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ニューヨークの…リタ Ⅱ (挿絵)

挿絵(By みてみん) 





「ガロロロロロ———」


 マンハッタンへと向かう郊外の長い直線道路。


 二人を乗せた古いフォード・ブロンコは、往年の友に出会えた事を喜んでいるかのように、機嫌の良い音を響かせて走っている。


 ガイアスは、窓を全開にするとリタの為にモノクロのカーラジオを付けてやった。

 今流行りのアップテンポのヒップホップが、なお更にリタの心を躍らせてくれる。


 後部座席を一人で占領すると右の窓に取りついては、流れていく建物や建造物を物珍し気に眺めている。矢継ぎ早にガイアスに質問を投げかける。それほど詳しい訳ではないが、ガイアスは答えられる限りの事を丁寧に答えてやった。


 席を左の窓に移すと後方から二つの光が、みるみる近づいてくる。


「コオオオーンンン———」 「ゴバッ!!」

(なっなんだよ! すごい! 魔獣使いだ!)


 二つの管楽器の音色(ねいろ)を重ね、素晴らしいスピードで追い越していく大型バイク。

 目を見張ったリタは、窓から身を乗り出す様にして大声で叫ぶと、必死になって手を振った。

 ホンダとドゥカティの二台は、無邪気に手を振るリタに気が付くと、サービス精神旺盛に、カウリングの中から小さくピースサインを返してくれた。


 興奮の冷めやらないリタが、ガイアスの座るシートを揺さぶる。


「おっさん! いっいや師匠! 今、黒と赤の魔獣に乗った魔法使いが、物凄い速さでぶっ飛んでいったよ!」

「空を飛ぶ鳥よりも早く、地面を駆けていったんだ。見ただろ!」


 ガイアスは、リタの興奮に満足そうに口角を上げる。


(だよな。あんなモノを見せられちゃ、驚くよな。昔の俺も驚いてばかりだったからな)


「リタ、あれは魔獣なんかじゃないぞ。オートバイと言う乗り物さ。此の世界に魔獣はいないよ。お前の乗っている此の馬車も馬が引いてはいないだろ。此の世界の人間が作り上げた技術。魔力も使わず動く機械なんだ。すごい世界だよな」

「うん! 此の馬車もすごいよ。おっさん! いや師匠。でも、あの赤いのに乗っていたのは女だった。アタイにウインクしていきやがった」


「ああ、確かに良い尻突き出して走っていきやがったな。フン、リタ! 師匠呼ばわりは、もうやめだ。おっさんでも、オッチャンでも呼んで構わねえぞ。面倒くさくてかなわねえな」


