小春…ダイニングテーブルでの戦い Ⅱ
小春…ダイニングテーブルでの戦い Ⅱ
「フン!」
「茶番だな!」
ガルフが言葉を発するよりも先に女の声が其れを制する。
「ガルフ.ガンダウルスや小娘の力が欲しいのは、その爺では無くてお前だろう! 僅かなばかりの闇の力を使えると思い上がっている陳腐な死霊術師め!!」
見ると、テーブルに肘をつき頬を支えるローザがいる。
髪は逆立ち、その眼は赤く炎の様に揺らめいている。ワインを一口に飲むと其のグラスを床に叩きつけた。
「その爺さんは、既に傀儡。ただのマリオネットにすぎん! 糸で操る人形よ。爺さんの意識は、遠く北の皇国の泥沼の奥深くに沈んでおるわ」
「この私に、見えていないとでも思っているのか? 随分舐められたものだな。邪神ロキ様の使徒であるこの私を差し置いて、その陳腐な死霊術でこの爺さんを操っているのが気づかれないとでも思っておるのか? 馬鹿者めが」
ガルフも頷いた。
「道理で。高慢ちきな公爵が、平民と飯を食うなどありえんからな! 隣国の魔術師が、いったい何を企んでおる。公爵の戦の為だけではあるまい!」
晩餐の席が騒々しくなったというのに、何事も無い様に瞬き一つなく、席に座る公爵、企みの露呈したベベルが小さく舌を打つ。
「それで、話はまだ終わっていないが? どうだろうこの私と組む気はないかね?」
「「お断りじゃ!」だ!!」
珍しくガルフとローザの声が重なった。
ベベルは、悲し気な顔を見せると皿の上の鴨肉にフォークを突きさす。
「仕方がない。皆さんとは上手くやれそうな気がしていたが。」
「……この地に恨みを残す亡者たちよ。その腐った体に魂が欲しいならば、私の願いに応えよ。……出でよ!」
ベベルの短い呪文と共に其の食堂の彼方此方の床から血で汚れた亡者の群れが湧き出てくる。
「飯の時間に臭いモノを出すんじゃないわい! 礼儀知らずが!」
ガルフが片手を突き上げる。
ウルが骨付き肉を咥えたまま、椅子に立てかけてあった大剣の鯉口を響かせる。
「来い! ドゥランダルフ!」
「蒸着! ゴールドアーマー。」
「オルスタイン」ローザが、ぼそりと黒馬の名を呼ぶ。
ウルは素早い。金色の光の残像を残しながら床から湧き出る亡者たちを次々と狩っていく。
渦巻く風を戦斧に纏わりつかせ、ガルフがドゥランダルフを手にした時には、大半の亡者は、胴体が二つに分かれていた。
「ううむ、さすがにこの室内では、戦斧はデカすぎるわい。ウル殿にいい所を持っていかれるわ」
短剣を抜こうとするベベルの前に、風の様に舞うウルが立ち塞がると大剣を突き付けた。
「お前は!?」
「思い出したようだね。金色の鎧に覚えがあるみたいね」
「くそ! …縮地!」
ベベルの姿が、残像を残すかのように消え失せる。
しかしその残像とシンクロするように、ウルの姿も姿を消える。
「ガキン!」
扉の前でウルの大剣がベベルの短剣と交差する。
「見えているのよ。私からは逃げられないよ」
そう言うと、ベベルの剣に絡ませながら掬い取る様に大剣を回すと弾き飛ばしてしまった。
「あの時の巨人か? すると攫ってきたガイアスの娘が……この聖女だというのか? こちらの世界にたどり着いていたのか?」
ベベルが小春を見ると、
「ううん? だ~れ~? 知らないよお~」
此の修羅場の中でフォークに肉を突きさしている。
ガルフとウルに戦斧と大剣を突き付けられるベベル。
「相手の力量も分からずにケンカを売るとは、間抜けめ! 死ぬ前に我らに近づいた目的でも聞いておこうかの」
ようやく、すべての手立てが尽きたのを悟ったベベルは、その場に座り込んだ。
諦めたかのように口を開く。
「フン! 聞きたいなら、聞かせてやろう。最初は、南のアルタラスへ侵攻し領土を捥ぎ取ろうとするアルトマンの強欲に付け込んで、その手柄で海沿いの領地を手に入れたかった。しかしガイアスの邪魔がはいり計画に陰りが出た。侵攻への約束を取り付けていた貴族どもが手を引いたのだ。」
