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新しいディバックの…住人

 


 樹木の少ない岩山は、対象物の少なさから見えている目的地まで、意外と歩いていくには時間がかかり、途中で水分を取るなど休憩を挟んでの登山となった。


「ふはは 外はサクッと、中の此のくりーむとか言うのかトロリとした濃厚な甘さが舌を包み込んで何とも幸せな気持ちにしてくれるのお~」


 目じりを下げたエリザベートが両手で大事そうにシュークリームを持って在りきたりの食レポを披露してくる。更に大きく口を開いてほおばる。


「うっうーうーうー」


「ほら、水を飲んで! 慌てて食べるとノドにつかえるぞ」


 ハチミツを落とした冷たい水の入ったコップを受け取ると慌ててゴクリと一口飲み干した。

 何時(いつ)の日か、小春がお祝いだと言ってニューヨークから取り寄せていたケーキの残り。残りと言っても小春が自分だけで食べようと残していたものに違いないが、収納役の権限があるだろうと、隼人はそのシュークリームを休息のおやつとして、エリザベートに出してみたのだった。


(やっぱ、ネコにマタタビ、子供にシュークリームだよね。あと犬に骨)


 効果はテキメンで、甘味の少ない此の世界で、ハチミツくらいしか甘いモノを知らなかったベティが、狂喜して喜んでいる。

 隼人への最初のしょっぱい対応からすれば、明らかに当たりがよくなっている。

 その時には、子供の姿のエリザベートの喜ぶ姿に気を許していたのかもしれない。


「こんな岩山に水の湧き出る井戸なんてあるのかい?」


「じゃから、水の精霊が住み着いているからこそ、其処に水が湧き出るんじゃないか。馬鹿なのか? お主」


 隼人の疑問に当然だろと言った顔でベティに罵倒されてしまう。

 休みながらも辿(たど)りついた先は、岩山の中に小さな盆地が広がりそこだけ草木が生い茂り緑が濃く生い茂っている。

 その中央付近に目的の井戸が、平たい岩を井桁に組んで井戸の淵を盛り上げられて造られている。


「此処じゃ」ベティがその井戸を指し示す。

「水の精霊じゃが、少し変わった奴での。お主が好かれるかは、お主の頑張り次第という事だ」


 隼人が、興味深げに井戸の中を淵から身を乗り出して覗いてみる。

 湿った空気と共に、それほど深くない水面に空と隼人の顔が映る。

 井戸の内側には、露を蓄えた苔がびっしりと張り付き湿度の高さが窺える。精霊はと、探すも其れらしい気配も黄色く輝く光の玉もいないようだった。



「留守じゃ、ねえのか?」

「もっと探してみよ」


「いないな」

「其処の釣瓶(つるべ)で、水をくみ上げてみよ」


 ベティに言われて隼人は、傍らのロープのついた桶を井戸の中へと下ろした。

 水面まであと少しと言うところでロープの長さが足りない。

 桶に水を入れようと身を乗り出す。


「もう少しじゃ。桶いっぱいに水をいれるのじゃぞ」


 がんばれと言わんばかりに、傍らでベティが声をかける。


「よし! 入った。上げるぞ」


 思いきり、身を乗り出した体勢に桶いっぱいの水、わずかなバランスのくずれで井戸に落ちそうだ。

 その時、「おっとと、(アタック!)」


 わざとらしい声と共に隼人の腰にベティがぶつかってきた。


「あぶねえっ」


 隼人は、かろうじて片手で井戸の淵で体を支える。そんな時でもつるべのロープは離さない。


「むう、しぶとい!」 ベティは、その支える腕の内側をチョンとついた。

「あっ! バカ」カクンと支える力を失い隼人は井戸の中へと落ちていく。


「ドブン!」僅かに突き出た内壁に偶然にも指が一瞬かかったのか、隼人は、頭から落ちる体勢が入れ替わり井戸の水底へと足から飛び込んだ。


 一瞬の衝撃、さしたる深さもない井戸。驚きが治まると隼人は立ち上がる。不幸中の幸いなのか水の深さは膝上にとどまる。溺れる心配は無さそうだった。すこしの擦り傷、打撲程度。今の隼人にとってはケガのうちにもはいらない。


