ウルちゃんの…悪者退治 (挿絵)
勢いの付いた男が膝を砕かれ、もんどりうって転がる。
其の脳天目掛け、追撃を振り下ろした。
(死んではいない。手加減はした。その足は、もう使えないはず、悪さも出来ないよね)
「やったな、ウル!! すげえなお前」
「この調子よ。次、連れてきて」
三人は、相変わらず暇を持て余していた。追いかけて行った男が、ジュリオを捕まえてきて痛めつける算段でもしていたのだろう。
そこへ、またジュリオが現れた。
「んんっ? お前一人か? 俺の連れはどうした」
「さあな、あんまし足が遅いんで巻いてきた。その剣を返せよ」
「なめるな!ガキ。この剣は、もう俺の物だ」
捕まえようと、ジュリオに掴みかかる様に立ち上がる。
逃げるジュリオを追って走り出そうとする男に、ようやく異変に気が付いた短剣の男が怒鳴る。
「おい! 待て、おかしいぞ。罠かもしれん」
頭に血が上り、ジュリオを追って店を飛び出した男にその声は届かなかった。
二人目の男が両膝を壊されて路地に転がる。血走った目でウルたちを睨む。
「手前ら、こんな事をしてタダで済むと思うなよ」
抗う術を失った男は、これ以上痛めつけられる事を口先で何とか防ごうと虚勢を張る。
転がる男にウルが樫の棒を突き付けた。
「膝を砕かれたあんたに何が出来るというの。此れからは、まじめに生きる事ね。あたしやこの子に何かあったら、黒馬の女騎士が黙ってはいないわよ」
ウルは、男の負け惜しみの脅しに対して絶対的な恐怖を与える様な脅しを返した。
最近よく耳にする『黒馬の女騎士』。
沢山の魔物の群れを、殲滅してきた凄腕の冒険者たちと市中に噂がひろまっていた。
「なっ仲間か?」
ウルは頷き肯定する。「少なくとも、騎士が出て来るまでもないわ。悪党どもは、私が倒す」
男の頭に樫棒を振り下ろした。
二人目の後を追って残りの男達も追い付いてきた。
「ちっ! こんな事だろうと思ったよ。まんまとガキどもにヤラレやがって。馬鹿め」
「どっちにしろ、おめえらは廃業だ! ガキどもオメエたちは、許さねえ!」
仲間意識など寸分もないように、使えなくなった男達を道具でも壊されたかのような物言いで言い捨てる男。
短剣を引き抜く、僅かに青白く光っている所を見ると、魔力が通っている事が分かった。僅かばかりの魔法の付与を扱える事が、男の自信を支えているらしい。
ウルも実戦での真剣どうしの手合わせなど初めてだ。気弱さなど微塵も感じさせないように、相手を睨みつけ自分を奮い立たせるように強がって見せた。
「ふん、そんなコケ脅しの剣、あたしの木剣で十分よ!」
意表を衝いて倒した二人と違い、使い慣れた短剣使いと真っ向から対峙している。
十五歳のウルが怖くない筈などなかった。マーマリアの大剣さえ今は携えてはいない。
緊張が走る。
短剣の男も樫棒のリーチを警戒して、口では女子供と馬鹿にして威圧してはいたが、用心深いのか簡単には飛び込んでは来ない。
「あっ!」その時、二人の立ち合いに見入っていたジュリオが、もう一人の暴漢に掴まってしまった。
「ほらっ女! 棒切れを捨てろよ!」いつの間に、取り出したのか小さなナイフさえ突きつけている。
ジュリオも自分の不甲斐なさに腹が立った。
「俺は大丈夫だ、そいつを叩きのめせ!」せめて女の子の前で、無様な失態を取り繕う様に、精いっぱいの男の子の強がりで叫ぶ。
振り解こうと暴れたジュリオの腕をナイフが切り裂き鮮血が舞った。
ウルが一番案じていた赤い色の場面がゆっくりと地面に広がった。
「ジュリオ!」
狼狽するウルの隙を男は見逃さなかった。
慌てて受ける樫の棒も、ウルの強化の魔力もおろそかになる。
「ズガッ!」青白く魔力のこもった短剣に中ほどから切り飛ばされてしまった。
(ああ~っ やば~いッ!)
