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隼人と…ジャッファ



「ジャッファ様の農園なら、あたしが行った事がある。案内できるよ」



森で採れるものと農作物と交換してもらうために、何度もジャッファの暮らす村へ交易に行った事があるという。隼人は、アーニャをロバに乗せジャッファを取り込むためにジャッファが、開いたという農園へと向かう。


(親父の弟子だったという男ジャッファか、……どんな男だろう。俺とたいして年は離れていないと聞くが、農園を開いて人を集めるなど、なかなかの人物なのかもしれない)


ロバの手綱を隼人は引く。ふと、リタを乗せて歩いたあの楽しかった日が脳裏に浮かぶ。捲れた貫頭衣からのぞく健康的な足が目の端にちらついて、あの時は気になってしょうがなかった。今、眼の端に映る、皮草履を編み上げに履いた小さな足。見上げるとアーニャが小首を傾げて隼人を不思議そうに見た。


「どうした? 隼人」


「いや、何でもない。まだ大夫、遠いのか?」


ごまかす様に隼人は話を振って、無理矢理笑顔を見せた。

その時、木々の合間から白い綿毛がいくつも飛んで来るのが見えた。


「わーい、なんだろう。おもしろーい」


無邪気にアーニャが、ロバの上から飛び去る綿毛を掴もうとする。


「この林の向こうから飛んで来るみたいだ。行ってみよう」


隼人たちが、歩いていた道もアーニャ達獣人たちしか通らないような細い道だった。


木々を掻き分けて、開けた草地に出た。

其処には辺り一面、白い綿毛をつけた背の高い植物が生い茂り盛んに綿毛を風に飛ばしている幻想的な風景が広がっていた。隼人は、その植物に見覚えがあった。日本では、見ることはなかったが興味が沸いて調べた事がある。


「綿花だ。俺たちの世界の綿花に似ている。アーニャ、此れがなにか分かるか?」


「 綿毛? 知らない、始めて見たよ」


「綿の服を持っていないか? 貫頭衣は、麻みたいだが。そういえば綿の服は、金持ちや、親父くらいしか着ていなかったみたいだな」


「うん、綿の服は南の国アルタラスからの交易でしか入ってこないんだよ。でも国の仲が悪いからなかなか手に入らないんだよ」


アルタラスの国境に接しているこのコートジオール領にも僅かだが綿花が自生している事を此処の国の人々は知らないらしい。又、綿の服が此の綿花から作られている事もアルタラス国の情報統制にでも引っ掛かっているのか知られていないようだった。隼人は、一面の綿花の花畑を眺める。

其処は、誰かの手が入ったとは思えない。ほかの植物の混成した明らかな綿花の自生地だった。


「アーニャ! この白い綿毛を摘めるだけ摘んでくれ。此れは良い手土産になる」


隼人は、詰めるだけの綿毛をアーニャと共に集める。


(糸の製造方法はイージーに任せて、此れから糸を取り出す簡単な糸巻き機も教えてやる必要があるな)


「アーニャ、此の場所を覚えていてくれ。後でジャッファに教えてやる」


(親父は公爵貴族を叩くと言えば、貴族嫌いの男だから一も二もなく協力してくれるだろうとは言ったが、タダで無償でと言う訳にもいかないよな。うまい具合に手土産が出来そうだ)


其れから、村への道のりに休みを二回ほど入れてジャッファの創った村へと辿り着いた。


村の周囲は、掘り起こした木の根をバリケード代わりに簡単な冊が周囲を覆っている。掘り出された木の根には(とげ)()(いばら)の蔦がはい回り魔物や野獣から小さな村を守っていた。門番もいない狭い入口を入ると、丁寧に耕された畑が広がっている。


「此処は、最初行く当てのないスラムの子供たちをジャッファ様が引き取って創った村なんだ。今ではプラディアで仕事のない大人たちも、此処に住み着いて作物を作っているんだよ。大森林は、ローデン王国でもコートジオール辺境にも属さないから自分たちで魔物達から身を守らないといけないけど。ジャッファ様は強いから、此の辺りは安心だよ。」

アーニャは、自分の村のように自慢する。


(ほう、すごいな。まだ二十歳にも満たない男が、此れだけの土地を切り開いて、人々を養っているのか。魔法使いというのは、力のある者達なんだな)


