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王妃様の弟殿下に一服盛ってしまった結果  作者: もも
俺はただ、純粋に花祭りを楽しむ気持ちで
10/10

第10話 やはり二人で花祭りデート!!

 テレーゼという懸念事項はあるとはいえ、王太子とリーゼロッテは非常に仲睦まじい。


 翌日、王太子とリーゼロッテは王太子妃の部屋のソファに並んで座って戯れ合っていた。

 ギーゼラは二人に、どこかで半日だけ休暇を取りたいと申し出た。


「休暇ですか?」

 

 リーゼロッテが不安げな顔をする。


「ええ、半日だけ。買い物をしようかと思って」


 半日だけであればと妹は少し安心した顔をした。


「取り寄せは出来ないの?」


 王太子が怪訝けげんそうに首を傾げる。


「あっ、はい。特殊なお品なので私自身の手で探したくて」


 まさか毒薬を買ってくるなどとは王太子にもリーゼロッテにも言えない。

 何か良いことを思いついたかのように王太子は笑った。


「だったら、叔父上と……モルゲンロート公爵と花祭りに行ったらどう? ついでに買い物すればいい。叔父上にたかっちゃいなよ!」

「まあ! 素敵」


 リーゼロッテは目を輝かせて王太子に抱きついた。彼は頬を染めて鼻を掻く。

 二人で軽く口付け合うと、もどかしそうにギーゼラを四つの目が見た。


「私の見る範囲では、叔父上はギーゼラを想っているというのに何ら逢引にも誘わないで仕事ばかりだ。二人で一緒にいるところを見ない。はらはらしてしまう」


 王太子が唇を尖らす。


「わたくしもそう思いますわ……。いくらわたくしと王太子殿下がモルゲンロート公爵に助言してもなかなかうまくいかず……。はらはらしてしまいます」


 リーゼロッテも頬を軽く膨らます。


(お二人とも!? やっぱりモルゲンロート公爵に何らかの助言を!? しかも、はらはらってなんですか!?)


 王太子夫妻は顎に手をあてた。


「これも叔父上がどこか朴念仁だからなんだよなぁ……」

「お姉様もお仕事ばかりですし……」


 まだ本当に若い夫婦は声を揃えた。


「「やはり二人で花祭りデート!!」」


(もう! もう!! お二人とも!!)


 ギーゼラは顔を真っ赤にした。


(モルゲンロート公爵を殺すための買い物にモルゲンロート公爵を同行させてどうするのですっ!)




 ギーゼラは王宮の庭をうろうろしながら溜め息を吐く。


「花祭り、か……」


 初夏にツヴィーリヒト王国恒例の祭りがある。神を祭るため、地面に花びらを使って絵を描く。俗称を「花祭り」という。貴族から庶民まで祭りに参加して大変賑わう。露店も多く出て、信じられないお宝が眠っていることもある。


(気は紛れるし、びっくりするくらい希少な薬が安値で売ってたりするのよね……。モルゲンロート公爵と一緒に行くかどうかはともかく、花祭りに合わせて休暇を取るのは良いかもしれない)


 気がつけば、いつの間にか心安らぐ林の中の泉に来ていた。

 とうとうと水が溢れ、流れている。穏やかな時間だ。せせらぎの音で頭を空っぽにできる。


(やっぱりここ、好きだなあ……。静かで)


 ギーゼラは泉の水の青さを感じて、久しぶりに心から微笑した。


 しかし、足音がしたので振り返る。

 王妃の女官たちだった。

 急いでカーテシーをする。


「ギーゼラ・デーマルング嬢じゃない」

「王太子妃と離れておひとり? よくそんな暇があるわよね」

「お暇なら──」


 くすくす、と彼女たちは笑い合った。


(何……?)