「いきなり何をするんだよ! いたずらがすぎるぞ! ベティちゃん」


 井戸を覗き込んでニマニマとする童女に腹が立つ。


「精霊魔法の修行じゃよ! 小僧、お主が望んでここまで来たんじゃろ?」


「水の精霊の力を借りて上がってくればよかろ? 力を付けるチャンスじゃ」


 悪戯な童女の悪さに引っ掛かったようで、治まりが付かない隼人。


「いきなり、井戸に落とすこともなかっただろう? 精霊もいないかもしれないじゃないか」


「……いや……いるよ」


「それから、隼人の温存する魔石の魔力はその井戸の中では使わんほうがいいぞな。其処に生えているヒカリゴケは、放出するごとにいくらでも魔力を吸収してしまう。その中では、普段お主が使う魔力は魔法に変換できないからな。無駄じゃ。」

「あくまでも、精霊魔法を使い、精霊の力でそこから上がって来るんじゃ。……あっ 晩御飯に遅れるから先に帰る…んじゃっ!」


 本当かどうか、無責任なことだけ言うと覗き込んでいたベティの顔がフイといなくなった。


「あっ こらっ! 待てって! おーい、冗談じゃないぞー。お前以外誰も、俺が此処にいる事しらないんだからなー…………おーい!」


「…………」


 井戸の底から見上げる風景は、山の美しい碧い空を映すばかり。

 ベティが戻って来る事はなかった。


「冷たい」


 今更ながらに、高地に位置する井戸の水は冷たい。永く留まる事は命を危険にさらす事も同じの様だ。

 ベティの言葉を疑う訳ではなかったが、とりあえず身体強化の魔法と、階段状に盾を出現させて脱出を試みる。

 盾を水平にイメージ、と一瞬現れる。が、拡散するように消えてしまった。

 井戸の内側を形成する石組みは、見事なまでに隙間なく積み上げられている。

 強化した指先でその隙間に突き込むように指を突いてみる。


「…っいって~! くそっほんとかよ! 魔力を使うたびにごっそりと持っていかれる」


 魔力が切れて指先の皮がむける。ケガや体の不調は体内のファージが仕事をしてくれるだろう。

 壁を交互に蹴り上がりながらの脱出を試みる。一回の壁を蹴っただけで、又水に落ちてしまう。


「だめだ、本当に。ベティの言ったとおりだ」


 AIイージー、

(どうも隼人、久しぶり。そのようですね。隼人が自ら魔法を使おうとするほど、魔石の魔力を失っていきます)


(…! 収納とイージーが使えるじゃないか! 俺には、イージーがいるじゃないか。ハハハッ 一瞬あせったぜ)

(イージー、カエル退治で収納した木材が、あったな。梯子(はしご)に構築して出現させてくれ)


 隼人は、ヤレヤレと脱出の手口があった事への安堵の息を吐く。

 AIイージー、

(残念ですが今、其れは出来ますが、出来ません。目的に反しています。精霊魔法の取得という目標があります。私も隼人のスキル向上の邪魔をしたくありません。代わりに水に浸かった体温の低下の対策は任せてください。)


 脱出の手掛かりがついた所で、改めて井戸の中を調べると、地下水の水脈の横穴が水面から20センチほどの空間を残して繋がっている事に気が付いた。


(すこし潜れば行けるか? 潜った先で空間が出来ていないと厳しいな。)


 隼人は、水をたたえる横穴の僅かに上部に残る空間に顔を覗かせては、少しずつ進んでいく。

 少しずつ空間が広がってくるとホールのような場へと出ることが出来た。

 水の量は少なくなり足元の岩の合間を流れていく。


「カサッ!」


 僅かな音と共に隼人の体に黒い長い手足が絡みついてくる。


「うわっ! なんだよ!」


 固い外骨格に産毛の様なものが生えた長い脚。人ほどの大きさの手足の長い虫。それが隼人に絡みついてくる。

 後ろを振り向くと、丸い体から六本の足が隼人を掴み、表情を感じさえない赤い眼玉が、LEDのライトに反射する。その間には、カニの様な口がわしゃわしゃと動き回っている。


「ひやぁ———っ!」


 思わず声が出た。背中に食らいつこうとしているが、ケプラーのジャケットが食いちぎれない。

 その細い脚を掴み振り解く。隼人が振りほどいた拍子に其の足が折れてしまった。

 力は弱く、虫の様なその体も隼人の握力で潰れてしまった。

 足元に落ちた胴体を踏みつぶす。


(脅かすなよ。気持ち悪いな)


「カサッ カサッ カサッ」気が付くと天井や壁に黒い虫がひしめき合っている。

(いつの間に! 集まって)隼人はサバイバルナイフを身構える。

 食べ物の少ない此の洞窟に久しぶりにやって来た獲物にあやかろうと虫たちがひしめき合い押し寄せる。


(イージー! 火だっ! 火炎放射器みたいなモノを出してくれ!)