 興奮するリタに師匠と呼ばせる事を、ガイアスは諦めた様だ。


「おっちゃん! あいつらを追っかけてくれよ! もっと見ていたい。もっとスピードをあげて!」


「おっしゃぁー! いくぜい。しっかりと座って居ろ!」


 普段は、法定速度を守り詰まらないトラブルに関わる事を避けるガイアスだが、こういった事は嫌いではない。

 リタの頼みだと言い訳の様に自分に言い聞かせては、簡単にその(たが)を外してしまう。

 その口元は子供の様に口角を上げると、重たいアクセルペダルを床まで踏み込んだ。


「ガロロロロロ—――――ンンッ!!」


 友人の期待に応えようと古いV8・5リットルが、ひと際の大声を上げる。

 のんびりと流していたフォードのエンジンに一気に大量のガスが流れ込むと制限速度50マイルから、其れを無視して90マイルとスピードを上げていく。


 全開にしていた窓から荒れ狂うような風が吹き込む。リタの長い髪を巻き込むんでクシャクシャにかき回す。


「ワッ! はやーい!! いっけえー」


 矢のように後方へと飛びずさる景色。

 トンネルの中を突き進むように視界が狭まっていく。

 初めて味わう強烈なスピード感に、恐れることなくリタは興奮を隠しきれない。

 席の間から顔を覗かせて前方を睨み、アウトローと化したフォードと一体となって、其の暴走を楽しんでいた。


「…………」


 老兵フォード・ブロンコの頑張りも、遠くに管楽器の音色を響かせて走り去っていく最新技術の(すい)を集めたメガスポーツには到底追い付くことは叶わなかった。


「ああっ……行っちゃった」


「……はあ、行っちまったな。ありゃぁ~140マイル以上でているぜ。とてもじゃないが、付いていけないぜ」


 フォードがスピードを上げた事で、触発された最新のスピード自慢の後続車が、まるで封印を解かれたかのように、次々とガイアス達の乗るフォードを追い越していく。


(すげーな!! カッコいい)

 リタの脳裏に、ウインクする女と閃光の様に走り去る赤いドゥカティが、羨望と共に焼き付けられてしまった。




 車は、アッパーベイから天に向かってそそり立つ自由の女神を左手に見ながら長い橋の上を疾走する。


「緑の巨人だ!!」


「ああ、この国は自由という事を最も大事にしたいという願いを込めてあの像は建てられたそうだ。この国にやってくる人々にとっては新天地の象徴にでも見えるんだとよ」


「ふ~ん」

(自由ってなんだよ? アタイは、生まれた時から、ずっと自由さ。金がない時には、思うようにご飯が食えない時もあったけど、それでも不自由を感じた事なんかなかった。……でもひもじさを我慢していた。……我慢は自由なのか? 違うだろ。…そうか! 金がないと不自由じゃないけど自由って訳でもないんだよな。自由には暮らせない。もっと自由になるためには、金が要るんだ)


(きっと、あの赤いバイクの女は自由を手に入れたんだ。この国では、金を稼いで初めて自由を手に入れられるのかな)

(アタイにも、あの自由の赤いバイクが乗れるのかな)



 橋を渡るとガイアスは、賑わう街の喧騒を見せようとサードアベニューの一方通行を北上していく。

 一気に華やいだビル街を目にしてリタが声を上げた。


「おっちゃん! 此処が王都なんだろ? 馬なしの馬車がこんなに並んでるよ。貴族様の舞踏会でもあるのかい?」


「そうだな。貴族もいるかもしれねえな。今日だけじゃないぜ。毎日どこかで必ず舞踏会みたいな事が行われているのよ」



 リタの眼を楽しませながらも車はようやく、ツインタワーの双子のビルへと辿り着いた。


 部屋では、ガイアスからの連絡を受けた秋絵が、夕餉の支度をしながら二人の帰りを待っていた。

 初めて会う隼人の母親、ざっくばらんなガイアスとの出会いでは緊張など微塵も感じなかったリタだが、どうしても同姓で隼人の母親との想いが、リタに緊張を押し付けてくる。


(この人が、隼人の母ちゃん)


 スラム育ちのリタには、気の利いた初対面の堅苦しい挨拶が浮かばない。

 黙ってペコリと頭を下げる。

 異世界では、あまり見慣れない黒髪を長く伸ばして前髪を作らずに片方へと流している。

 40歳前後と思われる年齢と、柔らかい雰囲気の中にも一人で隼人達を育ててきた意志の強さも見て取れた。

 その切れ長の眼じりが下がると、リタに人懐っこい笑顔を見せてくれた。

 その笑顔の瞬間に構えていた心の緊張感は、晴れた日の陽だまりの温かさを感じさせて、ふわりと消えてしまった。

 まるで、子供の頃から付き合いのある近所のおばちゃんの様な気やすさを見せてくれる。


「よく来てくれたわ。あの子のせいで酷い目に遭ったって話じゃない。十分に怪我を癒してから此の世界を楽しんでもらいたいわ。お話は聞いているから自分の家だと思ってくれていいのよ。歓迎するわ、リタちゃん」


