小春…精霊の友だち (挿絵)
一瞬手を伸ばしかけたローザだったが、間に合わず見下ろすローザとオルスタインがどんどん小さくなっていく。
上空約三百メートル、対処できる魔法と言えば身体強化くらいしか思いつかない。そんな時でも小春の脳裏に地面に頭から激突して体半分埋まるマンガチックな想像をしてしまう。緑のジャージの小春が足を開いて地面に突き刺さる画像が脳裏に一瞬うかぶ。
(だめ~! そんな恰好で死ぬなんて我が人生に悔いだらけだよ)
(…誰かー! 助けて~っ!)
思わず心に念じる。
(ピコン!!) 「オイラの助けがいるんだろ?」
同時に二つの声が頭の中に響いてくる。
(〇月〇日AM6時35分03秒、小春ちゃん内情報端末AIとして起動開始! 現処理能力60%を持って思考スピードのみ100倍に振り分けます。落下墜落まで後6.35秒)
それとは別に、小さな赤いトカゲが炎の羽を生やして落下する小春の目の前に現れた。
「誰だよ! 邪魔をするなよ。オイラにこの子は助けを求めたんだぜ。オイラと契約しろ。早く」
考えは、目まぐるしく情報に対処しようとする。それとは裏腹に白昼夢でも見ているかのように、体は動かない。いや動いてはいる。それは考えに体がついてこなくてスローモーションの世界に居る様な感覚だった。
端末AI
(現.小春ちゃんの能力において最適の落下墜落激突の対策、1.身体強化、2.ファイヤーボールを打ちだすイメージを空気弾に変更しその反動により落下スピードの減少 3.落下地点に土魔法を構築、傾斜角の付いた滑り台上の斜面をつくりベクトルの変化にて衝撃吸収。以上推奨します。落下墜落まで後5.27秒)
紅いトカゲ(イムフリート)、
「オイラとの契約で炎の翼を与える。どうする女の子? 早く!!」
小春は、動かない体を必死に動かそうと試みる。実際にはそれは短い時間の中で一瞬に目にも止まらない動きだった。
「あっ!」突き出した小春の手の中に掴まれたイムフリートがいる。
小春の魔力の影響か、トカゲになったままの実体の姿が解除できない。
「契約などではない! あたしの家来になるのよ。 お友達でもいいよ。でないと……グググウッ」
端末AI、「残り4.78秒」
小春は、残りの片手を地面に向けるとファイヤーボールのイメージを空気の塊を打つイメージに変換する。そして打つ! 打つ! 打つ!
「ダム! ダム! ダーン!」
其処までについた落下のスピードが減少する。さらにやった事の無い土魔法の構築をイメージしようと落下地点を小春は見た。
其処には、秋の訪れを喜ぶかのようなリンドウの花畑が広がっていた。
上空から、時間を大きく引き伸ばして眺めるその一帯には碧いリンドウの花々が辺りを埋め尽くしている。
(……だめ…)
小春は土魔法の構築を諦めた。代わりに身体強化に力を加え、着地の瞬間に空気弾を打つ事に集中する。
端末AI,「残り4.18秒」
その時地上から、小春たちがオルスタインに乗って大空へと舞い上がった時からその戦闘を眺めていたガルフをはじめ一行が、小春が落ちてくる様に気が付いていた。
「まずい! マヌー! 小春殿を頼む!!」
「ガオッ!」(オオヨッ!)