「その戦力を埋めるために貴様らを引き込もうとしたまで。また其れが叶わずとも、聖女には不思議な力があると噂があったのだ。私は焦っていた。私に残された力と時間は、あまりにも少ない。力の及ばぬは承知で、此れは賭けでもあったのだ」
不敵な態度だった男が、すべてを諦めたように力なく項垂れている。
「なぜ、海沿いの領地を欲しがる? 時間がないとは、どういった意味だ?」
男は少しの笑みを浮かべると又、遠くを見る様な目で何かを思い浮かべる様に話し出した。
「私は、アルフヘイム皇国の宮廷魔術師。本来は、死霊術など使わない真っ当な魔導士だったはずだ。幼い第二王子は、魔術への関心が高く。私からの講義も熱心であられた。そのリュート様が、視力をなくされ突然の病に侵されてしまった。今では、寝たきりになり見るも無残なお姿に。」
ベベルは、眼を見開くとガルフにすがり付く様に声を上げる。
「リュート様は、まだ十二歳。黄泉の国へと旅立たれるには、あまりにも若すぎるんだよ。あれほど勉学に熱心な若様が、病気などで死んではならないんだよ。成人すれば皇国を導いてくれるお方なんだ! 温かい南国の地で静養すれば、直る見込みがあるかもしれない。南国の精の付く食べ物が病を治してくれるかもしれない。」
先ほどまで、クールに取り澄ましていた男が髪を振り乱し、無様な姿で訴えかける様に大声を上げている。
「お主たちには、私は敵わない。此処で殺されることになるんだろう。ならば、その聖女の名にすがろう。死にゆく者の願いを一つだけ聞いてくれ。……お願いだ!!……」
「南国での静養が叶わないなら、其処の聖女様に一度で良いから病気を見て貰う事は叶わないだろうか? せめて少しでも可能性が有るのならば、治せぬ事を恨んだりはしない。…………頼む」
ローザが立ち上がりベベルの前へと歩いてきた。
「手立てがなくなると、今度は泣き落としか? お前の望みの為にたくさんの人々が死に、迷惑をこうむった事を忘れるなよ。王子が死ぬのも一つの運命よ。お前の力の及ばぬを悔やみながら死ぬと良い」
ガルフもローザの脇に歩み寄ってきた。
「皇国の未来を担う若者が逝ってしまうのは、確かに惜しい。替えの効かぬ惜しい人材のようじゃ。じゃがな、死んでいった者達にもそれを愛する者たちからすれば、代用のモノなど一人もいないんじゃ。それぞれが唯一無二の愛する者たちだったであろうよ」
「お前が、死んでその若者が生きていけないのならば、其れはこの世の定めで会ったろうよ。此の世界がその若者を本当に必要とするならば、お前が生きようと死のうと変わらずに、その若者は復活を遂げるのじゃろう」
「其の王子の事を思いながら死ぬのだろうが、少しはお前が殺した人々の事も思い出して死にゆくがよい」
床に手を突き項垂れるベベルの首を落とさんとドゥランダルフが振り落とされた。
「ドオ———ン」
重厚な金属音が辺りに響き渡る。
ベベルの首の軌道をそれて戦斧が床を派手に破壊してしまっている。
投げつけられた木刀が戦斧の腹を叩いて軌道を逸らしてしまった。
「なっ! なにっ ワシのドゥランダルフが!」
ガルフは、木刀の持ち主を振り向いた。
「小春殿!」
小春は持っていたフォークを皿に置く。
「確かに、そのお兄さんは悪い人みたいだね。其の王子様の為にたくさんの人が死んだっていうし。戦争まで起こそうとしてた。ひどいよねえ。でも自分の欲の為にやった事じゃないし。其の王子様を思い救いたいが為の事。十分反省もしているみたいだし、その人の願いを叶えてやっても面白いんじゃね」
小春は、首を上げて此方を見ているベベルに向き直った。
「お兄さんは、さっきのガルちゃんの斧で首を落とされた。確かに一度死んだんだよ。そして今、私の力で蘇った。」