 不思議に思った直後、身体に衝撃が走った。

 気がついた時には泉の水の中にいた。真っ青な空間が広がるのが見えた。どう手を伸ばせば水面に顔を出せるのかがわからなくなる。全身が冷えていく。水中音は聞こるのに、息はできない。どこからか水流が身体を押す。

 必死にもがく。髪飾りが外れて黒い髪の毛が扇のように水中に広がっていく。

 がは、と息を吐いた。水の泡が弾け散る。


(そうよね。人の死を願っているのだから私も死を願われる……)


 目を閉じた。ぽろりと涙がこぼれていく。


 すると、髪と腕を絡め取られる。誰かに抱き上げられるようにして地上へ引き上げられた。

 背中を激しく叩かれた。そのおかげで水を吐き、酷くむせこむ。


「はあ、っ……」


 息が出来るようになったことを確認されると、背中を撫でさすられ、抱きすくめられた。


(……誰……)


「やはり貴女がたは王妃殿下にお仕えするにふさわしくない人品だ。どこまで王妃殿下の評判を貶める気か? デーマルング家の王太子妃がいる以上、気は抜けないのだぞ?」


 冷厳な声が自分の耳の真近くで響く。


(……うわあ……モルゲンロート公爵だ……最悪だ)


「ですが!」


 女官たちの抗弁の声が聞こえる。


「その女こそデーマルング家の人間ではありませんか」

「ああ、そうだな。この女を殺せばデーマルング公が貴女がたと王妃殿下を糾弾するだろうな。そのときさすがに私は貴女がたをかばえない。王妃殿下をお守りすることで精一杯だ。その際は貴女がたの命で償ってもらうことになるかもしれない」

「……そんな」

「すでに王妃殿下は人員の刷新を考えておられる。ここに残りたくば身を慎まれるよう。だが、貴女がたの事は王太子殿下にご報告する」



 女官たちがばたばたと逃げていく足音がした。


 ギーゼラはうっすらと瞳を開いた。

 ヴァルターの面輪が近くにあった。いや、彼の胸に抱きすくめられている。


「ギーゼラ殿」


 リーゼロッテの身に何か起きたのだったら、自分はすぐに動ける。

 しかし、自分の身に何か起きることは想定外で、何も動けなかった。感情の処理さえ出来ない。怒ることもひどく難しい。

 悔しいという感情も悲しいという感情も湧かない。ただ寒くて眠い。横の人の体温が温かくて心地が良い。リーゼロッテを苦しめる人でなければ身体を預けられるのに。


 つい、と涙が頬を伝った。


「温かい所へ行きましょう」


 横抱きにされる。優しくて何も抵抗できない。目を閉じた。



 目を覚ますと自分の部屋の寝台の上にいた。

 ありとあらゆるもので温められていた。

 横でリーゼロッテがぼろぼろと泣いている。


「お姉様! お姉様!!」

「リーゼロッテ……さま?」

「お姉様!」


 身体を少し起こすと、リーゼロッテがギーゼラに抱きついた。


「ごめんなさい、わたくしが不甲斐ない妃だから、お姉様がいじめられる……」

「そんなこと……ありません」


 遠くで王太子とヴァルターの声が聞こえる。


「母上の女官たちの氏名は把握している?」

「ええ」

「殺人未遂が王宮で起きたというふうに解釈して良い? さすがに厳正に対処しよう。これでリーゼへの嫌がらせが減ると良いけれど……」

「……」

「母上にどうお知らせしようかな」

「こちらにおまかせを」

「ありがとう。でね、叔父上」

「はい」

「ギーゼラのこと、好きっておっしゃっていたよね?」


 不意を突かれたヴァルターの咳き込む声が聞こえた。


「リーゼと相談して考えたんだけれど……。もしギーゼラの体調が回復したらでいいから、気分転換がてら彼女を花祭りに連れて行ってくれない?」


 リーゼロッテが申し添える。


「ですわ! モルゲンロート公爵! お姉様をよろしくお願いします。お姉様、買い物がしたいそうなんです!」


(もう! この二人は、こんなときに何を考えてっ!!)


 ギーゼラは少しだけ唖然とした。

 ヴァルターは「はい」と快く承諾した。


「ええ。私もギーゼラ殿を花祭りにお誘いしようかと……」


(……あん?)


 聞き捨てならない発言があった気がするのだが。


「そうだったんだ。安心した!」


 王太子が安堵の声を出す。


「……は? ……え?」


 ギーゼラは目を皿のように見開いた。

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