(松明ていどのモノは出せますが、大量の酸素を消費する放射器は、この狭い環境に適しません。松明とナイフでの殲滅を推奨します)


「チックショーッ!」隼人は、大型のナイフをメクラめっぽう振り回す。

 華奢な虫たちの残骸が、見る間に山の様に積み上がっていく。

 今度は、その残骸に向かって共食いを始めた。

 残骸から離れると、隼人よりも虫の残骸に取りつこうと其れに集まりだした。

 その隙に静かにその場を離れると追ってこなくなった。


(驚いたな。もうこれ以上は出ないでくれよ)


 虫たちの宴をしり目に洞窟を進むと、地底湖とも呼べそうな水面が広がっている。

 白い岩盤にライトが反射すると、水底まで映し出す。濁り一つなく澄みきっている。

 流れ込む水音が洞窟に響いている。

 あまりにもの清らかさに先ほどの騒動で、のどの渇きを覚えた隼人は、手で一口救っては喉を潤した。


(居るんだったら、此の地底湖だよな) (そうですね)



(…ほら、お目当ての者が現れますよ)


「パチャッ…パチャパチャッ!」


 地底湖の中央付近に水が盛り上がると波紋を作り出す。

 仰向けに浮かんだ姿は、透明な水の少女の姿で現れた。

 仰向けの姿のままバタ足で水面を泳いでグルグルと回る。


「…………」


 時々顔をちらりと隼人の方へと向けるが、無表情のまま無言でパチャッパチャッとその場を泳ぎ回っている。


(おいイージー、なんだろうな? 話せないのか?)

(シャイな乙女心でしょう。話しかけてあげてください)


「おーい! 水の精霊なんだろー! 話があるんだよ」


 とりあえず話しかけてみた。

 すると隼人の声を理解したのか水面に寝そべったまま水を跳ね上げると隼人に向って進んでくる。

 その時、水面を割って大きな水しぶきが上がる。泳ぐ精霊を周りの水ごと飲み込んだ。

 勢いあまって空中に躍り出た姿は、体長5mほどの巨大魚だった。

 体高が高く長い体、隼人の知識の中では、リュウグウノツカイを思い起こされた。

 盛大な水しぶきが隼人にも降りかかる。


「うわーっ! バケモノッ! 精霊が食われちまった!」


「…………」


 水面が盛り上がり「パチャッパチャッ!」大魚の立てた荒れる水面を何事もなかったかのようにまた精霊が泳ぎ回る。


「あっ!」


「バッシャーン!!」


 またしても同じように大魚が精霊に襲い掛かり水面へと躍り出る。


「…パチャッ パチャッ…」


 精霊は、また何事もないように泳ぎ回る。


(……遊んでますね)

(そうだな。 魔物相手に遊んでいるな。食われても溢れる水となって流れ出るみたいだな。魚も泳いでいる動くものには、反応しないと気が済まないのかもな)


 捕食しようとする大魚と食われてもすぐに水となって流れ出てくる精霊の遊びとも取れる姿が隼人の前で繰り返される。


(らちが明かねえな)


「バッシャーン!!」


 大魚が躍り出た瞬間、隼人は銛を投げつけた。

 身体強化した体で渾身の力を籠める。

 何時の日か、ジャッファとカエル退治をした時の銛を使う。

 眼の後ろの急所に突き刺さるも大魚の動きは収まらない。


 隼人は、水面で暴れる大魚めがけて盾の魔法を水面に浮かべると、その上を一気に走り寄る。

 昔見たテレビ番組のマグロの神経締めを思い出すと、その大魚の背中に銛を奥深く突き刺していく。


「バッシャ!!」最後の力を振り絞ると大魚は、隼人をその大きな尾びれで跳ね飛ばした。

 岸にまで跳ね飛ばされる隼人。

 息絶えた大魚の魔物は、静かに地底湖の底へと沈んでいった。


 戦いが終わると、音のない静かな世界。

 静寂に包まれる。


(来ますよ)


 イージーの言葉が終わる寸前に水面が大きく持ち上がる。


 水がそのまま人の姿として現れた。水面から盛り上がる上半身だけの水で出来た女の姿。

 頭上から落ちてくる光を受けて人の形の水の向こうに、ただ女の形の影がユラユラと揺れる。


 沈黙に耐えきれなくなった隼人が口を開いた。


「あの~ 水の精霊さん、俺の力になってもらえませんか」

(はあ~我ながら、なんともマヌケナお誘いだ事よ)