子猫の姿だったマヌーだったが、走り出すと一気に4メートルもの巨獣へと変化する。盛り上がる筋肉がしなやかに動き一気に加速する。辺りには碧い花びらが舞い上がる。
(ふむ? おかしい。森の覇者である此の儂が、こんなにも必死になって小娘を助けようとしているのだ? 森の王たるこの儂が子猫の真似事までして、いつの間にか付き従っている。覇者としての威厳はどうした? 誰もがこの姿に恐れ慄いていたではないか?…………フフッ… それがどうしたというのだ。威厳がなんだ。恐れられたとて何になる。)
小春やウルにジャーキーを貰ったり、ガマの穂で猫じゃらしよろしく遊んでもらったり、そんな何でもない事が楽しく感じている。そんな何でもない日常が大切なことに思えていた。それは、かってのマヌーの主、巨人の女との暮らしの中で与えられた温かな気持ちだった。今は其れがある。其の為にもこの娘を助ける。落ちてくるのは、小さな小春ではなく、マヌーに与える大きな温かい思いだった。
落ちる小春を見上げ、さらにスピードを上げる。
小春に掴まれたイムフリートは、地上を膨大な魔力を伴った黄色地に黒い縞模様の巨獣が走り込んでくるのに気が付いた。
「おい! 女の子、魔物が落ちてくるところを狙ってくるぞ! おいらと契約しろ! 死にたいのか」
実体を現わしている自分もろとも、大虎の餌食になりそうでイムフリートも焦る。
端末AI、「残り2.13秒」
「うわっ! 来た。飛び上がってきた」
「あれ、マヌーちゃん! お迎えだよ! やったね」
「ガオー!」落ちてくる小春目掛けて地を蹴り飛び上がった。
現代の虎でさえ5mもの木の上の猿を狙って跳躍するという。4メートルの体躯を誇る魔物のマヌーは、それを遥かに超越して、しなやかな体を空中に躍らせると20メートルものジャンプを見せて小春たちをその背中に受け止めた。
戦いの時以外では、美しくやわらかな毛並み、小春はそのふわふわの毛並みに埋もれる、強靭でしなやかな肢体が柔らかく着地する。
マヌーから降りたった小春が大虎の顔をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「ぐっジョブだよ! マヌーちゃん。可愛いだけじゃなかったんだねえ」
いや、小春ヨ。こちらの方がマヌーの本来の力だろうに。
マヌーも嬉しそうに小春の顔を大きな舌でべろりと嘗め回した。
端末AI、「大虎の想定外の行動により、さらに安全に着地出来たようです。この大虎の小春ちゃんへの忠誠心、行動思考が新たに入力されます」
「グーウ、ゴロゴロ」
小春は、片手でマヌーの喉元を撫でまわす。堪らず、マヌーが目を細めた。
紅い鱗の赤い眼のイムフリートの眼差しが大きく見開かれる。
「なんて、面白い女の子だい。この魔物を従えているのかい? それならオイラとも友達になろうよ! オイラは、火の精霊、炎の大精霊イムフリートとも呼ばれている。」
「ふーん? 赤トカゲじゃないのオ~? 精霊~? この小さなトカゲが~? ホントにい~?」
小春は、疑わしそうに左に目を寄せると猜疑心丸出しでイムフリートを眺める。(こんな、ちっちゃな赤いトカゲが大精霊なんてだいぶ見栄をはったもんだねええ~。フオッホホホ)
契約でなくても友達でもいい。
イムフリートは、この不思議な少女が気にいってしまった。
「このトカゲの姿は、人族の目に映るためにわざわざ姿を現しているだけさ。女の子の君に気付いてもらいたいから姿を現しているんだぜ。普段ならせいぜい淡い光にでも見えるんだろう」
「ふーん、何ができるの? さっきは、翼を授けるとか言ってなかった?」
小春は、やっと掴んでいた手を開くとイムフリートを自由にした。
よく見ると、鱗は赤くキラキラと輝き、その大きな眼はルビーのように深い輝きを放っている。
「あたしの前では、なるべくそのきれいなトカゲの姿でいてね。よし! 今日から大精霊イムフリート、我が天空の魔女小春の友とする。楽しい事一緒にさがそ~。名前は、長いからイムちゃんでいいね」
イムフリートに小春との友としての契りが生まれた。
掌に乗るイムフリートの背中に二つの小さな炎があがると其れは翼の形に変え羽ばたく。見た目は炎の様だが、熱くもなければ、近くの物に燃え移る事もない。不思議な炎だ。
「小春は、もうイムフリートの友達だ。翼を念じるだけで同じように空を飛べる。もう先ほどのように大空を恐れる必要なんてないんだ。」
「さあ、今度は自分の力でこの空に舞い上がろう。行こう。あのワイバーンに用事があったんだろう」
ボウッと小春の背に透明に近い黄色い炎が沸き立つ。熱くはない。ジャージも燃えもしない。
半信半疑ながら、小春は上空を眺める。そこには、トマスと戦うオルスタインとローザの姿があった。
「おっ いっけね~ 一瞬だったけど忘れていたよ。なんかあのワイバーン美味しくなさそうだから、もうどうでもいいんだけどねえ。臭いし。まあ、天空の魔女を名乗っているからには、臭い者をほおって置くのも駄目だよね」