隙を逃さず、男は怒涛の攻めで短剣を振るう。
袈裟に切り付けた短剣を、残った短い棒切れで受けようとするウル。
僅かに軌道を変えてきた短剣が、ウルの小手に叩き込まれた。
「あっ!」その右手には、ジュリオの店でたまたま手に取った商品の皮の小手が装着されたままだった。
小手に焼きつけられた文様が光る。
ウルが切り落とされたと思った瞬間、手首に鈍い音と衝撃を残して短剣は弾かれてしまった。
「ちっ! 魔法の武具か! いいモノを付けてやがる。そいつもお前を殺して頂くとするか」
思いもよらぬ小手の防御の力に救われ、飛びずさると少しの間合いを取ることが出来た。
「ビョッ ヒョッヒョオオオオ————」
その時、静かだった路地裏に物凄い突風が沸き起こった。
あたかも見えない空気の巨象たちの群れが男達に激突する。
短剣の男と仲間の男、ジュリオまで巻き込んで足を救われたように吹き飛ばされてしまう。
「ニャン! ニャン! ニャオーン」(まったく、危なっかしくて見てられんの。少しは手伝うか)
「ニャオン!」(ほれ! 大剣を持ってきてやったぞ)
「あっ! マヌーちゃん! それにあたしの大剣」
子ネコの姿のマヌーが大剣を引きずりながら現れた。ウル目掛けて投げ飛ばす。
「チン!」受け取るないなや、鯉口を叩いた音が高らかに響き渡った。
状況は、大きくウルに傾いてしまった。
男には、勝利への一縷の望みも断ち切られてしまった事など知るはずもない。
「なんだ~」状況の判らないマヌケ顔を晒すと目を見開いた。
一瞬で、黄金を身に纏った小さな騎士が其処に現れた。
薄暗い路地裏に黄金の輝きが光を放つ。
ウルはゆっくりと、倒れ込んでいる男に近づいて行く。
短剣の間合いなど無視して、男の傍らに無造作に立った。
「馬鹿め! 俺様の魔剣の威力を思い知らせてやる!」
「ガン! ガン! ガン!」ウルの足に男が、自慢の短剣を叩きつけるがビクともしない。
「この鎧わね、この国一番の魔導士の最高のエンチャントが掛けられているの、何者にも傷一つ付けられはしないのよ」
「ぎゃあああーっ!」
小柄なウルに、踏みつけられた短剣を持つ腕が地面にめり込んでいく。
まるで、巨象にでも踏みつけられる様に黄金の足で、見た目以上の重量がのしかかる。
眼を見開く男。
朝飯前の暇つぶしくらいの気持ちで、少女の剣士をもて遊んでやろうとして剣を躱していた男だったが、それが大きな間違いだったと今更ながらに気が付いた。
強大な魔力を放つ怪物に見えてきた。
「たっ頼む! 許してくれ」
「自分より力のある者が現れた時に使う都合のいい言葉だよね。どうせ同じ事を繰り返すだけの人間でしょ…あんたが生きていれば気の毒な人が増えるだけだわ…………」
(ためらっちゃ、駄目よ。ウル、掛ける情けと無駄な情けがあるわ。剣士として生きる以上、こういう男をいちいち見逃しては駄目)
十五歳のウルは、初めて人をその剣で刺し殺した。
自らの力に応えるかのように、肉を貫き骨を断ち切る感触が伝わってくる。一つの命を断ち切っている感触が、その大剣から伝わってきた。
街中であろうと腰に剣やナイフ武器を携え、問題が起きれば容易くそれらを事の治める方法として使われる。学問や倫理観など浸透していない世界では正当性を主張したところで、其れを理解できない者、理解しようとしない者が多い。
力があれば、其れを力で捻じ曲げるのも一つの理屈なのだ。ある種、力ある者が正しい、生き残ることが正しい。命など容易く失われてしまう。ただ生き残り正しいと主張する者が正義となる此の世界なのだ。
理屈が正しいのではない、力ある者が正しい世界なのだ。
此の世界で、ウルは正しい正義として生き残った。
次に自分より強いモノと対峙するまでは。
大剣は、マヌーの助けもあってウルの元へと帰ってきた。だからと言って手放しで喜んでもいられなかった。
