第11話 働け!! 私の脳の防諜機関!!
待って、とギーゼラは寝台から身体を起こした。
「皆様、お待ち下さい。私は──ただ、買い物をしたいだけでして」
(……毒を購入する予定なのに……)
「お姉様」
リーゼロッテはギーゼラの手を握りしめる。周囲に聞こえないように囁いてくる。
「花祭りでしたら……、王妃殿下の女官の大半は遊びに行くとかで……。わたくしは大丈夫ですから」
「……え」
「あの、お姉様がいなくなったらやはり……不安なのですけども。でも、わたくしはお姉様に頼ってばかりだから、お姉様の時間を奪っている自覚はあって。……少しはご自分が楽しむ時間を持ってほしいのです」
「……リーゼロッテ様」
妹はギーゼラのことをこんなに思ってくれる。その事実が尊すぎて頬が熱くなり、目尻から涙がこぼれ出た。
(……リーゼロッテ様がそうおっしゃるなら……。ん? それに……)
モルゲンロート公爵と自分が行動をともにしている間は、いかに極悪で計算高い公爵とはいえどリーゼロッテに直接手出しはできない。
うまくだまくらかせば「薬を買う」と偽って毒を購入することも出来る。王太子が助言してくれたように、モルゲンロート公爵からうまく金をせしめられるかもしれない。
(……それに)
花祭りは人で賑わっている。
人混みの中では案外人は他者に気を払わぬもの。モルゲンロート公爵を事故と偽り粛清することも可能だ。
(いや、助けてもらったのに殺すのはだめね! しばらく粛清は猶予しましょう。リーゼロッテ様にこれ以上無礼を働かなければね)
ギーゼラは思い直した。平気で人を毒殺しようとするが、こういうところは何故かきっちりしている。
(……行けるな)
ギーゼラはわざとはにかむように微笑んだ。
「わかりました、参ります」
王太子とリーゼロッテは「やった!」と笑顔になって、お互い寄っていき抱き合ってくるくる回った。
まさか許されるとは思っていなかったのか、ヴァルターは頬を染めて茫然としている。
***
花祭りの日はギーゼラとの関係を祝福してくるかのような晴れだった。
ヴァルターはギーゼラを迎えに行くために王宮へと参じた。王宮でないと申し出に応じてくれなかったし、何より勝手知ったる王宮のほうがギーゼラにとってもヴァルターにとっても便利だった。
ふ、と自分を嘲笑する。
(女と花祭りへ赴くなど)
初めてのことだ。今までこんなことはなかった。女性はどうも苦手で、あまり接してこなかった。
(……いや)
眉を寄せる。
(行ったな? 姉上たちと。散々)
ヴァルターには王妃アウレリアを含めて姉が三人いる。
荷物持ち要員として、首都に赴いた際は姉たちに連れ回されて花祭りに行ったものだ。
(あー、だから女がどうも苦手になったんだった……)
終わらない買い物。飛ぶ怒号。理不尽な八つ当たり。
ヴァルターは三人の姉から女性のありとあらゆる嫌な面を叩き込まれたため、女性が苦手になってしまったのだった。
あの時は、最悪だ、もう女と祭りは嫌だと思っていた。
今は違う。
(ギーゼラ殿の荷物は持つ!)
心から、荷物を持ちたいと思える女性がいる。
王宮の廊下の待ち合わせ場所近くへ向かうと、姉の王妃アウレリアと王が廊下のソファに並んで座って睦み合っていた。
王太子とリーゼロッテも仲睦まじいが、王と王妃も仲睦まじい。
「王妃、今日も美しい……」
「うふふ、いやですわ、陛下ったら」
「今日は花祭りだな。しかしそなたは花祭りの花よりも遥かに美しいよ」
「もう、お世辞がお上手なんだから……っ」
ちゅっ、ちゅっ、んまっ、んまっ、と濃密な口付けをはじめた。
ヴァルターは一礼したまま、王と王妃の口付けが終わるのを待つ。
(俺もギーゼラ殿とこうなれたらいいな!!!)
この男、恋愛に関しては本当になまくらである。
「──あら、ヴァルター」
王妃が声を掛けてきた。
「おお! ヴァルター」
王も声を掛けてきた。
「花祭りに行くの? 恋人と」
王妃が意味深な笑みを浮かべてくる。
「……ええ」
「恋人!? 誰だ!?」
王が身を乗り出してくる。
「陛下、だめですわそんな。突っ込んで聞いては。うふふ。──で、誰なの?」
矛盾したことを姉に尋ねられたヴァルターは目を伏せる。
(ここでギーゼラ・デーマルング嬢です、といったら初夏の陽気が厳冬になるよなあ……。はあ。調子乗り過ぎだぞ俺。ギーゼラ殿への秘めたる思いを吐露してから……)
重要な情報を抜かした事実だけを述べる。
「女官の一人ですよ。少し前に泉に落ちてしまいまして。王太子殿下に『気分転換に連れて行ってやれ』と言われたのです」
「あら。頭突きしてきた令嬢ではないの?」
「まあ、その令嬢ですが」
王はニマニマと笑った。
「頭突きとはなかなか情熱的ではないか! そなた、その令嬢に相当愛されておるのではないか?」
(──え)
ヴァルターは頬を薔薇色に染め上げた。
「そ、そのような、ことは」
ひどく動揺する。
気を落ち着かせた。
(落ち着け! 落ち着け! いや、ギーゼラ殿もそうなのか? まあいい。今日はギーゼラ殿の気分転換に付き合うのみ!)