「お兄さんの命は、今この小春が、預かっているんだからね。お兄さんはもう自分の国へは帰ってはいけない。迷惑を掛けたこの国で、この国の人々の為に生きなければならないんだ。もちろん王子様の為に活動する事も出来ない。この国の貧しい人々の為だけに此れからは生きて欲しいの。分かるかな。罪滅ぼしよ」
ベベルは、王子の為の活動に触れた事へ声を上げそうになった。
小春は、それを手で制する。
「これは聖女小春が決めた。一度死んだ者に反論する資格などなし。新しく生まれたからには、私が親も同然。私の決定がすべてよ」
小春の無茶苦茶な道理が、ベベルを黙らせる。
子供の姿の小春の言葉がベベルを包み込む。
一つ一つの言霊がベベルの芯に其の背骨に心臓に脳髄に染み込んでくる。
そんな小春に、光を纏った本物の聖女の姿を見る思いのベベルだった。
「決して、今までの所業が許されたわけでは無いからね」
小春は、ガルフとウル.ソルに向き直ると。
「ガルちゃん! 次の冒険の目的地が決まったよ。アルフヘイム皇国へ行こう」
拳を作ると胸に抱える。「そのリュート王子様に会おうじゃない。送り迎えは此のベベルさんがやってくれるだろうし。 あたしが聖女だってことを証明するのよ!」
「行ってくれるか!? 会ってもらえるのか? 殿下に」
「ええっ! 小春殿! それは」
小春は、嬉しそうにピースサインで返す。
(ふんふんっ 病気は、マークさんに診断してもらおっと。現代地球の医療でチート治療をするんだよ。イケメンの王子様かも知れないジャン。)
あくまでも他人任せを目論む小春だった。
小春の強引な決断に皆が面食らっている。
そんな何とも言えない空気が漂う食堂の大きな窓に陰りが広がった。
「ガッシャーン!!」
窓枠をぶち壊し、黒い巨大な影がバルコニーのある窓から飛びこんでくる。
「ブヒヒヒーン! ブルッブル」
「「オルスタイン!!」」
辺りは闇に落ち、広げた翼から羽根が舞い落ちる。
「ブヒヒヒーン」(参上! オルスタイン、助けに来てやったぞ! 敵はどこだ?)
巨大なダイニングテーブルをなぎ倒し、卓上の御馳走が床に飛び散る。
オルスタインがテーブルから足をのけるとテーブルの下から小春が這い出してきた。
「なにすんだよ!! バカ馬! 殺す気か。……あ~! ごっ御馳走が~…」
「オルスタイン! 事は片付いた様だ。羽根を静めていいぞ」
ローザが近づいて黒馬を撫でる。
勢いで吹き飛ばされていたベベルが立ち上がる。
「此れが、噂の黒馬か? 丁度いい。此のまま皆でアルフヘイムへ転移移動しても良いか?」
ローザがニヤリと笑う。
「邪悪なる匂いのする所へ我らを導くか? 本物の力を者どもに見せつけ、ロキ様の力をこの世に知らしめる良い機会よ。かりそめの力に変わり真の力をこの世に知らしめん」
「……まあまあ、其れはいいから、 巨乳騎士もオルスタインも一緒なら心強いってもんだよ。一緒にいこう」
ガルフも小春の我がままにため息をつく。
「たった今、敵対していた男を許し、その者の願いまで聞き入れようとは、誠に小春殿には、困ったものよ。その心意気や正に聖女なのかのお~。仮にもワシも小春殿に主従の誓いを立てた武芸者。主の行くところ付き合いまするぞ」
「ソル! あたし達も、もちろん行くわよ」
「そうだな! アルフヘイムか、連れて行ってもらえば、転移の幅が広がる!転移魔法の行き先がどんどん広がる。ベベルさんにもっと魔法を教えて貰おう」
ベベルは、何処から取り出したのか六個の赤い魔石を皆の周りに置くと短い呪文を唱えた。
壊れ、散らかったダイニングには、一人ポツンと所在無げに公爵が一人 座っている。
「此のまま、頬りっぱなしでいいのか?」
「ああ、構わない。さあ、行こうアルフヘイム皇国へ」
赤い魔石から、力が沸き立つ。
オレンジ色の輪が、回転しながら立ち上がり皆を包み込んでいく。
誰に見せるでもなく、小春は両手でピースサインを作って笑顔をみせる。
光のフレアが、煌めいて床に落ちていくと同時に小春たちの姿も消えていった。




