第4話 どうしてそういう解釈になるのよ!
リーゼロッテがヴァルターに対して深々と頭を下げた。
「お姉様をよろしくお願いします……! お姉様は生まれてからずっとご苦労が多く……。本当のお母様は早くに亡くなられ、公爵令嬢としては扱われないのに、誰も恨まないで家族のみんなを愛してくれるんです……。お姉様に幸福になってほしいのです」
そんなふうに思ってくれていたのか。妹の言葉にギーゼラの目頭は熱くなった。
自分は本当は修道院に入れられるか虐げられるかしてもおかしくない存在だ。なのに家族として迎え入れてもらって、優しく扱ってもらって……。
ヴァルターが熱っぽく頷く。
「わかりますとも。私もギーゼラ殿の優しげなところや機転の利くところが慕わしく……!」
(お前は私のどこを見てそう判断したんだよ!! さっきまでお前を毒殺しようとしてた女だぞ!?)
目の前の整いすぎるほど整った顔立ちの男に対してツッコミを抑えきれないのを我慢する。
リーゼロッテとヴァルターはギーゼラに対してすがりつくような視線を送ってきた。
「お姉様……!」
「ギーゼラ殿!」
頭痛がする。こめかみを押さえて溜め息をついた。
「お断りします」
「「何故!?」」
リーゼロッテとヴァルターが声を揃えて悲鳴を上げた。
ヴァルターは長いふさふさした睫毛を伏せ、そのきらめく水底のような青い瞳に涙を溜めはじめた。今まで一度もフラれたことのない男の表情だ。
(……いや、え? どう説明する? あなたを毒殺しようとしてたので……、というといろいろと問題だな……)
咳払いをした。
「私にはリーゼロッテ様をお守りする仕事がございます。これは私の人生の中で最も大事な仕事です。それに、デーマルング家の人間とモルゲンロート家の当主が、結ばれるとお思い? 愚かなことをおっしゃらないで」
これも偽らざる本心だ。リーゼロッテのために生きて死んでいく。それがギーゼラのすべきこと。リーゼロッテに愛された恩返し。
それに、一億が一ヴァルターが非常に善良で好ましい人間だったとしても、デーマルング家の人間とモルゲンロート家の人間は結ばれない。
何代も対立を重ねているのだから。お互いを殺し合い、憎み合ってきたのだから。
リーゼロッテは茫然とした表情を浮かべ、「お姉様……」とギーゼラをたしなめる。
一方のヴァルターは俯いた。だが、すぐに唇を吊り上げる。
(何?)
「ギーゼラ殿。私は『ギーゼラ殿はデーマルング家の人間、添い遂げることは出来ないだろうとあきらめた』と申し上げた。でも貴女は『デーマルング家の人間とモルゲンロート家の当主が、結ばれるとお思い?』と返した。私はあきらめた。貴女は結ばれることを考えている。つまり……貴女は私を憎からず思っている!」
「まあ!!」
リーゼロッテが頬を染めた。
「さすが洞察力が鋭いといわれるモルゲンロート公爵ですわ! お姉様の本心を見抜くなんて」
確かにヴァルターは政治的・実務的な場面では洞察力が鋭く頭脳も明晰であったが、恋愛に関しては異常なほどなまくらだった。しかも媚薬を盛られている。なまくらな洞察から導き出された結論など意味不明でしかない。
(どうしてそういう解釈になるのよ! ぶっ飛んでるの!? モルゲンロート公爵、頭良さそうに見えてぶっ飛んでるのね!?)
ギーゼラは頭を抱えた。
ヴァルターが心臓を押さえ、大きく息を喘がせている。
「貴女を……はあ、……うっ、愛しています……! ただ、これ以上貴女の側にいると……っ、はぁ、貴女が眩しすぎて理性が……、失礼!!」
彼は衣を翻し、急いでその場を去っていった。
ギーゼラは呆れてものも言えなかった。
翌朝、ギーゼラは自分に与えられた部屋で呻きながら身体を起こした。
「……やってしまった、くそっ、私としたことが。分量を派手に間違えるなんて……」
なんてこと、とこめかみを押さえる。
自分がヴァルターに毒を盛った件は見事に水に流された。死人や怪我人も出ていないし王太子妃の姉である宮廷女官が口説かれただけ。大したことは起きなかったからだ。
頭を抱えていると、ギーゼラ付きのメイドがやってきた。
「ご不調ですか?」
「いいえ」
メイドは不審そうな顔をしながらギーゼラの着替えと化粧を手伝う。
リーゼロッテのところへ参じる。彼女は朝食を終えていて、王太子の膝に座って甘えるようにしなだれかかっていた。朝から仲のいい夫婦だ。
王太子が微笑してくる。
「リーゼから聞いたよ。ギーゼラはモルゲンロート公爵の想い人だったんだね。精一杯見守るね。リーゼと。何かあったら私たち夫婦が相談に乗るから。モルゲンロート公爵は私の叔父上だから、いろいろと彼のことは知っているよ、私」
(王太子殿下にまで──!)
ギーゼラは卒倒しそうになった。
リーゼロッテが王太子から離れ、ギーゼラのところへやってきて手を握ってくる。
「お姉様。わたくし、殿方と女性が結ばれたから幸福になるとは思っておりません。でも! お姉様はもっともっと、デーマルング家の人間だけじゃなくて⋯⋯お姉様は愛されてほしいのです。……それで……」
リーゼロッテは王太子に聞こえないよう小声で囁いた。
──デーマルング家とモルゲンロート家の人が仲良くなれる日が来ると良いのです。
その優しい囁きに、声が詰まってしまう。
(聖女すぎる⋯⋯、私の妹が聖女すぎる。どんな聖女よりも聖女⋯⋯!)
尊すぎる。今日も妹が。
しかし、ヴァルターとどうにかなりたいかと言われるとどうにもなりたくない。
むしろ速やかに粛清し、王宮をリーゼロッテの天下としたい。
ギーゼラはなるべくヴァルターを避けるようにして仕事をこなした。
(本当に! ふざけないでよっ!! 本当に仕事がやりにくいったらありゃしない!)
ヴァルターがいそうな場所にはなるべく近づかないようにし、彼の話題も避け、彼の視界から自分の痕跡を消す。
ふう、と溜め息をつく。
こういうときは気分転換に王宮の庭を散策しよう。
王宮には数代前の王も愛したという美しい泉がある。
王宮の庭の奥を進むと、林がある。
その林の中には清らかな泉があり、こんこんと水が湧き出ている。
泉のほとりで、ギーゼラは一息ついた。
(ここ、癒やしなのよね⋯⋯)
透き通った水。青くゆらめく水底。柔らかいせせらぎ。
ギーゼラはうっとりと泉を見る。初めて王宮に上がったとき、こんな場所があるんだと驚いたものだ。
「⋯⋯ギーゼラ殿?」
声を掛けられたのでなんとなく振り向いた。
ギーゼラは口をあんぐり開けた。
ヴァルターが立っていた。