 平和で争い事の少ない日本で暮らしてきた秋絵には、ガイアスを始めとして、ガサツな人間達の多い異世界では眼にする事のない柔らかさを感じる。


 幼い頃に母親を亡くし、冒険者だった父親しか知らないリタにとっては、隼人の母親であっても母親と言う存在が、何かくすぐったいモノに感じる。

 ちなみに、その父親もある日、魔物の討伐へと出かけたまま、チームごと帰って来る事はなかった。

 それ以来、スラムの子供たちの仲間に加わりながら生きてきたのだった。


 そんなリタにとって、隼人の母親である秋絵という存在が、(うらや)ましくも眩しく見える。


「……リタです。世話になるよ。知らない事だらけで困ってるんだ」


 リタは心の動揺を隠す様に、伏し目がちにようやく声を発した。

 秋絵もそんなリタの姿に感じるものがあった。


(大けがを負いながら、気が付いたら周りには、知る人が一人もいない異世界だなんて、不憫すぎるわ。しかもその原因が隼人の仕事に巻き込まれたからだったなんて)


 そんな二人の微妙な空気感を無視するように、ガイアスが声を上げる。


「挨拶はその辺でいいだろう。腹が減ったよ。飯にしよう。」


 此方でも食事の様式になれないだろうと考えた秋絵は、大量のフィッシュバーガーやハンバーガー、フライドチキンなどの手づかみで気軽に食べられるものを用意していた。


 リタは、ガイアスや秋絵の包み紙を剥いで食べる様子を見ると、早速同じように真似をしてハンバーガーをほおばり始める。一瞬目を見開いた後には、無言で頬張る姿に秋絵も顔をほころばせ相好(そうごう)を崩す。


(よかった。食べられるみたいね。次からは、好みを聞いて美味しいモノイッパイ作ってあげるからね。ううん、一緒にお料理も作ったら楽しいかも。異世界のお料理も作ろうかしら)


 年頃の娘の遠慮のない旺盛な食欲に秋絵も嬉しさが沸き、これからの生活に思いを寄せる。



 その夜リタは、ベッドに入っても気持ちの高ぶりは治まることはなかった。

 カーテンの隙間からは、街の明かりが差し込んでくる。

 締め切った窓からも通りを行き交う車の音が、聴覚の鋭いリタの耳をいつまでも落ち着かせてはくれない。


 寝返りを打つと、まくらに顔をうずめてみた。

 クリーニングで整えられたベッドから隼人の匂いを感じる。

 気のせいかもしれない。

 完璧に整えられベッドメイキングされているシーツなのに、隼人の匂いでリタを包んでいる様に感じてしまう。


 リタは、思い出していた。

 ナイフ使いを前に敵対する二人。

 リタを後ろに回すと隼人は言った。


「安心しろ! お前は俺が守る」


 男に言われた力強い言葉。


 今は傷は癒え、昏睡状態だった時の体力を取り戻すだけとなっている。


(確かにあんたは、アタイを守ってくれたさ。傷も跡形もなく無くなった。こうして隼人の匂いに包まれて温かいベッドで眠れる。おっちゃん達は、まるでアタイをお姫さんみたいに甘やかしてくれるさ)


 ベッドから降りると、公園に向いた窓を開けてみた。

 街は明るく通りを照らし、往来を歩く人の姿もちらほらと見える。

 陽は落ちても、街の一日はいつまでたっても終わる事が無い。


 ビル群の向こうには、公園の森の木々を水面の様に反射させて明るい月が上っていた。

 リタの居た異世界の月よりも小さな月。

 気のせいか其の明るさも街のLEDの強い光に跳ね返されて弱弱しく見える。

 その小さな森を除けば、何処までも光の海が広がっている様に思えた。

 光の数だけ人の営みを感じる。

 沢山の人間の存在を意識させる。


 森の洞窟で暮らしていたリタにとって、夜は野生の動物たちの時間だった。魔物達が徘徊する時間だった。

 時には、獣たちの咆哮に怯えて身の縮むような夜を過ごしたこともある。


 だが、此処はどうだ? 

