第16話 変な妄想しないで! 変態!!
そんな暑い気候が続く日、リーゼロッテが許してくれたのでギーゼラは毒もとい薬の買い出しに行けた。
薬を自分の部屋の棚にしまう。
リーゼロッテのところへ参じようと廊下を歩いていると、レオポルトが別の女を口説いているのを見た。
「君、可愛いね」
「きゃっ」
明らかにけばけばしい化粧をした女は頬を染めている。
ギーゼラはうつむいた。
(レオ様は仕方ないのよね……過去の傷がおありで)
自分が我慢すれば良い──、とリーゼロッテのもとへ赴こうとする。
すると、女性を口説いていたはずのレオポルトがいつの間にか目の前にいた。
「ギーゼラちゃん、嫉妬してるね? いいね! ⋯⋯じゃ、移動しようか。俺もさ、話したいことがあったんだよね〜」
「え?」
「本人には言いたくないけど、ヴァルターには恩義があるし、クズの極みみたいな俺のことを重宝してくれるし親友でいてくれる。そんな親友が誤解されているのはもったいない」
「……?」
「だから、話をしよう」
連れて来られたのはヴァルターの執務室だった。
部屋の主は会議にでも参加しているのか、そこにいなかった。
レオポルトは勝手にヴァルターの椅子を持ってくるとギーゼラを座らせた。
いつも軽妙そうな彼とは打って変わって、真剣な顔をする。
「あのね、ギーゼラちゃん」
「はい」
「好きな人に金を出せっていわれたらホイホイ出してはいけないよ。もろもろちゃんと考えるんだよ。俺みたいなクソギャンブラーもいるわけだからね」
「……でも、レオ様の為に……」
「いい子だねえ」
頭を撫でられた。
「誰かのためにずっと生きてきたんだね。本当にいい子だ」
「……」
「反面、自分のことを考えたことはある? 自分の意志とか、自分のやりたいこととか。ご家族や妹君抜きでだよ」
ギーゼラは言葉に詰まった。
そんなこと、考えたこともなかったからだ。
その様子を見て、レオポルトはくすりと笑った。
「最近ヴァルターが驚くほど変化してるから、天変地異の前触れかと思っていたんだ」
「……?」
「ヴァルターはつい最近までデーマルング家憎しに凝り固まっていた」
「……」
「誰かが憎いと人はその事ばかり考えてしまう。視野が狭くなってしまう。憎い相手に勝つために成果ばかりを望むようになる。どこか冷たい。彼とは親友ではあったけれど、肝心なことは話しづらかったよ」
「モルゲンロート公爵の話なら、私は……」
立ち上がろうとすると、まって、とギーゼラはレオポルトに椅子に押し付けられた。
「だというのに最近は随分と柔らかい、視野の広い態度になってきて驚いてるんだ。それは君を愛したからなんだね」
「……あの」
「王太子妃リーゼロッテ殿下についてもね。先日もそうだったけど、最近、王太子殿下と王太子妃殿下と、ヴァルターがよく話しているのを見るよ」
「……」
「君は? 君は誰かを憎いと思っていない? 冷静な判断が出来ている?」
ギーゼラは顎に手を当てる。
(……冷静な判断……?)
