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小春…ダイニングテーブルでの戦い

「ハムハムッ うまうま カリィッ! うんまいっ!」


 静かな空間にナイフとフォークが陶器の皿にあたる僅かな響きだけがその場を支配している。

 小春はもとより、庶民で田舎育ちのソルとウルは、始めて見るご馳走に夢中でフォークを動かしている。

 まるで何日もエサ在りついていないかのような猫の様に、時々唸り声さえ発して小春が鴨の肉に食らいついている。

 給仕を買って出た料理人が、嬉しそうに小春の皿に切り分けた鴨肉をよそる。


「お嬢さん、鴨肉のローストはお気に召しましたかな?」


 口いっぱいに頬張る小春は声も出ない。

(うん! うんっ!)目を見開いて料理長に何度もうなずく。


「たくさん用意してあるから。ゆっくりと味わって楽しみなさい。」


 小春の食べる様をながめて、料理好きなガルフも馳走の数々に感慨深げだ。


「さすがに、王都の貴族様の料理人、どれを食っても素晴らしいな」

「鴨には香草となんだ此の果物の風味は? 梨かぁ~? 鴨の油身がとろける様だ」


「さすがですな。よく気が付かれた! 香草と梨、其れに秘伝の薬味で漬け込んでから料理してあります。これ以上のレシピはご勘弁願いますよ。フハハハ」


 ガルフのレシピへの追及を軽く躱し、料理人は後を給仕に任せると晩餐の席を後にした。

 卓を挟んだ席に陣取る赤いドレスの女が、グラスのワインを煽るとガルフに話しかけてきた。


「やはり肉の料理に此のワインはよく合う。村長殿を此処の料理人に紹介したのは正解だったな。そう思うだろ。ガルフガンダウルス」


「だれだ? お前? 気安く人の名前を呼ぶんじゃないわい」


 小春達一行と向かい合う様にドレスの女と席を一つ置いてスーツにも似たこじゃれた服を着た若いヤサ男が同席している。


「ななっ! この私を忘れたのか? 今まで苦労して王都まで旅を共にしたローザ.エアハルトを!」


「えええっ!!」


 ソルとウルがその名前を聞いて一斉に女の顔を覗き込んだ。


「なっ! なんだ。人の顔を不思議な物でも見る様に覗き込むんじゃあない。小僧ども。私とて女。これ位のドレスの一つや二つ、晩餐の席に用意できるわ!」


 普段はガサツなローザ。

 一見、人目を惹くほどの美人なだけに、今日はドレスアップし、さらに軽く化粧までも施し見間違える様な姿だった。


「なんじゃ。お主も呼ばれておったのか。ローザ.エアハルト」


「ああっ 此度(こたび)のワイバーン討伐の経緯や様子など公爵様のご所望とあれば、騎士団所属の我なれば断るわけにもいかんからな」


 そう言いながら、肉を食らいワインをぐびぐびと開けていく。


(フンッ!)ローザのワイバーン討伐の話が出た所で、男の目が一瞬見開かれ険悪な光を放ったのをガルフは見逃さなかった。


「ほう! やはりあなたが、そうでしたか!? 黒馬の騎士ローザ。これほどまでに見目麗しい美女とは。そして皆さんが聖女様御一行というわけですね」


「素晴らしい。今王都で話題を持ちきりの皆さんと晩餐を共にできる幸運を。なんて良き日だ」


「おっと、興奮に申し遅れました。私は、隣国のアルフヘイム皇国魔術師ベベルという者。訳合って暫らくの間アルトマン公爵様のお世話になっております。お見知りおきを」


 ガルフの目に光が灯り、口角が上がる。


(やはり、こやつか? 小春殿の兄者隼人と対峙して敵対しておると聞く。小春殿との関係までは、まだ気が付いてはおるまい。我らを呼びつけて何を企んで居る?)


 そしてベベルの紹介で思い出したように眼を見開いている者がもう一人。

 ウルは、穴が開くほどベベルの顔を見つめて思い出していた。


(間違いない!! 異世界のあの壊れた部屋で出会った男だわ。ローブ姿で目深に被っていたけれど、忘れはしないよ。小春ちゃんを(さら)った男だわ。ガイアスのおじちゃんに手を引けと言っていたよね。此処にいたんだ。公爵様と何の関係があるの?)


 ウルの遠慮のない視線に不思議そうにベベルは小首を傾げる。

 現代地球の隼人たちの屋敷で、隼人を助けたのは巨人と化したウルだったのだが、其れが目の前の小柄な少女だとは思いもしない。


(何を、そんなに驚いた顔をしている? 此の小娘になど会った事もないはず。この私が人の顔を忘れるはずなどないからな。…まあいい。お前たちは此の公爵と共に俺の傀儡(くぐつ)となって働いて(もら)うぞ。人々の注目を集める聖女ともなれば、情報の拡散 人々の煽動と使い勝っても様々よ。)