 ガイアスの話では魔物などいないという街。安全で空調さえ効いた空間。近くには信頼のおけるガイアス夫妻。

 すべてが、充たされているはずなのにリタの気持ちに渇きを感じる。


 リタは眠る事を拒み、その原因を探し続ける。


 突然に心の準備も伴わない間に連れてこられた此の世界。

 すべてが先進的で優れた文明、未知のモノに怯える気持ちと尽きない興味。

 知りたいことは山ほどもある。

 放り込まれた異世界での動揺。


 そして思い出すのは隼人。

 ほんの短い時間の付き合いではあった。

 スラムの孤児として一人で生きてきたリタに、頼もしくも安心するような言葉を投げかけてくれた。

 それが、一人で生きてきた少女にとっては、どれほど心強く嬉しかったか。

 少女一人、誰かにすがり付きたかったのかもしれない。

 心のどこかで、安心を求めていたのかもしれない。

 そんな中、現れた隼人はリタの願いを聞き入れてくれた。

 獣人の村を救い、リタを助けてくれた。


 青い月を見上げる。

 あの夜も異世界の大きな月が出ていた。

 大森林の木々を大海原に落ちる月の光の様に、騒めきながら渡り波打っていた。

 火照ったような熱い隼人の肌のぬくもりを思い出す。お互いを求める様に抱き合いまさぐりあった。汗臭かった男の汗の味。汗ばんで火照っていたのはリタだったのかもしれない。

 リタにとっては初めての男だった。

 何時の日か来るであろう男との甘い逢瀬を思い描いていたリタにとっては、隼人との逢瀬は、其れを吹き飛ばすような荒々しい愛の行動だった。

 すべての思考は吹き飛び、その瞬間の快楽だけが体の中心を突き抜けていた。


(まったく、アイツったら何処にいるんだよ。アタイを女の体にしておいて、ほっとくなんて酷い奴だ)


 隼人への憐憫は、手の届かない隼人への恨み言に変換されて思わず口に出る。


 月に照らし出される公園の木々に目を向ける。

 大森林に接したプラディアで生まれ、暮らし、森の洞窟でも暮らしていた。

 大都会な中でも、僅かに木々の暗さが其れと重なって見える。


 公園の方角から風に乗り、僅かに誰かの悲鳴にも似た音が聞こえてきた。

 人の声だか、獣の唸りかもしれない。一瞬の物音は其れきりに途絶えてしまって今は静かに何事もなかったかのような静寂だけを伝えている。


(行ってみよう)


 物思いに、思考が地の底にでも届きそうなくらいに押し沈められていたリタは、一つの行動でそれらの思いを切り替えようと部屋を出た。

 ビルの長い階段を駆け下りる。


 静かに部屋を抜け出すリタに秋絵は気が付いた。


「あんた、リタちゃん。出かけたわよ。ついて行かなくていいの?」


「フン、ガキじゃねえんだ。好きにさせるさ。迷子の心配もねえから、ほら」


 そう言うと、スマホのアプリを起動する。


「アンジーがプレゼントした真珠のイヤリングには、GPSの機能が仕込まれている。迷子の時には迎えにいってやるさ。お休み」


 初めて一人で歩く街並み、馬なしの馬車に気を付けながら、道の端を注意して鬱蒼とした木々の生える公園に入り込んだ。

 光の溢れる街中の通りから公園へと入ると高い木々が光を遮る。

 リタにとってはこの暗がりが何時もの自分の場所にさえ感じる。

 ようやく大森林の自分の場所へと帰ってきたような錯覚を覚えた。

 耳を澄ます。


(確かに聞いたよな)


 今のリタにとっては、トラブルに繋がるような悲鳴の主を探す事さえ、落ち込んで考え込む自分を変えてくれるように思える。


(魔物が、ホントはいるんだろう? 出てこい魔物)


 大都会のただ一点、光の届かない暗闇へとリタの足は進んでいく。


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