冊の中にある畑で働いている人々も十人程度は見て取れる。森に狩りにいったり、他の作業をして居る者たちもいるのだろう。三十人ほどの開拓の村と聞いていた。畑で働く人々を見ると、確かに子供の姿が多いように見える。



川沿いを崖に向かっていると、対するように歩いてくる男が見える。


「アッ ジャッファ様だ」


質素な貫頭衣に皮のサンダルを編み上げに履いた男。

痩せて浅黒い姿に筋肉は引き締まり、しなやかな動きにも鋼の様相を見せる。

其れは、まるで隼人をいつか襲ったクーガーを思い起させた。


(この男か)


隼人達から、離れたところで立ち止まる。

(ざん)バラに伸びた髪の合間から、隼人を見定める様に鋭い眼光を投げかけてきた。


「アーニャか、そのロバはリタのだろう。其の男は?」


隼人を無視してアーニャに問いかけた。


「ジャッファ様、リタが大変なの。あたしの村が、襲われた所を此の隼人達とリタが助けてくれたんだけど、リタが怪我をしてしまったの」


「隼人だ。リタの怪我は俺たちが面倒を見ている。ただの容態ではない。その事でも話がしたい」


ジャッファの顔が、みるみる険悪になってくる。見たこともない男に弟子のリタが関わって大けがをしていると言う。


「……いいだろう。話を聞こう。付いて来い」




崖に沿って付いていくと、岩肌だと思っていた所がいきなり捲りあげられた。

カモフラージュされた入口から、女が顔を覗かせる。


「あら、お客さん? アーニャじゃない。いらっしゃい」


ジャッファや隼人の重たい雰囲気にも関わらず、女がにこやかに出迎えた。

アーニャが知り合いらしい女にぺこりと頭を下げる。


「ミランヌ姉さん、こんにちは。リタの事でお話があるの」


アーニャの神妙な様子にやっと女も問題事が起こった事を察した様子で、黙ってジャッファをはじめ皆を迎え入れた。

隼人が、洞窟に足を踏み入れる。


其処は、外からのイメージと違い洞窟を掘って創ったとは思えない。ざらついた岩肌と違い、床も壁も磨かれたようだ。壁に埋め込まれた魔石の照明が、光を反射する。天上は丸く、トンネル状にきれいにくりぬかれ奥行きの先もいくつかの部屋に分かれているようだ。


入口に近い空間に置かれた小さなテーブルを挟んで、床に植物で編んだ敷物の上にジャッファが座る。対面するように座を勧められた。


「まず、お前は何者だ。リタとの関係を聞こうか」


リタが怪我をしたと聞いたジャッファが、問題がこの男に有るのなら許さんぞとばかりに眉間に顔の表情を現し、冷たい声で問いかける。


「ああ、最初から話そう。底なし沼に足を取られて動けないところをリタに助けられたのが最初だ。それからリタに助けてもらった礼儀を返すためにこの村に向かっていた」

「其処にこの娘アーニャの村の危機だとの知らせを受けてリタと俺たち、今はいないが俺の相棒を含めて四人で村を占拠していたローデン国の兵隊どもを殲滅(せんめつ)したんだ」

