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ローザ…闇なる覚醒

 其の頃、小春たちはエレナ達が戻るまで宿営地を動かずに止まり続けていた。

 今夜もまた、静かな退屈な夜が更けていく。

 エレナのいない寝袋で、小春はマヌーを抱いてイビキをかいて寝込んでいる。


 隣で寝ているガルフが、静かに目を開いた。


「…………」


(おいっ……マヌーよ、気が付いておるのだろう? そろそろ儂らの出番のようじゃ。寝袋から出てきたらどうだ)


 マヌーが、子猫の姿でひょこりと寝袋から顔を(のぞ)かせた。


(フンッ、ワシが気付かなんだと思うでか? 百匹ほどの狼の群れのようだ。特異種の魔物に変わったバケモノも交じっておるわ…………さあ、寝るぞ!…………)


(いや、寝るんじゃない! わしとお主で討伐して来ようぞ。)


 マヌーが、眠たげに欠伸をしながら顔を出す。


(ワシの感知は、おぬしら亜人の何倍も広く深く感じておるぞ。狼どもの狙いは、あのユニコーンよ。ただの馬とみくびって狙いを定めておるわ。あの黒馬も、戦いの生贄(いけにえ)が現れたと、喜んでいるのを感じるわ。)


 体を起こしていたガルフがコテンと横になり、マヌーを眺めながら念話を飛ばす。


(そうか…あの黒馬オルスタインの力を見るのも一興(いっきょう)、様子を見るか。)


 マヌー、


(フフッ 邪神の眷属ユニコーン! あんな魔物まで引き付けるとは、この小春、とんでもない強いさだめの持ち主よ。森の支配者のこのワシがすっかりと此の娘の(とりこ)とはな。この小春が、窮地にでも陥るようなことにでもなれば、あの恐ろしいお方が怒るのは間違いない。)


(…………ワシの命などゴマ粒のように消し飛ぶぞ…………)


(巨人族の血が絶えてから二百年。この娘が、新しい眷属となる日を、成長するのを見守っておられる(ふし)がある。巨人の力を存分に使えるのは女の巨人のみ、永いこと待たれた女の子の巨人族じゃ。)


(与えられる限りの加護を感じる。それでなくてもこの娘、異世界からの不思議な力を持ち込んでいる。ワシの養い親の巨人の女以上の力をふんだんに使いよる。)


 ガルフが顔をあげる。


(そうだな。あの奇天烈(きてれつ)な姿からのワシへの強力無比の加護の与え方と言い、まるで聖女か神のごとし振るまいよ)


(折られたドゥランダルフも、何事もなかったかのように帰ってきたわ)


(眷属の巨人へと成長するあの子を守るのが、ワシらの運命と与えられたのかもしれんな。マヌーよ。)


 マヌーが顔を出す。


(フンッ! …知った事か! ワシは…この娘が好きなだけじゃ!…………面白いから此処にいるんじゃ!)


(フッ そうか、そうだな。 ワシも一緒だ。この娘と一緒にいると面白いことばかりだ。)



(おい! オルスタインが動き出したぞ)






「ブルルルッ」(おいっ! 起きろ!)


 小春たちのテントから離れたところで横になっていた黒馬は、その腹に寄りかかって眠るローザを鼻息で起こした。


「フハックション!!」


 黒馬の鼻息で首筋をくすぐられて、ローザは少しの寒気を感じて目が覚めた。


「もう、まだ暗いじゃないの。明るくなったら起こしてよ、オルスタイン…」


 ぶつぶつ言いながら、又寝ようとする。

 そんなローザの傾けかけた頭を無視して、黒馬オルスタインはスックと立ち上がった。


「あいたっ」


 立ち上がったオルスタインに邪気なる魔素が集まってくる。

 星明りに瞬いていた夜が、墨を流したかのような漆黒へと姿を変えていく。


 異様な様子に、さすがに気が付いたローザが立ち上がり、オルスタインの首筋に手を掛ける。


 そのとたんに周囲の気配が、ローザに流れ込んできた。

 命を脅かす、首筋に感じる痛いほどの敵意。


 気付けば、周囲の暗がりに獣の気配。

 僅かに赤い双眼も、ちらほらと見える。


「なに! ケモノ、狼!」


 更に意識を澄ませば、すっかりとたくさんの狼に取り囲まれていた。


「ブアッサッ」「ズバアアーアー」


 黒馬の触覚が飛び出し、漆黒の周囲を覆うように黒い羽根があたりに広がる。


「ヒヒン」(乗れッ!)


 ローザの意識にオルスタインの言葉が流れ込んでくる。


 その銀のたてがみを掴むと迷わずに飛び乗った。


「ハッ! …………蒸着…」


 思い出したかのように、静かにローザの声が響く。


 手元に采配が落ちてくる。

 赤いマントに、腰にはいつの間にかミスリルのサーベル。

 僅かに、月の光が白銀に光を当てた。


 今までに、これほどまでの狼の群れに囲まれた事はなかった。

 これまでのローザなら、暗闇でたった一人で獣の群れに囲まれたならば、それは絶望でしかなく恐怖に打ち震えていたであろう。


 しかし、今は暴力的なまでに力を股の下から伝えてくる黒馬がいる。

 小春から与えられた派手な防具もなぜか、打ち破れるはずの無い安心感を与えてくれる。


 (うま)そうな黒馬と一人の女、只の肉の獲物と目標を定めていた者たちが、邪気を漂わせ、ユニコーンへと変化をみせるも、腹をすかせた狼の群れには、それを諦めるという選択はなかったようだ。


 一匹が、堪らずに唸りをあげて飛び出してくる。

 すると次々に先兵の狼たちが、黒馬とローザへと飛び掛かってきた。


「バンッ!」


 狼たちには、見えていなかったのだろうか。

 黒馬を囲うように薄い朱色の空気の塊が取り囲んでいた。

 黒馬にたどり着く前に、その障壁にとぶつかり、弾かれてたたらを踏んだ。


 黒馬が、右の羽を大きく振るうと、突風が巻いて狼たちを救い上げ地面へと叩きつける。


「ブルルルッ」


 跳ね飛ばされた狼たちの間をぬって、オルスタインが走り出した。


「あっわわわわっ!」


 防具は付けたものの、ローザは走り出した黒馬のたてがみと手綱に必死でしがみついた。

 青く澄んでいたオルスタインの瞳にだんだんと狂気が浮かんでくる。

 それは、赤く染まり殺戮(さつりく)を望む。


 ローザの蒸着した肩パッドから伸びる襟が、口元を覆うように閉じてくる。

 鼻と口を覆われたローザは息が出来なくなり、外そうと()()くもキッチリと締め上げる様にその口元を(おお)っている。


 走るオルスタインの上で、そのまま気を失ってしまった。

 馬の首筋にもたれかかるようにうずくまる。


「…………―ザ …………ローザ…」


 遠い意識の中で、何者かが甘く囁いた言葉を聞いたような気がしてローザは、意識を手放した。


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