「いつも冷静です、私は」
「そうかな。ではテストしよう。君の望みは何? 最近の」
「……モルゲンロート公爵をミンチにしてハンバーグにすることです」
「ほら冷静じゃな……怖っ!! まじか。何をヴァルターはやったんだ……」
レオポルトは悲鳴を上げる。
ギーゼラはまるで悪しきものに憑かれたかのような顔で、(彼女が感じている)ヴァルターの悪行を語った。
「私たち姉妹を色仕掛けで引き離し、私を花祭りへ連れていった隙に怪人格闘女のテレーゼを遣わしてリーゼロッテ様を襲わせたのです」
「情報量が多すぎて何をどう突っ込んでいいかわからないよ」
ギーゼラは更に言い募る。
「最近私は彼に散々色仕掛けで騙されています」
レオポルトが頭を抱えた。
「そうか、ヴァルターくらい恋愛面がなまくらだと逆に色仕掛けに見えてしまうのか……」
間が悪くヴァルターが戻ってきた。
「おい、レオポルト。俺の執務室で誰かを口説くのは──」
ギーゼラがいたので、彼は押し黙った。
レオポルトがふらふらしながらヴァルターに寄っていく。
「ヴァルター。ギーゼラちゃん、相当誤解してるよ」
「…⋯⋯ご、誤解?」
がっ、とレオポルトがヴァルターの肩を掴んだ。
「何も説明しないから、お前のことミンチにしてハンバーグにしたいと思ってるんだよ!!! 本当は今までの説明だって俺ではなくてお前がすべきことだッ」
「!?」
おろおろとヴァルターがギーゼラに寄っていく。
まるで猛犬が威嚇するかのようにギーゼラはヴァルターを睨んだ。
「その、私のことをミンチにしてハンバーグにしたいのか……?」
ヴァルターが訊く。
「……くっ……」
観念したギーゼラは吐いた。
「そうよ! ミンチにしてハンバーグにし、王妃に食わせるつもりだったのよ!」
「怖い!」
レオポルトが悲鳴を上げる。
「それもこれも! リーゼロッテ様に無礼を行い私に色仕掛けを働くせいよ! 媚薬の効果が切れてないのかわからないけれど──」
あ、とギーゼラは手を口で覆った。
「媚薬……?」
ヴァルターはギーゼラを見つめる。
まずい、本人に直接告げてしまったが仕方ない。腹をくくってギーゼラはすべてを離した。
「そうよ。今年の春、リーゼロッテ様の行く先に糞尿を撒いたから──」
「最悪だなヴァルター。ヴァルターらしいや」
レオポルトが突っ込む。
「あなたを殺そうと思ってリーゼロッテ様のお茶会に招かれたあなたの茶に毒を入れたの! 調合を間違って媚薬になったのよ! いい?」
「何がどうなってそうなったし」
レオポルトがまた突っ込む。
「それ以外にも……あなたはリーゼロッテ様にひどいことばかりする! 先日だって私を花祭りに連れて行ってその傍らでテレーゼという怪人格闘女をリーゼロッテ様に向かって放った!」
「だからなんなんだよそれ」
レオポルトが更にツッコむ。
ヴァルターはギーゼラの暴露を呆然とした顔で聞いていた。
「ギーゼラ殿……そうか……」
彼は何かを悟ったような顔をしていた。
「貴女は、王太子妃をそこまで愛しておいでだったのか」
ギーゼラはヴァルターを怪訝な顔で見た。
レオポルトは「そっか、そういうことか。ふたりのズレは」と一人で納得している。
ヴァルターは懺悔でもするかのようにうなだれた。
「王太子妃の異母姉という複雑な立場だ。おそらく家でも爪弾き者にされているだろう。だいたいどこかに嫁がされることなく修道院に行くこともなく宮廷女官として働いているのも少し気になる。故に、王太子妃と複雑な関係なのだろうな──そう思っていた」
ギーゼラは叫んだ。
「私は家でたくさん愛してもらって育ったのよ! 変な妄想しないで! 変態!!」
レオポルトも頷く。
「だめだよヴァルター。ギーゼラちゃんが大好きなら身辺調査くらい真剣にやらないと〜」
「付きまとい行為みたくなるだろう!」
「俺らが友だちになって二十年くらい経つけど、お前は十分付きまとい男の素質があるよ?」
「……!」
ヴァルターはぴくぴくと眉を動かした。はあ、と溜め息をつく。
ギーゼラに頭を下げた。
「申し訳ない。貴女は愛されていたのだな」
彼は微笑する。
「それは良かった。そして申し訳ない──貴女の妹に人品卑しき嫌がらせをしてしまった」
ギーゼラは瞳を揺らした。
頬を桜色に染め上げた。
そして。
「なーにが『良かった』なのよ!! 敵のくせに生意気言うな!!!」
金切り声を上げた。