***
言われた場所でギーゼラが待っていると、ヴァルターが颯爽とやってきた。
相変わらずの端整すぎるほど端整な容姿。水底を思わす青い瞳は怜悧さを少し崩して輝いており、金の糸で出来ているかのような髪はきらめいている。
すらりとした身体に、「格好いい」という言葉が似合う洒脱な着こなし。
(腹立つ〜〜〜〜)
ギーゼラはヴァルターのあまりの美しさに腹立っていた。
(誰に許可取ってこんな美丈夫なのよ! まったく! 犬の糞踏め!)
彼女には泉の底から彼に救ってもらってから「温かく感じる何か」が目覚めていたが、その「何か」がわからずとりあえずその感情を隠すために彼に八つ当たりした。
吸い寄せられてしまうほど美しい目が柔らかく笑む。
「行きましょうか」
ギーゼラはこくりと頷く。
(くそっ! くそが! 何でこいつと「花祭り」へ行く羽目に!! ちくしょー!! 顔が良くて見栄えがいいから余計腹立つ!)
道路が混雑しており、馬車が使えないということで歩いて首都の広場へ向かった。
人混みをかき分けると、地面に敷き詰められた色とりどりの花が見えた。花の絨毯のようだった。
敷き詰められた花はめいめいに絵が描かれており、どの絵が最も上手いか王と大司教が決めるらしい。
ギーゼラは久しぶりに年相応に目を輝かせた。
「きれい……」
頬を染めて地面を見る。横にいるのがヴァルターでなければ完璧に楽しいのに。
(そんなことを思ってはだめだ。命の恩人で、王太子殿下とリーゼロッテ様のご命令なんだから)
「美しいでしょう?」
ヴァルターの理知的な声が今日は砕けている。
その柔らかさに、どきりとした。こんな優しい声も出すのか。
ギーゼラはヴァルターの方を向いた。
「ギーゼラ殿は花祭りへ行かれたことはありますか?」
「けっこう来ています。お父様が──」
お母様と私を連れて行ってくださったこともありますし、最近はお父様とエリーザベトお母様、おふたりのお子様のマンフレート様やパウル様、リーゼロッテ様とともに楽しく遊びに来ています。
……と言いかけて口を閉ざした。
(……完全にデーマルング家の情報を私から引き出そうとしている! 働け!! 私の脳の防諜機関!!)
「お父様が?」
口を閉ざしてしまったギーゼラを不審げに見たヴァルターが、話の続きを促す。
(くっ……お父様ごめんなさい! 本当は身軽でまるで違う方だけど!)
「ええ。けっこう来ています。お父様が暗殺を阻止するために重装備のかつ凄腕の歩兵百名にがっちり周りを固めさせているので暗殺など企んだら返り討ちにされますわ」
きつく脅しておく。
ヴァルターがまじまじとギーゼラを見た。
「デーマルング家当主はそんなに見物客に無礼なことを!?」
「え?」
「そんなに歩兵にしっかり周囲を固めた要人が来たら見物客の迷惑ではありませんか。さすがですね。モルゲンロート家とは違うな」
「……あ……」
血の気が引いていく。父の偽情報を喋った挙げ句、父の評判を下げた。
「違う……そんなことない……嘘です、冗談です、ジョーク……」
「ん?」
「実に普通に、供も腕の立つものをごく少数護衛に……家族で楽しく……見に来ております」
(くっそ、誘導尋問に乗ってしまった!)
ヴァルターはギーゼラに囁いた。
「モルゲンロート家もですよ。私には姉が三人いるので、いつも荷物持ちで」
ぷはっ、とギーゼラは笑った。
この男が荷物持ち。王の参謀役にして聡明怜悧と評判の隙のない男が荷物持ち──。
くすくすくす、と肩を震わせる。
ツボに入りすぎた。
「……そんなにお気に召されました? 私の荷物持ち話」
腹を抱えて大笑いするギーゼラに、ヴァルターは困惑した表情を浮かべた。
どんどんと混雑していき、人混みはギーゼラとヴァルターを引き離してしまいそうだった。
「さてと、迷子になるので失礼──」
ヴァルターがギーゼラの手をそっと握った。
その瞬間ギーゼラは、ある衝撃的な事実に気づく。