「…………」


 返事がない。


「あの~」


 透明だった水の塊に目が現れ見開かれると、隼人にその視線を向ける。


「静かで清涼な鉱山の地底湖で、のんびりと過ごしたいと思って、水脈の繋がらない此の山脈の高地までベティに連れて来てもらったんだが、あてが外れたんよ」


「先ほどの魔物な。うるさくて叶わんかったが、水に生きる命。水の精霊としては、自ら殺生は、少し気が引けての。少し困って負ったの。主のお陰で静かになりました。礼を言いましょう」

 そう言うと水の底に姿を消し、一振りの剣を持って現れた。


「此れを主に褒美として差し上げる。…湖に沈んで居った(つるぎ)じゃが受け取っておくれ」


(そこは、金の斧、銀の斧じゃね~の)

(なに此のボロボロの剣、)


 朱色がかった見た事のない金属で作られた剣は、地底の泥で汚れ、刃は欠け、錆びの様な物まで浮かんでいる。

 刃渡り1メートルほどの幅広でそりの入った片刃の大剣。


 隼人には、ガラクタにしか見えなかったが、精霊の機嫌を損ねないように恭しく頂戴することにした。


 イージー、(謎の金属です。地球上にはありません。マークさんが喜ぶでしょう)


 そして、さらに水底へと消えると隼人が倒した巨大魚を持ってくると、岸へと放り投げた。


「其れも、お主のもの」


「山を下りましょう。わっちに用があってきたのでしょう。余りにも静かな場所にももう飽きた。お主には。なにか面白そうな匂いがする。付き合ってやろうか」


 イージーが水の精霊の周辺の水を収納していく

 上手くいったようだ。

 隼人の脳内に語り掛ける様に、精霊が直接頭の中に語り掛けてきた。


(このような器は初めてです。何もありません。此処はいったい何処でしょう。何も見ることが出来ません)


 隼人の収納に取り込まれた精霊にとっても初めての経験となったようだ。

 収納の中の世界など、隼人にとっても最初に転移して来た時に見たマーマリアの収納袋だけが、そのイメージに合ったのだが。


(イージー、俺の目の視覚情報をこの精霊さんに提供する事は可能か?)

(もちろん、イージーの管理する何でも有りの無限収納です。ファンタジーの世界を此の精霊さんにも教えてあげましょう)


(あっ見えてきました。此れは、あなたが見ている世界なのですね?)


(ああっそういう事、物分かりのいい精霊さんで良かったよ。さてどうやって此処を出ようか? 精霊の魔法というモノを見せてもらえると嬉しいのだが)


 隼人達は、また洞窟を戻り井戸の底へと帰ってきた。


(それでは)

 井戸の中に地下の水脈から水が呼び戻されていく。

 水が立ち上がる。

 隼人を押し上げる。

 足に水が絡むと勢いよく上昇していく。

 あっという間だった。

 水鉄砲のように噴出し、井戸の周りの草地へとそのまま隼人を弾き飛ばしていった。


(あイテテ、井戸に落とされたり、放り上げられたり、エルフも精霊も全く乱暴だよ)


(さて、人族の若者よ。いろんな水の魔法が使えますが、何がお望みか?)


(いや気が変った、今はまだいい。 ああっ俺の名は隼人、隼人と呼んでくれ。精霊さんがいる世界を作っているのは、俺の相棒イージーだ。そいつとも仲良くやってくれ)


(いくぞ!)


 隼人は、全身に魔力を(まと)うと身体の強化を試みる。

 力が湧き出る。しなやかな筋肉が、可動域を広げる。高速思考で動かす体は、通常の何倍もの速度の電気信号を筋肉に命令を伝える。ゆっくりと上がってきた岩山を、今は矢のように駆け下っていく。


(ふふっ 人の体の中から見る風景と言うのも楽しいモノです。此のスピード.躍動感、水の流れに身を任せる自分にとっては新しい発見だわ)


 山を駆け下り、森林を疾走する。隼人達は、小さな泉を見つけた。


「精霊さん、此の泉で別れる事も出来るが、俺たちと一緒に来てもらえるのかい」


(待って! 隼人。あなたの収納の中は面白い。人族の暮らしをあなたの目線で体験したい。隼人と居ると何処へでも行ける。隼人の困難にすぐにでも助けが出来る。隼人の収納にイージーと住まわせてもらう事に決めたわ。)


(まだ、名前を名乗っていなかったわ。 わっちの名前はディーナ。精霊ディナ。(よろ)しくね。隼人)


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