行くんだろうと、イムフリートが目で合図すると先に羽ばたいた。
小春もためらわず、此の炎の翼で飛ぶことが当たり前のように大地を蹴って見る。
すべてはイメージ。其の根底を持って自在に翼を使う。自在に飛ぶ鳥のように、一番の願いは美しいハヤブサのように上昇気流を掴み舞い上がる、空気を切り裂きスピードに乗る。
あっという間に、オルスタインの側までやって来た。
「おうっ 小娘! 飛べるようになったのか? 此の間もない時間で?」
大丈夫だろうとは、タカをくくっていたローザだったが、ほんの数分で舞い戻ってくるなど思いもしなかった。
話しかける間にも、トマスのワイバーンが衝撃波を放ちながら襲ってくる。
オルスタインも、翼から発せる空塊の塊で対抗する。押しこみながらも近づいた所をローザの黒槍がワイバーンを一閃切り裂いた。一瞬、顔をしかめるトマス。しかしその腐った体は、元々が死体であった。死体が動く様にベベルの死霊術が使われている。切り裂いた箇所は、あっという間につながり何事もなかったかのように空中に浮かぶ。
「フフフッ 効かぬな! ベベル様の死霊術にて蘇ったこの体、いくらでも復活するのだ! 邪気を纏う面妖な黒馬と騎士よ。たった今貴様らを倒し、その邪にまみえるその姿、ワシが代わりに手に入れてやる」
ローザの黒槍の巻き添えを食らわないように間を取った小春に、ハゲワシの群れが襲い掛かる。
「炎の奥義を教えてあげるよ」
まるで其処が戦いの場でも無い様に、イムフリートが小春に語り掛ける。
「小春の願いは、すでに聞き入れた。炎の精霊イムフリートの業火に焼かれよ」
「友達小春、好きな様に我の炎を使うといいよ。其の詠唱に見合った炎を出してあげるよ」
小春の瞳に悪い輝きが増す。
「それでは……我の両手に立ち上る十本の炎の蛇たちよ、この大空を舞い、向かい来る仇なす的を何処までも追い詰め巻きつき焼き殺せ。其の灼熱で黒いチリ一つ残すな! 行けっ」
小春が、恰好をつけてクロスさせた両手の指先それぞれから、紅い舌をチロチロと出す炎のヘビが生まれると、其れを放つかのように辺りに向かい一気に両手を広げた。
小春のファイヤーボールでは、直線にしか動かなかったそれが、此の蛇たちはくねくねと自在に目標のハゲワシたち一羽一羽に向かい追いかけだした。
追い付いて巻きつくと同時に炎が上がる。鳴き声一つ上げる間もなく、紅い炎は色を変え、小春の望み通り青白い高温の炎に姿を変える。其の後には煤一つ残さずに焼き尽くしてしまう。それぞれのヘビの動きは早く、次々とハゲワシの群れが焼失していく。
最初の小春のファイヤーボールで、楽に躱していたハゲワシたちもあっという間にその姿を消し去ってしまった。
「くっくそお! 俺様のかわいいハゲワシたちをよくも焼き殺してくれたな」
次々と消えていくハゲワシを横目で睨みながら、トマスが毒づく。
小春は近くに寄ってきたイムフリートの頭をなでると、
「すごいよ! ほんとに炎の精霊だったんだねえ。次はあいつだよ。特大の奴、ぶちかませちゃって」
小春はトマスに向かい、半身に体を向けると右の拳を突き上げた。
「炎の大精霊イムフリートの名を借りて、仮初の邪なるワイバーンなど焼き殺す三つの頭を持つ炎の大蛇よ。姿を現わせ。禍々(まがまが)しきワイバーンなど朝陽に浄化されるべし、太陽のごとく浄化の化身よ。出でよ」
小春の付きだした腕から剥がれ落ちる様に其れは現れた。
全体は、すでに青白い炎を纏い。その三つの頭自体は、明るさで白く輝いていて見えもしない。時々舌でも出しているのかその輝きが伸びては縮んだりを繰り返している。
ワーバーンを巻き取るにも十分な巨体を見せつける。
ハゲワシが太刀打ちできなかった所を見ていたトマスは、その巨大な炎のヘビを見るなり、背中を向けると大きく羽ばたいた。
「くっ あんなバケモノのヘビなど相手にしていられるか! 逃げるも戦略の一つよ。」
飛び去ろうとするワイバーン。しかしその巨体にして、炎のヘビの動きは素早かった。あっという間にトマスに絡みつく。腐った肉汁はあっという間に蒸発していく。左右の頭がそれぞれの前にあるワイバーンの羽を食らいだした。締め付ける胴体もほぼ焼き尽くされかけている。そしてトマスの頭を真ん中のヘビが大口を開けると炎の中に飲み込んでいく。
大ヘビの口の中から、一瞬顔を覗かせたトマスが喚く。「俺様は、不死身!! 必ずや戻って来るぞ! 待って居ろジャッファ」
巻きついた体の合間から滴ろうとする液体も落ちる寸前に蒸発していく。
そしてワイバーンの消失と共に巻きついていた大蛇も「スーとっ」姿を消していく。
今は、騒がしかったハゲワシも一羽もいない。
頭だけで生き残っていたトマスも腐ったワイバーン共々焼き尽くされてしまった。
朝の太陽に今更に、眩しさをおぼえたのか黒馬とローザがガルフ達の元へと戻っていく。
上空に佇む小春に眩しい朝陽が当たる。
小春の指先に大精霊イムフリートがとまる。そのつるりとした頭を小春の指先が撫でると、嬉しそうにその赤いルビーの目を細めた。