「だが最後に現れた魔術師、たしかベベルと言ったか、そいつにリタをやられた。腕を切られて、毒を盛られて今も意識がない」


隼人は、今までの経緯(いきさつ)を一気にしゃべった。


そこまで聞いてジャッファの両眼が見開かれた。


「なに! 意識もないのか、今どこにいる。リタは大事な俺の弟子だぞ。なぜそんな無茶な戦いに巻き込んだ」


「すまない。村人が殺されて猶予がなかった。リタを守れなかったのは、俺の責任だ」


隼人は、リタの師匠でもあるジャッファに頭を下げる。

だが、ジャッファはテーブルを乗り越える様に隼人に掴みかかってきた。


「馬鹿野郎! そんな安い頭を下げるぐらいなら、死に物狂いで女を守れよ。よくもオメオメと俺の前にその面を出しに来たな。お前の顔には傷一つ附いてやしねえじゃないか」


「ガッ!」


「ただでは済まさんぞ!」


馬乗りになって隼人の顔面を殴りつける。

隼人も自分の力不足でリタを窮地に追いやってしまった事に言葉もない。

額が切れ、血が流れる。


あまりにもの素早い展開にやっと我に返ったアーニャが飛びつく様にジャッファの腕にすがり付く。


「ジャッファ様! ごめんなさい。私たちの村の為に私とリタが此の隼人とジョニーさんにお願いしたの。ジョニーさん達は命がけで20人からの兵隊と戦ってくれたわ」


「其のジョニーさんも、あたしの目の前で追いかけてきた魔人にプラディアで殺されているの」


「リタの治療のために隼人とガイアス様が精いっぱいの事をしてくださっている。リタの事は、心配だけどガイアス様に任せるしかないのよ。それにジョニーさんを殺されて今、一番苦しいのは此の隼人なの。今は許してほしいです。あたしからも、お願い」


アーニャは必死に鼻水と涙で顔中ぐしゃぐしゃにしてジャッファにすがり付く。勢いのあまり、獣人特有の爪をジャッファの腕に突き立てていた。

ジャッファもリタの惨い(むごい)有様を聞いて血が上り、隼人に掴みかかっていたが、アーニャのあまりにもの酷い姿に頭も冷めてきた。


「ああっ 此奴の性根はまだ叩き直したいところだが、アーニャ。爪が食い込んでいるんだが、痛いよ」


アーニャは、はっと自分の手を見る。「あっ! ごめんなさい」


爪を引っ込めて手を放すと、ジャッファの血の付いた腕をついぺろぺろと舐めた。

「あっ! つい……」


アーニャは、子供たちが擦り傷を負うと舐めて手当する癖をついジャッファにやってしまった。


「…………」


緊張に縛られていた空間が、一気に白けてしまう。


「うほん! リタに傷を負わせた事といい、お前の相棒を死に至らしめた事といい、其の魔術師は生かしては置けないな。俺が殺す」


ジャッファは、馬乗りを解き、テーブルを前に座りなおす。


「おまえの、相棒の冥福をここに祈ろう」


隼人も、殴られた額を抑えながら座りなおす。ジャッファの怒りを買う事くらいは、隼人も覚悟をしていた。アーニャの仲裁によって少しは、怒りがおさまってくれたらしい。


「ああっ分かってくれて有り難う。礼を言おう」 


お互いの気持ちの行き違いがあったモノのなんとかその場が収まってきた。


「…………」


隼人は額を抑え、ジャッファは、腕の爪痕をさする。少し、気まずい沈黙が続く。静かな室内に、芳醇な桃の香りが広がった。

其処へ、果物を切り分けたお盆を持ったミランヌが入ってきた。


「あら、静かねえ。お話はもう済んだのかしら。ほらアーニャちゃんの好きな桃のいいのが手に入ったのよ。みんなで食べてみて。こちらの若い人もどうぞ」

「スン スン! わーい、いい香り。おいしそー」


アーニャは、たった今の修羅場を桃の匂いに一瞬で忘れて、お盆の桃に目が釘付けになった。アーニャは、堪らず手を伸ばすとハグハグとかぶりつく。


「まっまあ、あんたの協力を得られそうで安心した。その魔人は、俺の仇でもある。俺とジョニーさんが倒さなければならない標的の一つでもあるんだ」


「此奴は、ラウデブルグの公爵アルトマンの子飼いの魔術師だ。アルトマンもローデン王国の転覆を画策している。戦争を起こそうとしているそうだ。俺たちにとっては、どうでもよい事ではあるが、その影響が俺たちの国にも悪いことに関係を及ぼしている」


「その魔術師を倒し、アルトマンの企みを公の陽の元にさらす、後は国王にでも裁きを任せる。其の為に俺に力を貸してくれ。魔人を倒し、先ほどまでのプラディアで代官をしていた男を捕まえ、アルトマンの企みをコートジオール辺境伯に突き付ける」


隼人は、プラディアの屋敷でガイアスから聞かされていた状況とやるべきことを手短に話した。


「俺と共に戦ってくれ」




「そのベベルと言う魔法使いは、リタの仇だ。お前を手伝って倒すことに異存はない。だが貴族の悪事をあぶり出すことに、何の利益が俺に、この村にあるんだ。貴族は嫌いだが、無駄に危険を冒すわけにはいかんぞ。対価が必要だ」


