ドロボウの…事情
ドロボウの…事情
ウルとジュリオは、王都の下町を駆けていく。
事情を知らない街の大人たちは、若い二人が手を取り合って駆けていく様をニンマリとした目で眺めている。中には口笛を吹いて茶化すものまで。
腕を引かれて走るウルは、なぜ自分が此の盗人の少年と一緒になって逃げているのか腑に落ちない。
「追ってこないみたいだな」
息を弾ませ、ようやくジュリオは立ち止まった。
少しの気恥ずかしさを打ち消し、掴まれていた腕をウルは乱暴に振り払う。
「どういうつもりよ! あたしの大剣はどうしたのよ!?」
「あの剣か? 見たろう、奴らに奪われてしまったよ。俺の稼ぎが水の泡だよ。さっさと逃げればいいものを」
「バチン!」謝るそぶりも見せない少年にウルは腹立ち、その頬を思いきり叩いた。
「いて~、お前が危なく連れて行かれそうになっていた所を助けたろ。それでチャラって事だろ?」
「な、訳ないでしょ!! あんたがあたしの大剣を盗んだのが原因なのよ。分かってる?」
「……まあ、それはそうなんだけど……」頬をさすりながら、声も小さくなっていく。
そんな二人を夕闇のひんやりとした空気が包んでいく。今日の仕事は、此れまでだよと夕闇が二人を急かすかのように。
「とり返しに戻るわ、あの時怪我をさせてしまった負い目もあったから、大人しくしていたけど。何か武器になるもの木剣…得物が有れば、あんなヤクザ者なんか手加減しないんだから。」
「やめておけよ。今から戻っても、見つからないぞ。それにもう陽も暮れる。夜は、女の子の一人で歩くような場所じゃないんだ。あの辺りを縄張りにしている奴らだ、昼間にでも聴いて回ればすぐにでも見つかるさ」
「盗んだ俺が言うのもおかしいけど、とり返すのを手伝うよ」
「当たり前でしょ!」
泥棒のくせに、いたって冷静なジュリオの言葉に、すっかり呆れてはて熱も冷めてしまった。
「お前の宿に送るよ」
「…………私の宿……あっ、どうしよう。あんた、七番街のミゼルの店って知ってる?」
ミゼルの店の地図も貰わずに飛び出してきたウルだった。王都の地理などトンと分らない。ジュリオを責め立てていたウルも、王都の知らない街に佇んでいる実感に急に不安が増してきた。
「いや、七番街は高台に近い金持ちの多い地域だ。これから其の店を探すにはもう陽が暮れる」
「盗人の俺を信用してくれるなら俺の家へ来いよ。妹が一人いるだけで、何も出せないけど夜露はしのげる」
せめての罪滅ぼしのつもりなのか、ジュリオは自分の家へと招いてくれた。
相手は、ウルから大剣を盗んだ少年。信用すべきところは微塵もなかった。
しかし、ウルを助けようとした事や、今も親身になって身を案じてくれている事は本心の様に感じられた。
何よりウルを見つめるその切れ長の瞳は、盗人の癖に心の透明感さえ感じさせ美しかった。悪人とは思えない。
「ふーん、女の子ひとり何もしない?」
「こんな腕っぷしの強そうな女、華奢な俺がどうこう出来ると思うかよ」
少しばかり、澄んだ目で見つめられて女の子の気持ちになりかけていたウル。皮肉の上がった頬のジュリオの足を蹴り飛ばした。
「なっ何するんだよ!」
「うるさいわね! 一言多いのよ。さっさと案内しなさいよ」
明かりの落ちた下町の何処をどう歩いているのかも分からない。
知らない街で急に心細くなってきたウルにとって、目の前を歩く華奢な少年の背中さえ頼もしく思えるのだった。
辿り着いた先は、入口も小さな工房だった。
「何か。臭いわ」
「臭いとか言うなよ。親父の革細工の工房なんだ。今親父が居なくて、休業中だけどな」
小さな店舗を兼ねた工房の奥に、台所やベッドなど生活用品を詰め込んだ小さな一部屋があった。
ベッドに寝ていた十歳くらいの女の子が起きだしてこようとする。
「ジュナ、寝てていいよ。此の女の子は、宿に帰りそびれたらしいから一晩此処に泊めてあげる事にしたよ」
「構わないけど、兄ちゃん何か悪いことしてないよね?」訝し気に女の子が兄の顔を見る。
「ハハッ そんなことしないよ。なっウルちゃん!」
子供達だけで、住んでいる事に訝ったウルが話を聞いてみると、母親は早くに死別し、父親は借金が返せなくなり、労働者として鉱山へと無理矢理に連れていかれて働かされているそうだった。
見よう見まねで、父親の手伝いで覚えた革細工を少しずつ作っていたジュリオだったが、少年の品物は口の上手い大人たちによって買いたたかれ、商売としてもまだ若いジュリオでは上手くいっていないと言う。
材料の皮も、信用と顔の繋がらないジュリオでは、現金がないと手に入らず、困窮した末にウルの大剣を盗んでしまったと言うのだった。
妹に聞かれないように、工房で声を潜めてジュリオが話した話は、何処にでもあるコソ泥に手を染める者たちが陥るようなベタな理由だった。
棚に並んでいる革製品の一つをウルは手に取った。
「全く、あんた単純だよ。仕入れのお金が無いからって泥棒しか思いつかなかったの? …………この品物は、あんたが作ったの?」
手に取った皮の小手は、創りも丈夫で表面には美しい文様の焼き鏝があしらわれている。
その他の陳列されている品々も決して陳腐なものでは無い。
使い勝手を考えられたうえに、独特のデザインさえ取り入れられて商品としては十分な物に感じられた。
「妹も病気で金が要るんだ。何とか此の革細工、売れてくれたら仕入れの皮も買えてお金も回るんだけどな」
シュンとした顔で、ウルが装着してみた小手にその手を添えてきた。
何気なく手を重ねたジュリオの温かい手に、ウルはドキリとする。
(なんなのよ、こんな泥棒するような奴、金が無いからって人様のモノを盗む? 妹の薬代が無いからって泥棒するの? 両親がいないからって、お父さんのこのお店をつぶしたくないから?)
