第15話 とりあえず、ギーゼラの目を覚まさせよう
ギーゼラは温室の中で固まっていた。
(銀貨十枚なんて今すぐ用意できるかな……)
隣りではずっとレオポルトがニコニコと笑っている。その笑顔は非常に美しい。けれど、ギーゼラにはわかる。とても困っているのだと。
ギーゼラが助けなければいけないのだと。
(どうしよう、レオ様はこう見えて絶対困ってらっしゃるのよ……)
上目遣いで、支払いが猶予できないかそっと聞いてみる。
「あの……」
「何? ギーゼラちゃん」
レオポルトが輝くように微笑んだ。まるでシャンデリアが煌めいているかのようだ。
(はわわわ……、名前呼ばれた……)
それだけで判断力は溶けてしまう。だが、なんとか立て直す。
「少々お待ちいただけますか?」
とりあえず、ギーゼラは自分の部屋に赴こうとした。落ち着こう。一旦何が起きているのか考え直そう。
しかし、レオポルトが「俺も行くよ!」とついてくる。
部屋に入ると扉を閉められ、背後から抱きしめられた。
「さあ、ギーゼラちゃん。銀貨十枚を出しておくれ。俺のために」
「……そ、そんな、困ります、いきなりは」
本当に困ってしまう。
そんなに大金はすぐに出せない。無理をすれば出せないこともないが、生活費に困ってしまう。
しかもギーゼラは割と堅実な性格なので、貯金をコツコツとためていた。
(貯金……を崩したほうが良いのかしら。でも……)
「お願いだよ、ギーゼラちゃん! 俺にはギーゼラちゃんしかいないんだよお〜!」
「……っ」
耐えられなくなったギーゼラは衣装箪笥の奥から袋を取り出した。貯金してきた銀貨が入っている。
「あの……」
銀貨を十枚差し出す。
レオポルトは喜色を浮かべる。
「ギーゼラちゃん! ありがと──」
その瞬間、扉が開かれた。
剣術用の軽装をしているリーゼロッテが息を切らせながら入ってくる。
「お姉様!! そのお方は!!」
ギーゼラは目を丸くした。
「リーゼロッテ様!?」
王太子もリーゼロッテの後から入ってくる。
「ある種の凄腕の猛者なんだよ! ギーゼラ、目を覚まして!」
仕えているふたりの言葉に動揺する。
「お、お二人共、それはどういう──」
すると、ふたりの更に後ろからヴァルターが姿を表した。
きっ、とギーゼラは悪意たっぷりの目で彼を見た。
(……モルゲンロート公爵……!!)
今、最もミンチにしてハンバーグにしたい男だ。
ヴァルターは忠言してくる。
「ギーゼラ殿、その男に金を渡すのはやめられたほうがいい」
「……は?」
いらいらっ、むかむかっ、と腹の底から稲妻のようなものが走る。
(あなたにレオ様の苦境の何がわかるの! ……このハンサム貴公子が!)
ギーゼラは眉根を寄せると、すぐにレオポルトに銀貨十枚を渡した。
リーゼロッテと王太子、そしてヴァルターは絶望の悲鳴を上げる。
「ああ! お姉様!!」
「ギーゼラ!」
「ギーゼラ殿!!」
レオポルトだけはくるくると回って喜んだ。
「わあ! ありがとうギーゼラちゃん! 君はやっぱり最高だ!! あ、じゃあ明日は銀貨二十枚貰おうかな」
ギーゼラの額にレオポルトの口付けが落とされた。ぽうっとして頬を染めてしまう。
その様子を見て、ヴァルターは普段の冷静怜悧さをかなぐり捨て、どさりという音を立てて地面にうずくまった。
物音にレオポルトがヴァルターのほうを向いた。
「……んあ? ヴァルターじゃないか。何? どしたの?」
彼は数秒ほどヴァルターの様子を見守ると、何か気づいたように大笑いする。
「え? ヴァルター、ギーゼラちゃんにお熱!? うそ! 可愛いもんね!! あはは……やばい! 親友の想い人を奪うなんてどこかの文学みたいで燃えてきたっ!」
「……し、親友?」
ギーゼラはレオポルトとヴァルターを見比べた。
王太子とリーゼロッテはお互い抱き合って「えっ、本当だったんだ⋯⋯?」と震え上がっている。
謹厳実直で怜悧で冷たい印象のヴァルター。物腰柔らかく軽薄で浮ついているレオポルト。まるで別の世界に住んでいるかのような二人だが、親友であるらしい。
「とりあえず、ギーゼラの目を覚まさせよう」
王太子が執務室にみなを連れて行く。
レオポルト・フォン・ローゼンミュラー。名門貴族であるローゼンミュラー伯爵だ。
チェスの名手。
社交界において大変人気があり、多くの女性を虜にし、「「あーーーー!!! レオ様ーーーー!!!!」」という女性たちの黄色い声で、ある貴族の館の大広間の壁が一瞬にして崩れたとか。
しかし、──。
「本人は根っからの女嫌いで、女は金づるとしか思っていないのです。チェスを使って賭博をしてるのですが、その資金源としか思ってない」
ヴァルターは行政上の決裁すべき書類を王太子に渡しながら報告した。王太子は書類の決裁をしながら眉をひそめる。
「この国では違法スレスレなことだよね。⋯⋯どうして?」
ギーゼラの腰を抱いているレオポルトはあっけらかんという。
「女なんかドクズじゃないですか。俺の母親、父親の目を盗んで別の男とゲスみたいな不倫して弟作ったんですよ。なのに反省一つせず、まわりの人間からは『純愛だったね』とかいわれて。マジふざけんな、……というのと、俺はいつも優しくしてくれた従兄のクリスティアン一途なんで。クリスティアンが結核で亡くなったいま、誰と何しようがどうでもいいっていうか〜」
「……とまあ、やさぐれた男なのです」
ヴァルターが溜め息をついた。
過去が重すぎる。ギーゼラは涙で目をうるませていた。
(こんなにおつらい過去を背負っておられるレオ様を慰めて差し上げたい……!)
「レオ様……」
ギーゼラは俯いた。レオポルトはギーゼラの手を取る。
「ギーゼラちゃんは本当にいい子だよ〜。ちょっと驚いちゃったかな。すぐするすると口説かれるからさ〜。純粋培養で育ってきたんだね……」
「レオ様の為に銀貨をたくさん差し上げます!」
すでにギーゼラの瞳はぐるぐると回っている。
「お姉様、目を覚ましてください……! このお方は女性から巻き上げたお金をチェスとはいえ賭け事に使ってしまうのですよ!」
リーゼロッテがおろおろとしながら金切り声を上げた。姉を守りたくてたまらないようだ。
呆れ返ったヴァルターがギーゼラとレオポルトの間を引き離す。
「レオポルト、お前はもうギーゼラ殿と関わるな」
「えっ、ひどーい! ヴァルターの独占欲高め男!!」
レオポルトは頬を膨らませ、よけいギーゼラとくっついた。
しかし数日後、ギーゼラが目を覚ます時が来る。




