのよね。デーマルング家とモルゲンロート家が対立してるから、気分に応じてどっちかの家に利益供与なんかして……。その対策だわ)
対立している自分たちが悪いのだが、何はともあれ王と国のためによく働く男だ。
少しだけ感心していると、囁かれた。
「帰ってきてすぐ貴女に会えて嬉しい」
くわっ、とギーゼラは目を見開く。
(媚薬が全然切れてない……のか、それとも何だ!? 私を嵌めようと!?)
先程までおしゃべりしていた王妃の女官たちがヴァルターとギーゼラをじっと見てきた。嫌な視線だ。
(何と返事したらリーゼロッテ様のためになる? 冷静になれ。考えろ。落ち着け私。しかも王妃の女官という外野までいる。モルゲンロート公爵に素っ気なくしたら──)
ヴァルターに向かって精一杯の笑顔を作った。
「ええ。私も、モルゲンロート公爵殿下に……」
贈り物をヴァルターに投げつけたい気分を鎮める。
「お会いできて……」
(クソだと思っておりますわ! 本日はお日柄も悪く。あーらごめん遊ばせ! といいたいけれどリーゼロッテ様とデーマルング家のご評判のため……っ)
「とても嬉しゅうございますわ」
すべての気力を使い果たした気がする。
ヴァルターの怜悧な顔が百の花が咲き誇ったかのような笑みに変わった。
その笑顔に、王妃の女官たちが動揺した。
──何。
──あれ。
──ヴァルター様の久しぶりの笑顔! でも何であの女が……!
──でもギーゼラ・デーマルング嬢。デーマルング公爵殿下が下級貴族の未亡人との間にお作りになったお方なのでしょう……?
──ヴァルター様とお話になるということは、お家への忠誠心は薄いということかしら?
(くそっ! くそが!! 王妃の女官たちに一斉に毒盛ってやる……いいえ、足らない。全員火あぶりの刑に処してやりたい……!!)
ツヴィーリヒト王国の宗教では、火あぶりとは、火によって魂でさえも消え去ってしまい天国にも地獄にもいけず永遠の「無」になるとされている極刑だから、ギーゼラがどれだけ過激なことを考えているかお察しいただきたい。
女官たちのざわめきをヴァルターが冷厳にたしなめた。
「貴女がたは少し黙ったらどうだ。王妃殿下の女官としての品格に欠ける」
王妃の女官たちは押し黙る。
(ありがとうございます、っていうべき? いうべきかあ……。リーゼロッテ様のためだもんなあ)
ギーゼラは小声で「ありがとうございます」とヴァルターに囁いた。
ヴァルターはその瞬間。──固まった。
固まっている彼を放置して王妃の元へと向かう。
王妃は冷たく贈り物を見下ろした。
夕方になった。
王妃との晩餐へ向かうリーゼロッテの身支度をしていると、ギーゼラへ非常に大きな薔薇の花束が贈られた。
その様子を見ていたリーゼロッテは興奮する。
「まあ! お姉様!! お姉様ったら……。なんと美しい薔薇の花束でしょう……」
「……そうですね……リーゼロッテ様」
(何故だ。何故こうなる……!)
リーゼロッテが薔薇の本数を数えだした。ギーゼラは首を傾げる。
「リーゼロッテ様、何をなさって……」
「薔薇の本数でお相手のおっしゃりたいことがわかるのです。まあ、二十四本!『一日中想ってます』ですわ」
「一日中考えなくていいっ!」
「お姉様ったら。本当に真面目でらっしゃる」
くすくすと笑うリーゼロッテを化粧台へと追い立てる。
「ほら! リーゼロッテ様。御髪がまだ結い上がっておりませんので──」
「うふふ」
リーゼロッテはニコニコ笑いながら化粧台の前に座った。
原因は腹立たしいが、リーゼロッテの笑顔は可愛い。
王妃を威圧するような華麗なドレスを着せる。
数時間後。
晩餐から、リーゼロッテは表情を無くして自分の部屋に戻ってきた。
彼女の華やかなドレスの裾にはおもいっきりワインの赤が染み付いている。愛らしく結い上げられた髪はぼろぼろ。その翠の瞳には大粒の涙。
(リーゼロッテ様……)
ギーゼラは切ない気分になってリーゼロッテを抱きしめる。
王妃との晩餐は最悪だった。
はじめに、贈り物について苦言を賜った。
──単にわたくしの遠縁の者が出産しただけ。それで贈り物をいただいてもね……。
それから王妃の舌鋒は止まることがなかった。
服装が華やかすぎる、髪も派手に結い過ぎだと叱られた。
──あなたは王太子の妻になったのですよ。それではまるでデビュタント後の結婚相手を探してうろつく令嬢みたいだわ。
──申し訳……ございません。
──そんな格好をするということは王太子に愛情がないのね。どこの殿方に恋しておいでなのやら。
給仕がおそらくわざと、リーゼロッテのドレスにワインをこぼした。
さらに、スープにはミミズが入っていた。
女官たちがくすくすと笑う。陰湿な空間。
リーゼロッテをいじめ抜くための晩餐。
王太子に知らせようにも、リーゼロッテが止めた。
──殿下は陛下と政務中なの。お邪魔してはいけないわ。
王太子妃の部屋にリーゼロッテを連れ込むと、リーゼロッテの服を脱がし、バスタブを用意して温かい湯に浸からせて体を洗わせる。
表情の無くなってしまった彼女をベッドまで皆で運ぶ。
ギーゼラはリーゼロッテが好きなおとぎ話をしてあげた。妹の凍えきった表情が少しずつ溶けていく。
(……モルゲンロート公爵ね。モルゲンロート公爵が裏で糸を引いているのね!)
ヴァルターが一週間ばかり外出してきたことなどその時のギーゼラの頭から抜け落ちていた。
香水や花など贈られて油断している場合ではなかった。あれはギーゼラを油断させるためのヴァルターの色仕掛けだ。
寝入ったリーゼロッテを見て、ギーゼラの紅い唇は弧を描く。
(色仕掛けには……色仕掛けで返す!! やつに死を!!)




