ローザの…恋の行方?
日中の熱さも和らぎ、夏の夕暮れ。
鈴虫の声にも似た虫の声が、軽やかに草むらの中から美しい音色を響かせている。
ソルが、数日続いたキャンプ地で我が柄を得たりと、竈に作った石の中で、薪を燃やし始めた。
鍋を火にかけ、ジャガ芋を放り込む。
ウルは、ガルフが捌いたワイバーンのもも肉と玉ねぎを交互に串にさしている。
その穏やかな夕餉の支度とは裏腹に、少し離れた黒馬の近くで、ローザと知り合いなのか、男が深刻な顔で話し合っていた。
「ああっ やはりあなたは、エル様! いえ今はエルモ.エンツォ.フォン.コートジオール伯爵様とお呼びすれば? お家の事情で継がねばならないと私の前から消えて何年たつのでしょう? よもや、お忘れでは?」
「あなた様と契りを結んだローザ.エアハルトでございます。どうして此処へ?」
「…………」
「えっ!? …いや…あれっ?……おおおっ 忘れるはずもなかろう、ローザ。」
「ローザ.エアハルト、私の中では、君だけが何時も輝きを放っているんだ。寝ては、夢見てその美しき裸体をだきよせ、起きては、夢で有ったかと都で別れたことを悔い、涙する日が幾年続いた事か。」
「離れていても、私の心は君から離れることはなかったよ。いつでも強く君の事を抱きしめる事だけを求めていたよ。愛しのローザよ。」
ローザの顔に紅が差し、落ちかけていた夕陽がその顔を照らす。
「まあっ! 私の大いなる勘違いでございました。私の事をそれほどまでに気にかけていただいていたなど、少しも疑っていた私目の罪深きことをお許しくださいませ。」
ローザは、海千山千の男の軽口にまんまとほどされ、顔を赤らめると、つい側の黒馬の首筋に手を回した。
途端、
「ギン!」
と黒馬の邪気が流れ込んでくる。
黒馬の目が朱に染まると、伝染するように甘言に浮ついていたローザの紺碧の瞳は消し飛び、赤い炎を宿した。
男に背を向けると、ひらりとオルスタインの背に飛び乗る。
翼を広げないまでも、辺りにはキャンプで寛ぐ皆を包むように黒い羽根が舞い散った。
夕闇が一気に進み、闇の時となる。
美しく輝いていたブロンドは、赤い炎が沸き立つように舞い上がりユラユラと天を突く。
口は、大きく耳の近くまで裂け、その眼は見開かれ、何者をも射抜かんと眼光を放つ。
「ふふふっ アハハハッ! エルモよ、我の名はローザ。生ける魂は、恐怖の淵に沈め、闇に輝く紅一輪のバラ。」
「美しきは我一人、無像の花は泥に沈めよ! 我の美しさに目を奪われし只一匹の雄としてエルモよ、此のこの手に口づけをするがいい。」
黒馬の上から、ズイと覗き込むように男に顔を寄せる。
「さあ、我の愛の使途となれ。この手に口づけを許そう」
かってのローザからのあまりにもの変貌ぶりに男は、腰が引けた。
小春は、それをしり目に黒馬とローザの背後にそっと回った。
何処から取り出したのか、手には画用紙でできた巨大なハリセン。
「ばっちーん!」
盛大に派手な音が鳴り響く。
飛び上がった小春が、ローザの脳天目掛けて其れを振り下ろした。
「あっ! あれ」
それは、まさに邪の淵に沈まんとするローザの魂を、あたかも夜店の金魚すくいのポイで強引にすくうと水面まで一気に持ち上げる。
さらに、暮れかけていた夕闇を突き抜け、はるか上空の青空の残る澄んだ大気へと放り投げてしまった。
「ぽいっ」
馬からローザが転げ落ちる。
黒馬もまた、いつもの澄んだ瞳を覗かせる。
はっとしたローザが、何が起きたのかと目を瞬かせて辺りをきょろきょろとしている。
小春は、手にしたハリセンを見つめると、