歳を聞くと偶然にもウルと同じ歳、十五歳だという。
(助けてくれる身内もなく、たった一人で妹さんを養いながらこの店をやっているの。あんた)
元来が人のいいウルは、少年の身の上が酷く可哀そうに思えてきた。同情する気持ちが芽生えてくる。
眼を閉じて横になった妹を愛しむように、その髪を手ですく様に撫でているジュリオ。
その姿を眺めていると、大剣を盗んだ少年だというのに悪い人間にも思えなくなってしまった。
「その、長椅子を使えばいいよ。材料の毛皮があるから其れを被りなよ」
妹の脇に添い寝するようにベッドにもぐりこんだジュリオを眺めながら、ウルも狼の獣臭い毛皮を被り長椅子に横になった。
市中を走り回ったおかげでぐっすり寝入っていたウルは、朝食の乾燥肉を炙る匂いで起こされた。
二人ともすっかり寝入ってしまって居た為に、だいぶ日も高い。
妹の為に、少しばかりの乾燥肉をおとして柔らかく煮込んだジャガイモのスープをウルも分けて貰う。
(あらっ意外と塩気がきいて悪くないよ)
空腹のウルのお腹に、ジャガイモに塩だけのスープは染み渡った。
その横でジュリオは、固く焼いた肉をかじっている。
粗末な食事を済ますと引き戸の戸締りの為の樫の棒が目についた。
(戸締りの為のつっかえ棒か、木剣はなかったけど、何もないよりはましだよ)
とり返す気の利いた策など若い二人には考えつかない。ウルは、自慢の剣の腕で力任せに挑むつもりだ。
陽も上がり賑やかになった昨日の通りへとやって来た。
道端に荷車を置いて、品物を売っている女がいる。ジュリオが声をかけた。
「なあ、あんた。此処いらで、人相の悪い三人組のヤクザ者知らないか?」
女は悔しそうな顔いろを滲ませる。
「知るも何も毎日売り上げから場所代だと言って、かすめ取りに来るよ! 見守ってやっているから金をよこせって! 天下の往来なのに酷いもんさ」
「この辺りで店を出して商売してる奴らは、少しずつ巻き上げられているよ。あたしらも、規則のうるさい王都の路上で商売している弱みから衛兵に泣きつく訳にもいかない事を分かってやがるんだよ」
立場の弱い露天の商いを食い物にしている事が分かった。
「いつも、潰れたジェロルモ爺さんの八百屋跡を根城にしているから、まだ飲んだくれてその辺りにいるはずさ。近づくんじゃないよ。ナイフを使うのが上手い奴がいて、金を出し惜しんだ男が腕を切られたって聞いたんだよ。おっかないんだ」
治安のいいプラディアで、さらに魔導士のガイアスの擁護の元で暮らしていたウルにとって、そのような理不尽な目になど在った事などなかった。
(酷い話! お金を払わないからって腕を切るなんて、許せないよ)
話に聞いた場所は、ジュリオが隠れていた場所に近くすぐに見つかった。
物陰から様子を伺うと、昨日の三人と腰に短剣を差した男が見える。
「四人か~? ジュリオ、作戦よ。さっき廃屋が入口に有った裏路地で待ち構えているから、一人ずつおびき寄せて来てよ。あんた、足早いでしょ。四人一緒じゃ、さすがに分が悪いわ。…捕まらないでよ」
ウルなりの作戦を立てた様だ。
ウルが去って、しばらく様子を伺うジュリオだったが、朝からグダグダしているだけで、四人の男達が動き出す気配はない。
意を決して、小柄な男目掛けて石を投げつけた。
「いってっ!」油断していた男の額から血がにじむ。
「俺の剣を返せ!」無駄とは思ったが、ジュリオは叫ぶ。
「てめえ‼ 昨日のガキ。よくも石なんかぶつけやがったな! こら」
周りの男たちは、面白い余興でも始まったとばかりに笑いこげる。
「ハハハッ! おめえ、あんなガキに舐められているぞ。いいのか? ほっといて」
昨日はいなかった短剣の男が煽り立てる。他の男達も動きたくないのか、へらへらと笑う。
額に石を受けた男は仲間に笑われて、今まで酔っぱらっていたとは思えない勢いでジュリオに向かってきた。
(おっ ヤベエ、来た来た!)
勢いは見せたものの、夜通し酒に浸っていた男に十五歳の少年ジュリオが掴まるはずもない。
足の速いジュリオは、男が捕まえるのを諦めそうになる度に足を止めて悪態をつく。
「へん、偉そうにしているけど大した事ないな! チンピラの兄ちゃん」
膝に手をついて、息切れを整える男を煽る。
ウルの潜む路地へとまんまと誘い込んできた。
男にとっては、何時もの自分たちの縄張り。通いなれて店主たちから金をせびっている自分の庭に、罠が仕掛けられているとは、露ほどにも考えない。
ジュリオを追って飛びこんできた。
ウルの物陰に潜む横をジュリオが走り抜ける。
追ってくる男。
「チェースッ!!」
刹那、一息に飛び出すと腰だめにした樫の棒を抜刀する勢いで、走ってくる男の膝目掛けて薙ぎ払った。
90話 挿絵入れました。