 穏やかな晩餐の席で、ベベルの正体に気が付いたガルフとウル。此れからの策略に頭を巡らすベベル。

 グラスを互いに傾けながら薄く笑い、心の中ではお互いに(やいば)に手を掛ける。


 晩餐の間の大扉が開かれる。

 執事が現れると公爵の来室を伝える。


「お食事中ではありますが、我が主アルトマン公爵様が、お会いになられます。お手を留めてお立ち願います」


 公爵との面会は遅くなるとの事で、食事を先に呼ばれていたガルフ達だったが、その席に公爵自らやって来た。

 椅子の脇に立ち皆が背をただすと、執事の声が響き渡る。


「公爵様、御入室になられます」


 背の高い老人が、その声に続いて入ってきた。

 剥げた頭に精力的な顔つきが歳を感じさせない。権力の欲に取りつかれ、塗れた姿が、年齢に(あらが)う様に見て取れる。


「私が呼んだ客人だ。構わんから座って食事を続けなさい。私にも同じものを。ワインもな。武勇伝には酒が進むだろう」


 どうやら謁見の間ではなく、この席で一緒に食事をしながら話を聞く様だ。

 巨大なダイニングテーブル、小春達とは離れた上座とも言うべく主の座る席へとアルトマンは席を取った。


 下級貴族のローザ、さらに平民のガルフ達と共に公爵のアルトマンが食卓を共に囲もうとしている。

 初めて会う面識もない平民との食事の席に着いた公爵の態度に、ガルフは不審を覚える。


(アルトマン公爵といえば、気位が高く高慢な男と聞く。平民など作物や金を貴族の為に生み出す仕組みの一つくらいにしか思わず、人として人間としてなぞ見てはいないと聞くぞ。そんな御貴族様が、ワシらと食卓を共に囲むなど異様な事。…………何かおかしいわい……)


「都を守った英雄たちよ。食事を中断させてしまったな。座って食事をしながらその武勇伝を聞かせてくれないかね」


 小春は座るないなや、アルトマンには目もくれずに、又肉にかぶりついた。

 食事に招かれて、年長者として一応の礼儀の言葉を思案していたガルフをよそに、構わずに食事を続ける。


 ぼんやりとした力の無かったアルトマンの目に一瞬の光が入った。


(なにぃ! 小娘、ワシを無視して食事を始めるか!? 何て不敬な!)


 ベベルに精神を操られていたアルトマンだったが、小春の行動は、高慢なアルトマンの自尊心を呼び覚まし、その呪縛から解かれようとする。


(はっ! なぜ? ワシはこのような輩どもと同じ食卓の席についておる? 此の平民どもに馳走など振るまっておるんだ?)


 アルトマンは、怒りの表情を見せるとガバリと席を立ちあがった。

 立ち上がると同時に、食卓のガルフ達に罵声を浴びせかけようと口を開きかけた。


 その時、眼の前の光景は一変し、暗闇に浮かぶ金色の二つの眼と対峙する。

 其れは心臓を掴み、搾り取ろうとするような恐ろしさを感じさせる。

 手足もろとも棘の茨で締め付けられて声も出ない。

 自分のしようとする事が、とんでもない失態に思えてくる。


 幼き頃に幾度も味わった失敗の数々が思い出される。

 其の度に殴られ、罵倒され、愛想をつかされた。冷たい父親の半眼にひらいたあの目を思い出す。


 あれと同じだ。


 此の金色の眼に逆らってはいけない。


 身を滅ぼしてしまう。


 恐怖は心の底から沸き上がり体中を締め上げる。

 茨の棘が、全身に痛みを与える。アルトマンの精神は救いようのない奈落の底にでも落ちていく失踪感に囚われ始める。


 金色の眼の持ち主の全容が、次第に見えてくる。食卓に座って居た若い男だ。

 ベベルと名乗っていた男だ。

 次第に金色の眼の色が険しさを消し和らいでくる。

 柔らかい薄い紅色へと変化を見せる。心に沁み込むような女の声が聞こえてくる。


(……苦しいか? 辛いか? 辛いならばこの私にすがりなさい。私がお前を助けよう。すべての苦しみから助けよう。お前の望みの為に、苦しみから救い、お前の望みに導いてやろう……)


 優しい声が体の中に響き渡ると、締め付けていた茨は消え失せる。

 柔らかい冬の合間に見せる太陽の温かさをまとった風が体を撫でつける。

 其の目で見られると、心の奥に温かい炎が灯った。


「あああ…… あううう……うう」


 言葉にならない呻き声が漏れる。口元からは、涎を垂らしアルトマンの眼から光が消えた。


 椅子から立ち上がったまま呆然実質としているアルトマンにベベルが声をかける。


「公爵様、さあ此の勇猛な冒険者殿達が、いかに素晴らしいい戦いをやって避けたのか、その武勇伝を訊こうではありませんか?」


 ストンと椅子に腰かけると抑揚のない声でアルトマンが答える。


「……そうだの……」


 ベベルは、さらに続ける。


「このような、力のある者達を在野に捨て置くには、あまりにも勿体ないとは思われませぬか?」


「……そうだの……」


「公爵様の軍備には、魔法使いの力が足りていないように思われます。この際に、此の者達を召し上げ、この私の配下としてお抱えいただけたら公爵様のお力も盤石となりましょう。いかがでございましょう?」


「……そうだの……」


 二人の会話に、ガルフの口元が静かに笑う。


(フン! つまらん小細工じゃな。 何を言い出すかと思えばこれか? こやつの配下などまっぴらじゃが、隣国との戦争を画策しておると言うのは、本当だったようじゃな。こんな優男の配下で戦に引っ張り出されるなど、笑えるわ)


「ガルフ殿、公爵様のお言葉もある。いかがかな? 公爵家の家臣としてお勤めのチャンスと思われるが、魔物退治も良いが、その力は国を動かす大局に使われては、御身の為にも遣り甲斐が沸きましょう。この私と共に公爵様を盛り立てて行こうではありませぬか」


 ガルフの口元はさらに口角を上げて鼻息が漏れる。


「フン!」

「茶番だな!」


 ガルフが言葉を発するよりも先に女の声が其れを制する。


「ガルフ.ガンダウルスや小娘の力が欲しいのは、その爺では無くてお前だろう! 僅かなばかりの闇の力を使えると思い上がっている陳腐な死霊術師め!!」


 見ると、テーブルに肘をつき頬を支えるローザがいる。

 髪は逆立ち、その眼は赤く炎の様に揺らめいている。ワインを一口に飲むと其のグラスを床に叩きつけた。


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