「おーっ さっすが、昭和の伝説のお笑いトリオのハリセン。すべての邪気をお笑いに変えてくれる。すっごいねえ~。」
そう言うと、ローザを放置して皆の所へと戻っていった。
「…………」
「…………」
「…えーと、……ローザさん、私は家業の仕事を推し進めるうえで、此のエルフさんの郷、大森林へと向かわなければならない。どうやらまだ、私たちが結ばれるには時期尚早。お互いに成し遂げねばならぬ大義を忘れまい。ローザも、その小春殿に仕え、その騎士道に精進すべし、との神の訓示でありましょう。」
「何時の日か、求めあう二人、必ずや我が領地へと向かい入れる日もきましょう。その日まで、涙を呑んでこんにちは、別れましょうぞ」
そう、適当なことを言うと男は、ローザから離れていく。
その顔は、げっそりとヤツレテ見えた。
隼人達は、なにか面白い茶番でも見る様に、冷めた目でそれを眺めていた。
やっと終わったかと改めて焚火の油の滴る串へと目を戻した。
ガルフが声をあげる。
「おーい 晩飯だ! 集まってこい」
男が隼人の隣に座る。
「…………」
ローザが言った男の名前に隼人は、興味をおぼえた。
なぜか、小春たち一行の宿営地までジャッファの転移魔法で一緒に着たこの男。
アノ時の光景を思い出す、その軽口を。
「まあ、美しいお嬢さんだなんて!」
エレナが、手を添え頬を紅く染める。
ひとしきり持ち上げ、ほめちぎる男。
執事風の身なりの整った老人が近づいてくる。
「御館様、おなごに声をかけるのは、結構なことでございます。さすればこの女人の身元の確かなものなれば、すぐにでも身を固め、輿入れの準備でも致しましょう。」
「いっ いやセバスよ。こちらのご婦人は大森林のエルフ様。我が領地との交易に一役買って貰おうと声をかけておるのだ。無礼な物言いは失礼だよ」
ジャッファに向き直る。
「お前は、大森林に村を構えたジャッファだな? いずれは交易を持とうと考えていた。(おいっ 転移ができるんだろう? この場を離れてくれ。頼む)」
老人に聞こえないようにこっそりとジャッファに耳打ちをする。
エレナが聞こえたのか、
「ジャッファさん、いいでしょう。私の村との交易も広がりが出来れば上々、何処の領地かまだ分かりませんが、話を進めるのも一つです。いきましょう」
老人を除いて、転移の輪が巻き起こる。
おいて行かれた老人が追いすがる様に声をかけてくる。
「あっ御館様、まつり事をどうするおつもりか? 長旅など叶いませんぞ~」
男が消えながら声をかける。
「すまんな、セバスよ。やることが出来た。当分は影を頼むぞ。」
老人を残して隼人たち一行は、こうして小春たちの元へと帰って来ていた。
老人の言葉から、どこかの小さな領地を持つお気楽な弱小貴族と考えていた。
しかし、先ほどのローザの発した名前に聞き覚えがあった。
プラディアのガイアスの屋敷で聞き覚えた名前。
隣に座る男に改めて誰何する。
「痴話げんかは済んだ様だが、ところであんたいったい誰なんだ?」
「ああ、少し恥ずかしい所を見せてしまった。ローザは古い友人なんだ。まだ名乗っていなかったな。迷惑を掛けているなジャッファよ。それから、異世界からの訪問者、隼人。お前の父親ガイアスは、私の友人だ。」
「エルモ.エンツォ.フォン.コートジオール。お前たちの屋敷のあるプラディアのコートジオール領の領主をやっている。」
「ええっ」 「はあっ」
「此処では、爵位は気にせず只のエルって気楽に呼んでくれ! よろしくな。」
だんだんと、匂わせてきていた事とは言え、此の軽薄な優男が、武勇を誇る辺境の地の伯爵、エルモ.エンツォ.フォン.コートジオールだった。