ジャッファは、村の長としての自分を危険にさらすことへの重要性を隼人に示し、その対価を求めてきた。交渉としてはいたって、当然の求めだった。


隼人は、アーニャをみる。意味がわからず、コテンと首を傾げた。


「アーニャ、お前が買ってきた反物を一つ貸してくれ」


隼人は、アーニャの傍らに置いた背負子から、麻の反物一反を手に取ると収納してしまった。


「ほう、収納魔法持ちか。袋も使わずに器用だな」


「あーっ あたしの反物っ」


隼人は、AIイージーに命令する。


(この反物を基に先ほどの綿花を使って同じような反物が作れるか?)


(まさか最新テクノ機器のイージーが機織(はたお)りをさせられるとは思いませんでした。情報としては、隼人が地球上に居た頃にすでに様々な情報と共に蓄積された中にあります。麻とは違い密に編み込んだ伸縮性の反物を出しましょう。見本の綿毛をひとつかみ、残りは糸としてすべて出しましょう)


(ああ よろしく頼む)


隼人は、麻の反物を出すとアーニャに返した。


「もうっこれは、ミランヌさんへのお土産なんだから。悪戯しちゃダメ」


傍らに控えていたミランヌは其れを受け取ると顔をほころばせた。


「アーニャちゃん、ありがとう。森の中では反物は貴重だわ。うれしい」


ミランヌの嬉しそうな姿にジャッファもアーニャに礼を言う。

隼人は其処でつい悪戯心が沸いてしまった。


(イージー、ミランヌさんの反物の上にその綿の反物を乗せてやれ)


黄色掛ったかさついた麻の上に、ふんわりとしたオーバーテクノロジーで作られた白い網目も細かい反物がミランヌの手の上に現れた。


「きゃあっ …………何…此れすごい反物」


膝の上に下ろすと柔らかさを確かめる様にそっと撫でた。


「むっ これがお前の言う対価か?」


「ああっ そうだ此れを見てくれ」


隼人は、たくさんの糸玉と共に採取した綿毛を取り出した。


「此れが何か解るか?」


ジャッファは、不思議な物でも見る様に手に取ると首をふる。

ミランヌは、それを受け取り何かに気が付いたのか、奥の間に声を掛けた。


「お母さん! ちょっと来て」


顔を覗かせたのは、街に残していたミランヌの母親だった。

その足元にしがみ付く様に小さなエプロンの女の子も恐る恐る顔を覗かせる。


「あっアーニャ!」


言うが早いか嬉しそうにアーニャに飛びついていく。母親も、軽く会釈をするとミランヌの元へと座り込んだ。


「ああ 綿花だね、此の糸も此の織物も此れからできているね。あたしは、昔アルタラスへ仕事に行っていた事がある。その時にこの糸紬の工房で働いた事もあったよ」


「だいたい、こう()りを入れながら引き出していくんだよ」


そう言うと、ひとつの綿毛を手に取ると器用に簡単な糸を作り始めた。


「それにしても、この反物見たこともない繊細な織りかたスゴイものだよ」


老婆が感心する姿を見て、ジャッファも此れが単なるお土産ではないと気が付いた。隼人も続ける。


「この材料になる綿花だが、この村へ来る途中で見つけた。広い草地に辺りがこの綿花で覆われるほど自生していた。この辺りはアルタラスにも近い南の地

此の辺りが、綿花の北限の地かもしれない。其の綿花の自生地を手入れして大事に育てる」


「糸を作り出す、糸車と反物を創る織機の製作図は俺が用意しよう。それをもって、アンナブルーナのドワーフ領から職人を頼んでもらうんだ。村はどんどん大きくなる。たくさんの人を雇わないとな」


「今までにない、反物が出来るぞ。品々は飛ぶように売れる。此れをもって近場のプラディアと交易しろ。其の為にコートジオール辺境伯に恩を売っておくのも悪くないだろう。いろんな問題は必ず起こるだろうが、それはあんたの仕事しだいだ」


「どうだ! 産業の革命だ。 これが俺の対価だ」


ジャッファは、ギロリと隼人を睨みつける。

僅かな間を置いたのち、フンと片方の口角を上げると片手を差し出した。



「いいだろう、新しい相棒こき使ってやるぜ」


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