「良かったじゃないか。無事に取り戻せて」切られた腕を抑えながら苦しい顔をジュリオが見せる。
職人のジュリオにとって片腕を失うことは、革職人の仕事はできなくなる。病気の妹も抱える姿を思うと、事情を知る以前のウルならいざ知らず、捨て置いて行けるウルではなかった。
貫頭衣の端を引き裂くと、気休め程度にその腕に巻きつけた。
「あんた、七番街まで歩けるよね。其処に行けば、あたしの婆ちゃんの魔法薬がある。其処まで我慢できる?」
血を失ってふらつくジュリオに手を貸すと二人は歩き出した。
「うぎゃ~っ!」
傷口に反応したマーマリアの魔法薬が紫の蒸気を上げる。
「うるさいわ! 男がこれしきの傷で喚くでないわ」
ジュリオの腕を持って傷口を押し付ける様に抱え持つガルフが、痛みで暴れる少年を怒鳴りつけた。
七番街のミゼルの店へと二人は辿り着いた。
中庭の井戸で傷を洗い、早速ソルが持つ魔法袋からマーマリアの作った魔法薬を取り出し治療する。
断ち切られていた血管や神経は、お互いに求めあうように繋がり、押し付けられた傷口は盛り上がる様に結合している。
「ふむ、いい薬じゃ!! ウル殿のババ様は名のある魔法薬師のようじゃ。」
急激な魔法薬の効き目の反作用なのか、切られた以上の痛みに耐えかねてジュリオが呻き声を上げる。
戦場での怪我人の様子など見飽きたガルフは、治療の終わったジュリオから興味を逸らすとソルの小手に気が付いた。
「ほう、此の小手を此の小僧が作ったというか。しかも加護のエンチャントが施されていたとな」
ガルフも魔法の加護の効果は、老騎士との立ち合いの時に十分にそのありがたみを感じていた。
(あの時は、小春殿の魔法の手甲の加護によって、首が跳ね飛ばされずに済んだのだ。しかし此のエンチャントは、誰が掛けたというのだ。魔法使いでもない此の小僧が武具を作るだけならいざ知らず、それ以上は出来まい)
ジュリオも、あの時の戦いで小手が短剣を弾く場面を見ていた。
「エンチャントが何か知らねえけど、俺の作る武具に魔法は掛かっちゃいないはずだけどな」
「小僧、お前が作って店に置く時に、誰かその品物を手にする者はいないのか?」
「…………うーん、妹が体の調子がいい時に、家の掃除や品物を手に取って眺めている時があるけど、俺の妹は魔法使いじゃないぜ。でも店で品物を眺めた後は、決まって気分が悪いと言って寝込んでしまうんだよな」
「……ほう……ソル殿、魔法使いの端くれのお主なら思い当たる事でもあるのじゃないか」
「うん、ウルの祖母ちゃんマーマリアさんが魔道具を作る時、エンチャントを掛けると疲れるとよく言っていたのを思い出したんだ」
「はっきりとは分からないけどジュリオ、お前の妹の病気治るかもしれねえぞ。エンチャントとは願いなんだ。強い願いを魔力と共に其の武具に込める。妹さんの願いがなぜか魔法の術式を発動して、エンチャントの効果が道具に取りついているのかもしれないな。やり方が本来の効率的ではない為に術者に魔力切れの症状を起こしているのかもしれない」
「マーマリアさんに合わせてみよう。」
ソルの転移を使い、ジュリオの妹ジュナは、マーマリアの元で療養を兼ねて様子を見てもらえる事となった。
マーマリアにとっても年老いて魔法付与がキツイ中で。年若いエンチャント付与師の弟子が出来そうなことに喜んでいる。
更にジュリオにとって運の向いた事に、店主のミゼルがジュリオの革細工を店に扱って置いてやっても良いとまで言ってくれた。
ミゼルにとっても、付与師付の武具は数少なく、年若いジュリオを早くに囲って置くことは多くのプラスになると踏んだようだった。
病気の妹の事と同時に、心配事だった商売の助けが思わぬ処から伸びてきた。
ミゼルに肩を叩かれながら、頭を下げて嬉しそうなジュリオ。
(よかったね。ジュリオ)
その姿に、自分の事の様に涙ぐんで喜ぶウルが居た。




